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彼のいない生活は、それまでのものとさほど変わりは無かった。
却って、積極的に外に出るようになったのかも知れない。
春も近くなり、その陽気に誘われるように、自転車も買ってみた。
荒川の土手をぼんやり走っていると、曖昧な喪失感が少しずつ埋まっていく。

草の上にに腰を下ろし、川面を眺めていると、携帯が震え出した。
「よう、元気か?」
声を聞くのは、2週間ぶりだった。
忙しいだろうと気を遣った部分もあったけれど、いざ距離を置いてみると
何を話して良いのか分からなくて、かけるタイミングを逸していた。
「変わりありませんよ。そっちはどうですか?」
「や~、やべぇよ」
「何が?」
「すげぇ太ったかも」
「まだ、そんなに経って無いじゃないですか・・・」
「毎日ホテルとの往復だけだし、何より、飯が旨すぎる」
大阪に行ったことが無いからだろう。
俺の中の彼方への憧れは、相当大きい方だと思う。
話を聞いているだけでも、腹が減って来る。

「不味いより、よっぽど良いじゃないですか」
「そりゃ、そうだけど」
「ちょっと運動してみるとか」
「一人じゃやる気になんねぇよ」
「俺の腹をバカに出来なくなりますよ?」
「それは嫌すぎるな」
彼の朗らかな笑い声が、柔らかな風のように、耳を流れていく。
眩しい光の中で思い返す彼の顔は、あの夜の面影を全く残さない。
戸惑いを完全に消化出来た訳では無かったけれど
こうやって話をしている時間を、素直に楽しいと思えるようにはなっていた。


ポストの中は、公共料金の領収書や区の広報紙、チラシやDMで一杯だった。
用心の為に一週間に一度覗いては、回収している。
高杉さんが出張に出てから一ヶ月半ほど。
机の一角に、自分宛てではない郵便物が積み上がる程に、その時間の長さを感じさせた。

3月に入ったある日。
夕方、労働局での講習会から戻ると、部署内が騒然としていた。
「何か、あったんですか」
「大阪の現場で、事故だ。仮設の足場が崩れたらしい」
「え・・・」
「向こうも混乱してて、まだ詳しい情報が入って来ないんだよ」
「・・・怪我人は?」
「出てるみたいだけど、生死は不明らしい。・・・こりゃ、しばらく現場止まるかもな」
高杉さんの顔が、脳裏を過ぎる。
どうか無事でいて欲しい。
震える手を落ち着かせながら、俺は業務に戻る。

こんな情報化社会になったにも関わらず、事故の詳細が伝わってくるまでには時間がかかった。
警察の現場検証も入っていたのだろう。
現場に常駐している社員が電話を寄越してきたのは、夜になってからだった。
「作業員2人と、社員1人か・・・とりあえず、命に別状は無いんだな?」
電話を受けた課長が、沈痛な面持ちでそう話す。

倉庫内で天井に送風機を吊っている時、ワイヤーが切れてその送風機が足場を直撃した。
事故の概要は、そう言うことだったらしい。
大きな送風機だけあって、重さもそれなりにある。
激突された足場は上部何段かが崩れ、下にいた人間に当たったのだそうだ。

「とりあえず、何かあったら連絡してくれ・・・ああ、ご苦労さん」
話し終わった課長が、ふぅ、と小さな溜め息をつく。
「向こうは、どんな感じなんですか?」
「事後処理に追われてるみたいだな。とりあえず、2、3日は工事もストップだ」
「ウチの社員も怪我を?」
「ああ、向こうに常駐してる、設計の人間らしい」
不謹慎ながら、少しホッとしてしまう。
とは言え、工事の中断は大きな損失。
現業のヘルプとして行っている彼も、慌しくなるに違いなかった。
「労災申請が来るな・・・また労基の世話になるのか」


現場とは離れている総務課とは言え、今回の事故と無関係ではいられない。
課長が懸念する労災申請の準備、負傷した社員への補填。
作業に追われているうちに、時計は既に12時を回ろうとしていた。
背伸びをしようと腰を伸ばした時、電話が入る。

「お疲れ。まだ会社か?」
疲れた様子の先輩の声は、何処かくぐもって聞こえる。
「高杉さんも、まだ現場ですか?」
「ああ、工程の見直しがあるから、今日は徹夜だな。そっちもバタバタしてるんだろ?」
「そうですね、やっと一段落ってところです」
彼はその言葉に乾いた笑いで答え、ふと黙り込む。

「・・・どうかしました?」
「オレも・・・その場にいたんだよ」
空間に響いた轟音、降ってくる鉄板、誰かの叫び声。
その状況が、彼の心に少なからずの恐怖を植えつけたらしい。
「大変、でしたね」
「ま、仕方ないな。こう言う仕事だ」
自分に言い聞かせるように、彼は呟く。
「じゃ、そろそろ戻るわ。あんまり無理するなよ?」
「高杉さんも」
「オレは、今が無理のしどころだからな」
そう笑いながら、最後にこう付け加え、彼は電話を切った。
「お前の声聞けて、良かったよ。頑張れそうだ。じゃあな」

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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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