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破壊★(7/7)

結果、俺は彼に背を向けた。
向けざるを得なかった、そう言い訳することも出来たかも知れないが
弱さが露呈するのが嫌で、自らの心の中に仕舞い込んだままにした。

彼との業務連絡は、殆どをメールでこなした。
たまに電話をしていて、彼のもう一つの姿が目に浮かぶこともあったけれど
あくまでビジネスライクに、それを徹底するよう、自分に言い聞かせた。
彼から来るプライベートな電話やメールは、全て無視した。
それでも、社内の電話で聞く彼の声には何の動揺も無く
まるで初めから仕事上の付き合いだけ、そんな雰囲気を思わせた。


あれから1ヶ月ほど経ち、調査は中盤を迎える。
実際に対象となるビルの検査を行いながら、修繕計画を組み立てる段になり
俺は再び、親会社の社員である、彼を目の前にする。
この物件を担当するようになってから、仕事でも、プライベートでも、彼に会うことは無かった。
初顔合わせの印象と変わらない男は、精神的な疼きに必死に耐える俺とは、対照的だった。

「わざわざご足労頂いて、すみません」
「いえ、実際見てみないと、分かりませんから」
「12階に空きテナントがあるので、そこから見て行きましょうか」
そう言って、作業服を羽織り、脚立を肩に担いだ彼は、エレベーターに乗り込む。
密室に充満する無言の空気に、心が蝕まれる思いだった。

現況図面だけでは分からない機器について調査するのが、今日の目的だ。
ガランとした空きオフィス西側一面に張られた窓からは、汐留の風景が一望できる。
部屋の天井を見上げながら、該当する位置を探す。
「この辺ですかね」
そう言うと、彼は脚立を置き、組み立てる。
俺は脚立に上がり、天井の点検口を開けて中を覗き込んだ。
空調機や熱交換器、それに付随する配管やダクトが、所狭しと設置されている。
「・・・あれかな」
工事概要にはあったのに、図面には無かった機器が、目に入る。
「加湿器ですか?」
「そうみたいです。割と新しそうですよ」
「何台入ってるんだ?これ」
「一応、他も見てみましょうか」
脚立を降りた俺の肩を、彼は軽く叩く。
「スーツじゃ、汚れちゃいますよ」
「ああ、大丈夫ですよ。お気になさらず」
それだけの行為でも、感情が揺さぶられる。
心を振り切るよう、脚立を担いで、次の点検口に向かう。


「現況図とは、随分違いますね」
「まぁ、良くあることとは言え、困ったもんです」
調査を取り仕切る彼は、そう呆れた様に呟く。
「・・・そうだ、エアハンも見て行きます?」
「機械室、開いてるんですか?」
「ええ、鍵を開けておくように、言ってあるので」
部屋の隅にある空調機械室の中には、中型のエアハンドリングユニットが収まっている。
薄暗い空間は、独特のかび臭さはあったけれど、随分綺麗にされている。
奥にある機械の銘板を見ようと足を進めると、背後でドアの閉まる音がした。
振り返ると、無表情の彼がドアの傍に立っている。
「・・・どうしました?」
不穏な雰囲気に、声が僅かに震えた。

近づいてくる彼を前にして、俺は後退る。
程なく足元に配管が当たり、すぐ背後はコンクリートの壁になった。
冷静な表情の顔が近づいて来て、その手が俺の頬を撫でる。
「な、永岡さん?」
この期に及んで彼の名前を口走らなかったのは、まだ俺に理性があったからなのか。
けれど、そんな脆い理性も、彼の唇で打ち砕かれる。

腰に手を回され、彼との密着感が増す。
唇の間から舌が入ってきて、吐息が漏れた。
眉間の辺りに軽く当たる眼鏡のフレームの感触が、やがて薄れて行く。
その表情は、切実なものに変わっていた。
「目を・・・逸らさないで」
抑えていた衝動が、薄い殻を突き抜ける。
俺は、目の前の男を、抱きしめた。

様々な言い訳が頭を巡った。
それを制するよう、彼は口を開く。
「もう、抑えられない・・・」
耳元で、甘い声が響いた。
「壊れるくらい、愛して・・・下さい」
腕の中にいたのは、俺が知っている彼。
俺の背中に回された腕は、二度と俺が背を向けないよう、絡み付いていた。

俺は、彼を心から信用していなかったのかも知れない。
弱い自分を見せることで、彼が去って行く、それが怖かった。
抱える不安を話すと、そんな訳が無い、と否定する。
「オレは、身も心も、あなたに拘束されてますから」
そう言って、悪戯っぽく微笑んだ。


「お願い、します」
挨拶を済ませる彼の身体に手を伸ばし、愛おしみながら壊していく。
綻びそうになる鎖を少しずつ修復しながら、俺たちはつかの間の主従関係を楽しむ。
彼に剥かれた欲望が、愛になる。
嬌声を上げる、その顔を見て、俺は幸せを実感した。

□ 22_破壊★ □   
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□ 52_桎梏★ □
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愛の讃歌

…背後でドアの閉まる音がした。
振り返ると、無表情の彼がドアの傍に立っている。

ここで、読んでるほうも心拍数が上昇!

「壊れるくらい、愛して…下さい」
我慢していた心の塞き止めも、遂に、決壊!!

読者にも凄く広がる満足感。

1ヶ月、良く辛抱出来ましたね(笑)。二人とも!

いつの日か、神様があなたを遠くへ連れて行っても構わない

何故ならば、私も逝くから

と唄う、シャンソンの名曲。

友達も国も棄てても構わないという歌詞にあるようには、出来ない。
咄嗟に偽名を使った、常識的な小市民の楠木。
そんな彼でも掴む事が出来た愛。
それだけに、一層、愛の重みを伝える。

愛すること。

そのようなコメント頂いて、正直ホッとしました。
この話を終わらせるにあたって、どうするべきなのかを非常に悩んでおりましたので。

全てを捨てて一人の人間を愛することは、素敵なことだとは思いますが
やっぱり人間、いろいろなものに縛られながら生きている訳で
その中で、些細な感情を育んで行くのが精一杯なんだと日々感じます。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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