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警笛(5/5)

東京駅の地下ホームに現れた彼は、スーツ姿だった。
「すみません、さっきまで営業会議があって」
そんなこと、事前に何も聞いていなかった。
「言ったら、折角のタイミングを逸すると思ったので」
俺の顔を見て、彼は笑う。
「結城が宜しくと、言ってましたよ」
「そう言えば、結城さんって昇進したの?」
「ええ、先日から営業部長になりました」

雰囲気のぎこちなさを感じていたのか、彼はいつも以上に饒舌だった。
俺も、彼も、障害を突破しようと、もがいていたのかも知れない。
しおさいの中はそれほど乗客もおらず、俺たちの話す声だけが走行音に混ざる。
一人で乗った時よりも時間は短く感じられて、誰かを伴った旅の魅力に改めて気付いた。
壁が低くなった、気がした。


どちらから提案するでもなく、俺たちは灯台の下に立つ。
前回来た時よりも海は荒れていて、下の岩場には白波が被っている。
あの光景を、思い出した。
「前、あの岩場に立ってたよね」
柵にもたれる様に海を見ていた彼が、ハッとした顔で振り返る。
「ここから、見てた」
「・・・そうでしたか」
彼の視線は、再び海に移る。
すっきり晴れ渡った、と言うほどの天気ではなかったけれど
顔に当たる風は丁度良い爽やかさで、この場の雰囲気を若干和らげてくれる。
「他人の温もりが、欲しかっただけなんです」
自らの身体を金で明け渡す行為の理由を、彼はそう話した。
「金だけの関係で良かったのに、僕は、過ちを犯した」

彼は、客と恋に落ちた。
正確には、彼が一方的に思いを寄せるようになった、と言うことのようだった。
しかし、その男には家族があった。
男にしてみれば、彼はただの快楽を求め合う対象であって、時間を共有する仲では無い。
それでも、男から貰った指輪が、彼の心を繋ぎとめた。

「今から思えば、あれは何かの印だったのかも知れません」
その後、男の要求はエスカレートする。
下世話な言い方をすると、奴隷、と言ったところだろうか。
あらゆる陵辱的なプレイを要求され、彼はそれを全て受け容れた。
それでも良い、と自分に言い聞かせながら。

糸が切れるきっかけを聞いて、俺はここまで聞いてしまったことを後悔した。
「彼の見てる前で、他の男たちに輪姦されて・・・あれは、効いたな」
温和な彼の顔に憎しみの色がうっすら見え、少し、背筋が寒くなる。
「彼は満足そうでした。でも、僕は、限界だった」
それ以来、売春から足を洗ったと言う。
そして、男との全てを断ち切る為、指輪を海へ投げ捨てた。
俺が見ていたのは、その瞬間だった。

「身体の疼きは何とでもなる。でも、心の隙間はなかなか埋まらない」
何も嵌っていない中指の根元を撫でながら、彼は続けた。
「電車は、無条件でそれを埋めてくれる。だから、好きなんです」
そう言う彼の表情には、屈託の無い笑みが浮かんでいた。


電車が繋ぐ、一つの縁。
なのに何故か、その電車に、羨望にも似た感情を抱き始める。
「・・・俺は、その隙間、埋められる?」
「え・・・?」
遠くで、銚子電鉄の警笛が聞こえた。
海を眺める俺たちの間を、潮風が通り過ぎて行く。
夕日が、海の色を徐々に変えていった。
「次は・・・大井川、行きませんか?」
傾いた陽の光に照らされた顔が、俺を見る。
憂いを帯びた、けれど嬉しそうな、綺麗な目だった。
それは、俺の問への答だったんだろうか。
「良いね。折角だから、SLも乗ろうよ」
そう言うと、彼は少し苦笑して、はい、と答えた。

柵に置いた手が、一瞬触れ合った。
彼に、惹かれ始めていたのかも知れない。
鼓動が、少し早くなった。
視線を海に向けたまま、彼はその冷たい手を俺の手に添える。
「・・・良かった」
安堵の声が、風に乗って流れた。


終着駅がどこかも分からないまま、長く続く線路を、電車は再び走り出す。
行く先には、信号も、ポイントも見えなかった。
それでも俺は、彼と同じ線路を走って行く。
再び鳴った警笛が、胸に響いた。

□ 17_警笛 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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題名の意味

「友達以上、恋人未満」って、世間では言うけれど、そんな微妙な関係になった事無い。
いつも、一目惚れだから(笑)。

余韻のあるラスト。

あらためて、「警笛」という題名にギクリ!

絶妙な表現

恋愛感情って、線引きが難しいですね。
異性・同性問わず、少し傾いたら恋に落ちるんじゃないか
そんな微妙な感情を、友達に対しても持っていることが否定できません。

> 余韻のあるラスト

その表現、大変痛み入ります。
いつも中途半端な終わり方をするのは自覚しておりますので・・・。

旅っていいですね

この作品きっかけで旅に出てきました。瀬戸内海。鉄道と海とおいしい魚つながりです。
鉄道で渡れる橋も、歩いて渡れる橋もあって、高所恐怖症の私には涙目な体験もしましたが、確実にリフレッシュできました。
また旅のお話を書いてくださいね。心の隙間は旅とまべちがわ様の作品が埋めてくれます。
素敵なきっかけをありがとうございました。

また、行こう。

思わぬきっかけを作った様で、何よりです。
私も一度だけ、香川~岡山と旅をしたことがあります。
瀬戸大橋から望む瀬戸内の海は非常に美しく、また来よう、と思わせてくれました。

この話で書いた銚子紀行と、少し後の話に出て来る東京湾一周は
実際に自分で旅をした時の光景を綴っています。
(少し前の三重の話は、出張に行っていたのは事実ですが、ほぼ創作です)
あまり旅をする性質では無いので、引き出しは少ないのですが
旅心をくすぐる様な話が出来ればと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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