希求★(2/5)
次の日の朝から、地下鉄の中での時間に、ある変化が起きた。
乗ってから数駅過ぎると、誰かに下半身を触られる感覚がする。
腰から、尻を過ぎて太もも辺りまで。
初めは、違和感、と思うくらいの触り方だったが
日を経るにつれ、段々と大胆になって行った。
探るように背後を確かめるが、怪しげな人物は見当たらない。
片手でカバンを持ち、片手で吊り革を掴んでいるが
捕まえようと吊り革を離すと、その手は何処かへ去ってしまう。
体を動かそうとすると、隣の女性が怪訝な顔をする。
男でも痴漢に遭うと言うことは、話には聞いていたが
まさが自分がその憂き目に遭うとは、思ってもいなかった。
誰だか分からないヤツに執拗に触られることは、気持ち悪い以外の何物でもない。
けれど、女性が痴漢に遭っても声を上げられない気持ちも分かった。
いざとなると、何も出来ない。
何よりも、男が痴漢に遭っていると言う状況を明白にすることが恥ずかしかった。
電車に乗る時間を変えても、次の日には同じことが起きた。
ヤツは誰でも良いと言う訳ではない、と言うことを悟る。
ターゲットは、明らかに俺だった。
顔やスタイルに魅力があるとは思えない。
もちろん、若くも無い。
どうして、俺なんだ。
仕方なく、次の週から出勤経路を変えた。
自宅の近くからバスでJRの駅まで行き、違う路線に乗る。
しばらくは落ち着かなかったが、何も起こらず1週間ほど過ぎると
ストレスも大分軽減されていた。
「坂本さん、柴田さんから外線1番です~」
以前見積りでもめた物件は、一先ず動き出していた。
現地調査・地質調査の結果もまとまり、意匠から上がってくる図面を元に
杭形状や基礎、躯体の検討に入っている。
柴田さんからの電話の内容も、その件でのものだった。
一通りの話の後、柴田さんの声のトーンが、明らかに変わった。
「逃げちゃダメだよ」
「・・・何のことでしょう」
「分かるだろう?」
俺が最近逃げたこと、それは一つしかなかった。
「君の為にも、会社の為にもならないよ?」
まさか、と思い、言葉が続かない。
鳥肌が立つ思いだった。
顔もこわばっていただろう。
「君の会社への影響力が、僕と君、どちらが大きいか、分かるだろ?」
ふと、江口さんの顔が浮かんだ。
柴田さんは、うちの会社にとってはお客さんだ。
どんなに気難しい客も、江口さんを初めとする営業部隊の努力のおかげで
うちへ仕事を回してくれ、金を払ってくれる。
「明日は、いつもの時間に地下鉄に乗るんだ。良いな」
そう言って、電話は切れた。
「どうした?何か言われたか?」
動揺を隠せなかった俺の様子を見て、片山が声をかけてくる。
「いや、何でもない。折り合いつけなきゃいけない部分があってね」
「細かいとこ突付いてくるのは、あそこの会社のお家芸だからな」
同僚と軽口を叩いたところで、気分は落ち着かなかった。
俺が拒絶すれば、柴田さんだけではなく、イマイ建設との関係に亀裂が入るかも知れない。
俺が受け入れれば、そうは言っても、電車の中で尻を触られるだけならまだしも
あの声からは、とてもそれだけでは済まない雰囲気が漂っていた。
どちらにせよ、最悪な状況しか想像できない。
逃げ道は、もう、見えなかった。
□ 04_希求★ □
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乗ってから数駅過ぎると、誰かに下半身を触られる感覚がする。
腰から、尻を過ぎて太もも辺りまで。
初めは、違和感、と思うくらいの触り方だったが
日を経るにつれ、段々と大胆になって行った。
探るように背後を確かめるが、怪しげな人物は見当たらない。
片手でカバンを持ち、片手で吊り革を掴んでいるが
捕まえようと吊り革を離すと、その手は何処かへ去ってしまう。
体を動かそうとすると、隣の女性が怪訝な顔をする。
男でも痴漢に遭うと言うことは、話には聞いていたが
まさが自分がその憂き目に遭うとは、思ってもいなかった。
誰だか分からないヤツに執拗に触られることは、気持ち悪い以外の何物でもない。
けれど、女性が痴漢に遭っても声を上げられない気持ちも分かった。
いざとなると、何も出来ない。
何よりも、男が痴漢に遭っていると言う状況を明白にすることが恥ずかしかった。
電車に乗る時間を変えても、次の日には同じことが起きた。
ヤツは誰でも良いと言う訳ではない、と言うことを悟る。
ターゲットは、明らかに俺だった。
顔やスタイルに魅力があるとは思えない。
もちろん、若くも無い。
どうして、俺なんだ。
仕方なく、次の週から出勤経路を変えた。
自宅の近くからバスでJRの駅まで行き、違う路線に乗る。
しばらくは落ち着かなかったが、何も起こらず1週間ほど過ぎると
ストレスも大分軽減されていた。
「坂本さん、柴田さんから外線1番です~」
以前見積りでもめた物件は、一先ず動き出していた。
現地調査・地質調査の結果もまとまり、意匠から上がってくる図面を元に
杭形状や基礎、躯体の検討に入っている。
柴田さんからの電話の内容も、その件でのものだった。
一通りの話の後、柴田さんの声のトーンが、明らかに変わった。
「逃げちゃダメだよ」
「・・・何のことでしょう」
「分かるだろう?」
俺が最近逃げたこと、それは一つしかなかった。
「君の為にも、会社の為にもならないよ?」
まさか、と思い、言葉が続かない。
鳥肌が立つ思いだった。
顔もこわばっていただろう。
「君の会社への影響力が、僕と君、どちらが大きいか、分かるだろ?」
ふと、江口さんの顔が浮かんだ。
柴田さんは、うちの会社にとってはお客さんだ。
どんなに気難しい客も、江口さんを初めとする営業部隊の努力のおかげで
うちへ仕事を回してくれ、金を払ってくれる。
「明日は、いつもの時間に地下鉄に乗るんだ。良いな」
そう言って、電話は切れた。
「どうした?何か言われたか?」
動揺を隠せなかった俺の様子を見て、片山が声をかけてくる。
「いや、何でもない。折り合いつけなきゃいけない部分があってね」
「細かいとこ突付いてくるのは、あそこの会社のお家芸だからな」
同僚と軽口を叩いたところで、気分は落ち着かなかった。
俺が拒絶すれば、柴田さんだけではなく、イマイ建設との関係に亀裂が入るかも知れない。
俺が受け入れれば、そうは言っても、電車の中で尻を触られるだけならまだしも
あの声からは、とてもそれだけでは済まない雰囲気が漂っていた。
どちらにせよ、最悪な状況しか想像できない。
逃げ道は、もう、見えなかった。
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