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自由★(5/9)

男は、佐賀と名乗った。
俺よりも、幾らか若いくらいだろうか。
子会社の意匠設計部の係長だという。
それは、妻が所属している部署だった。
「妻が、世話になっているようで」
「ええ、城野さんには、いつも助けられてますよ」
そう愛想笑いを浮かべる男に、俺は何処か卑屈になる。
こんな奴に、妻を取られる?
冗談じゃない。
そんな風に思える気概は、正直無かった。

佐賀は確かに仕事が出来た。
彼の力だけでは無いが、遅れがちだった意匠設計は概ねスケジュール通りに戻り
仲道を失った混乱は、大分収まってきていた。
事務所内に打ち解けるのも早く、中でも何故か、彼は三谷によく話しかけていた。
何を話しているのかは気になったけれど、詮索しているのを感づかれるのも嫌で
三谷との行き帰りの車中でも、それを話題にすることは無かった。
彼は、そんな俺の心情を分かっていたのかも知れない。


それから1週間ほど経った夜。
現場事務所の外にある自販機に飲み物を買いに行った際
帰宅しようとする佐賀と鉢合わせした。
「お先に失礼します」
「お疲れ様」
短い挨拶を交わし、事務所へ向かう俺の背中に向かって、彼は話しかけてくる。
「そろそろ、彼女の手を離してくれませんか?」
今が対峙する時なのか、そんな風に思いながら、俺は彼の方へ向き直った。

佐賀の顔は、明らかに勝ち誇った表情をしていた。
仕事中には決して見せない雰囲気だった。
俺は動揺を外に出さないよう耐える。
「破綻した結婚生活続けても、仕方ないんじゃないですか?」
「君に、何が分かるんだ?」
「知ってるでしょう?私と彼女が付き合ってるの」
よくも、その女の夫の前で、平然とそんなことが言えるもんだ。
「彼女の気持ちは、もう、貴方にはありませんよ」
「だから?」
「世間体の為だけに、彼女を引き止めないで下さい」
図星を突かれて、俺は一瞬言葉を失った。
離婚しないのは、確かに体面が悪くなることも一つの原因だった。
つまらないことに付き合せている、そんな申し訳ない思いが湧き上がる。

「貴方も、他に女がいるんでしょう?」
「はぁ?」
「彼女、言ってましたよ。貴方の心の中にも、自分と違う誰かがいるって」
心当たりが無い、はずだった。
なのに、後ろめたい気分が貼り付いて離れない。
「そんなの・・・あいつの勘違いだろ」
「そうですかね」
灯りが点いた事務所の窓を見やり、再度俺へ視線を移す。
「ま、女とは限らないのかも知れませんけど」
「何、言ってるんだ?」
「三谷君とは、随分仲が良いようですね」
まさか、三谷が何か喋ったのか?
周りの人間への信念が、徐々に削られていく。

「付き合いの長い上司と部下ってだけで、そんな目で見られるのか?」
「彼は、そうは思ってないみたいですけど?」
「馬鹿らしい」
「彼に聞いてみたらどうですか」
あの夜の、部下の表情が頭を巡る。
そして、俺の中の感情が、揺れた。
「とにかく、早めの決断をお待ちしてますよ」
歪んだ笑みを見せる佐賀は、去り際に言葉を吐いていく。
「親会社の課長代理の奥さんを寝取れるなんて、最高ですね」
あいつはこれから、妻と会うのだろうか。
つまらないプライド、くだらない世間体。
何か、全てが虚しかった。


今日も、事務所を出るのは最後だった。
いつものように、部下の車に乗り込む。
「三谷」
「はい?」
「お前、佐賀に何話したんだ?」
「えっ・・・」
表情に、動揺が広がる。
「俺のこと、何か話したんだろう?」
「特別なことは、何も」
「あいつ、俺らがデキてるって思ってるぞ」
自分で言って、思わず鼻で笑ってしまった。
俺の態度とは相反するよう、運転席に座った部下は、俯き加減で力なく言う。
「そんな、何も、そんなこと言ってません・・・」

すみません、と何度も繰り返す姿を見て、その感情を確信する。
佐賀は、三谷の言葉の端々から、何かを感じたのだろうか。
ともかく、彼の勘は当たっていた。

□ 20_自由★ □   
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Re:

「他人の不幸は蜜 の味」って、よく言いますよね。
『デカメロン』や『カンタベリー物語』といった中世の艶笑話にも、やたらと間男に女房を寝盗られる話が出てきます。それも、金持ちや権威者が笑われるから、庶民の憂さ晴らしになっていますね(笑)。

佐賀という男もそんな男。
でも、当の亭主に言うところが普通じゃない!
コイツからも慰謝料をふんだくってやりたいですよ!離婚するならね。不貞では、配偶者とその相手からも慰謝料を貰えるから。

私なら、「蜘蛛の巣の張ってる骨董品が好きとは、物好きだな!」と、言ってやりますが、亭主のコケンにかかわるだけでなく、三谷との仲を指摘されて城野も動揺してたのね。
さて、後半の話はどうなるのか!?
ワクワク~。

結局、諦め。

どんなに歳を重ねても、恋愛感情と言うのは心の奥底で燻っているもので
しかも、それが他人のものであろうとも、例え同性であろうとも
一回炎が出れば、理性だけではなかなか消すことの出来ない厄介なものだと思います。

寝取る側にしても、寝取られる側にしても、それを収束させるものが
結局諦めることだけ、と言うのが、話として聞く分には切なくて良いな、と思ったりします。
自らの身に降りかかったら、そんなことは言ってられないでしょうが・・・。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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