自由★(9/9)
結婚生活は、線香花火のように、終わりを迎える。
正式に離婚届を出したのは、仲道が現場に復帰して、しばらく経ってからだった。
佐賀が去るタイミングを提案してくれたのは、彼女の気遣いかも知れない。
それまでは、なるべく妻との時間を過ごすようにした。
別れを決めてからの方が、二人の間が縮まったような気も、しない訳では無い。
けれど、その手を離すことに、後悔は無かった。
この決断が、互いの人生を有意義なものにすると、信じていた。
「昨日、引っ越されたんですか」
いつものように隣で運転する三谷が呟く。
届けを出した後の週末、妻は引っ越していった。
すぐに佐賀と一緒になる訳ではないようで、会社に程近いマンションに入居するとのことだった。
だから、物が減った一人の部屋に帰るのは、今日が初めてだ。
「しばらくは、慣れないだろうな」
「そんな弱気な発言、城野さんらしくないですね」
そう軽くいなしてくれたのは、部下の心配りだろうか。
見慣れたはずの近所の風景が、何か違って見えた。
「ちょっと・・・寄ってかないか?」
その言葉に、部下は何も言わずに頷く。
玄関に立つ三谷の手を引いた。
されるがままに、彼は俺の身体に身を預ける。
何も言わず、抱きしめた。
俺よりも少し背の高い部下が、腕の中で微かに震えていた。
やがて、彼の腕が俺の背中に回る。
「城野さん」
「ん?」
言葉に迷っているのか、彼は口をつぐむ。
少し身体を離し、部下の顔を見つめた。
「待たせて、悪かった」
小刻みに揺れる唇を、指でなぞる。
「俺と一緒に、いて欲しい」
自分が発した言葉に、心が震える。
それを悟られないよう、有無を言わさず、唇を奪った。
三谷の身体を、廊下の壁に押し付けるように軽く押さえつける。
家には、まだそこかしこに妻の余韻が残っていた。
自分の節操の無さを振り払うように、舌をねじ込んだ。
苦しそうな息遣いが、喉を通っていく。
細い視界の先に、顔を歪める部下の顔があった。
俺を求めるように、腰に巻きついた腕の力が強くなる。
堪らなかった。
唇を離し、潤んだ目に訴えるよう、彼に言う。
「今日、泊まって行け」
側に横たわる三谷の手が、俺の左手を掴む。
薬指に残る跡に唇を寄せ、爪の先へと滑らせる。
一瞬俺の方を見やり、そのまま指を口に含んだ。
指全体に舌が這い、柔らかくて熱い感触が、首筋を寒くさせる。
しばらく行為が続き、部下は指先に口をつけたまま言った。
「・・・情け無い」
「何が?」
「僕の中には、まだ・・・」
居た堪れないように、目を伏せる。
「奥さんへの嫉妬が、残ってる」
妻がいる男に恋をする。
部下は二つの業に苛まれ続けて来たのだろう。
突然訪れた自由に、戸惑っているように見えた。
「・・・奥さんのこと、まだ、愛してますか」
聞かれたくない質問だった。
「そうじゃない、と言えば嘘になる」
「・・・そうですよね」
俺の胸の辺りにある彼の顔が、曇っていく。
「そんな顔、するなよ」
前髪に手を伸ばし、掻き揚げるように額を撫でた。
「これから積み上げて行けば良いだろ?」
消え入りそうな声で、はい、と答えた部下を強く抱きしめる。
小刻みに震える彼が、ふと呟いた。
「キス、して・・・僕の浅ましい気持ちを、消して下さい」
湧きあがる感情に反するよう、これからどうなるのか、不安も募る。
いつまでも同じ現場に常駐している訳でも無い。
現場が変われば、生活リズムも変わり、今のように頻繁に会うことも出来なくなるだろう。
かと言って、一緒に住むことは体外的に考えられなかった。
きっと、三谷も同じ不安を抱いているはずだ。
横で眠る、部下の顔に目をやる。
そっと顔を撫で、唇で頬に触れた。
「・・・ずっと、一緒だ」
その言葉で、自分を鼓舞させる。
新しい人生を、二人で歩んでいく為に。
□ 20_自由★ □
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正式に離婚届を出したのは、仲道が現場に復帰して、しばらく経ってからだった。
佐賀が去るタイミングを提案してくれたのは、彼女の気遣いかも知れない。
それまでは、なるべく妻との時間を過ごすようにした。
別れを決めてからの方が、二人の間が縮まったような気も、しない訳では無い。
けれど、その手を離すことに、後悔は無かった。
この決断が、互いの人生を有意義なものにすると、信じていた。
「昨日、引っ越されたんですか」
いつものように隣で運転する三谷が呟く。
届けを出した後の週末、妻は引っ越していった。
すぐに佐賀と一緒になる訳ではないようで、会社に程近いマンションに入居するとのことだった。
だから、物が減った一人の部屋に帰るのは、今日が初めてだ。
「しばらくは、慣れないだろうな」
「そんな弱気な発言、城野さんらしくないですね」
そう軽くいなしてくれたのは、部下の心配りだろうか。
見慣れたはずの近所の風景が、何か違って見えた。
「ちょっと・・・寄ってかないか?」
その言葉に、部下は何も言わずに頷く。
玄関に立つ三谷の手を引いた。
されるがままに、彼は俺の身体に身を預ける。
何も言わず、抱きしめた。
俺よりも少し背の高い部下が、腕の中で微かに震えていた。
やがて、彼の腕が俺の背中に回る。
「城野さん」
「ん?」
言葉に迷っているのか、彼は口をつぐむ。
少し身体を離し、部下の顔を見つめた。
「待たせて、悪かった」
小刻みに揺れる唇を、指でなぞる。
「俺と一緒に、いて欲しい」
自分が発した言葉に、心が震える。
それを悟られないよう、有無を言わさず、唇を奪った。
三谷の身体を、廊下の壁に押し付けるように軽く押さえつける。
家には、まだそこかしこに妻の余韻が残っていた。
自分の節操の無さを振り払うように、舌をねじ込んだ。
苦しそうな息遣いが、喉を通っていく。
細い視界の先に、顔を歪める部下の顔があった。
俺を求めるように、腰に巻きついた腕の力が強くなる。
堪らなかった。
唇を離し、潤んだ目に訴えるよう、彼に言う。
「今日、泊まって行け」
側に横たわる三谷の手が、俺の左手を掴む。
薬指に残る跡に唇を寄せ、爪の先へと滑らせる。
一瞬俺の方を見やり、そのまま指を口に含んだ。
指全体に舌が這い、柔らかくて熱い感触が、首筋を寒くさせる。
しばらく行為が続き、部下は指先に口をつけたまま言った。
「・・・情け無い」
「何が?」
「僕の中には、まだ・・・」
居た堪れないように、目を伏せる。
「奥さんへの嫉妬が、残ってる」
妻がいる男に恋をする。
部下は二つの業に苛まれ続けて来たのだろう。
突然訪れた自由に、戸惑っているように見えた。
「・・・奥さんのこと、まだ、愛してますか」
聞かれたくない質問だった。
「そうじゃない、と言えば嘘になる」
「・・・そうですよね」
俺の胸の辺りにある彼の顔が、曇っていく。
「そんな顔、するなよ」
前髪に手を伸ばし、掻き揚げるように額を撫でた。
「これから積み上げて行けば良いだろ?」
消え入りそうな声で、はい、と答えた部下を強く抱きしめる。
小刻みに震える彼が、ふと呟いた。
「キス、して・・・僕の浅ましい気持ちを、消して下さい」
湧きあがる感情に反するよう、これからどうなるのか、不安も募る。
いつまでも同じ現場に常駐している訳でも無い。
現場が変われば、生活リズムも変わり、今のように頻繁に会うことも出来なくなるだろう。
かと言って、一緒に住むことは体外的に考えられなかった。
きっと、三谷も同じ不安を抱いているはずだ。
横で眠る、部下の顔に目をやる。
そっと顔を撫で、唇で頬に触れた。
「・・・ずっと、一緒だ」
その言葉で、自分を鼓舞させる。
新しい人生を、二人で歩んでいく為に。
□ 20_自由★ □
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コメント
Re:
40代の男が結婚しているのに恋愛に嵌まりこんだら、どうしようもない。別れるのも仕方ない。ただの浮気で治まらない! と、母はよく言っていました。
静かに忍び寄る老いや死はまだまだ先だと思いながらも、視界のはずれにちらつき出すのを無意識に感じる動物的本能なのかも…。
城野の奥さん、蜘蛛の巣が張っているナンテ書いたけど、本当にそうだったなんて!
心のどこかに旦那に振り向いて貰いたい気持ちがあって、それが心のブレーキになっている、意外と「可愛い女」だったんだな…と思いました。
そして、三谷。
世の中にこんな可愛い心情の男がいるなんて!?
今回のお話、心が可愛くていじらしい男女が登場しました。
私の周辺、特に家族は腹黒や意地悪が多いので、こんな可愛い人達が新鮮でした♪
静かに忍び寄る老いや死はまだまだ先だと思いながらも、視界のはずれにちらつき出すのを無意識に感じる動物的本能なのかも…。
城野の奥さん、蜘蛛の巣が張っているナンテ書いたけど、本当にそうだったなんて!
心のどこかに旦那に振り向いて貰いたい気持ちがあって、それが心のブレーキになっている、意外と「可愛い女」だったんだな…と思いました。
そして、三谷。
世の中にこんな可愛い心情の男がいるなんて!?
今回のお話、心が可愛くていじらしい男女が登場しました。
私の周辺、特に家族は腹黒や意地悪が多いので、こんな可愛い人達が新鮮でした♪
荒んだ毎日の結晶。
こんな時間に会社のPCでコメントをお返しするような荒んだ毎日が
甘めの話を産んだのかも知れません。
この話を書いたのは、かれこれ2ヶ月くらい前なのですが
その頃も、地獄のように忙しく。
2ヶ月先に更新される話にも、どうぞご期待下さい・・・。
甘めの話を産んだのかも知れません。
この話を書いたのは、かれこれ2ヶ月くらい前なのですが
その頃も、地獄のように忙しく。
2ヶ月先に更新される話にも、どうぞご期待下さい・・・。