警笛(4/5)
その質問に、俺はどう答えるべきなのか。
彼は、空になった日暮里駅のホームを見ていた。
宇都宮線が通り過ぎるタイミングを見計らって、彼が口を開く。
「以前、男相手に身体を売ってたことがありまして」
線路を見つめる彼の目は、何処か愁いを帯びていた。
俺は、あまりに現実離れした言葉に、身体が固まっていた。
「昔の客にちょっと絡まれてたんですよ」
そう言って、苦笑する。
笑える状況なのか、と思いながら、線路へ視線を落とした。
普通に仕事をしているのに、売春なんてする必要があったんだろうか。
しかも、男相手に。
彼はゲイなんだろうか。
俺も、そんな目で見られているのか。
色々な疑問が浮かんできて、何処と無く居心地が悪くなる。
「いつかバレるかも知れない、そう思ったら、今話しておいた方が良いと思って」
彼はこちらに向き直して、寂しげな笑みを浮かべる。
「折角、鉄道が結んでくれた縁だったのに」
まるで、全てが終わったかのような言い方だった。
「別に、俺は、それを聞いたからって・・・」
動揺が言葉に現れた。
「こいつなら絶対大丈夫ってカミングアウトしたところで・・・誰も残らない」
鉄橋に立てられたフェンスに指を絡めながら、彼は再び線路に視線を落とす。
「そんなことの、繰り返しです」
素性を明らかにすれば、その相手との関係が終わることを、彼は知っている。
それを知っていながら話したと言うことは、俺との関係も終わらせるつもりなのか。
「石塚君は、俺の事・・・」
ずばり聞くのは憚られた。
続けるべき言葉を探していると、彼は俺の方を見る。
「萩原さんは、女性なら誰でも良いって訳じゃ無いでしょう?」
「そりゃ・・・」
「僕だって同じです。男なら誰でも良いって訳じゃ無い」
歪んだ好奇心が愚問を吐き出してしまったと、後悔する。
「ただ、鉄道仲間として良い関係が築ければ、そう望んでます」
ホームに停まった常磐線快速電車が、たくさんの乗客を飲み込んで、揺れていた。
あの中にも、素性を隠しながら生きている人がいるんだろうか、そんなことを想像する。
電車の話をしながら過ごす時間は、何より楽しいし、大切なもの。
互いの素性なんてどうでも良いはずだった。
けれど、彼の告白を聞いた今、何かしらの気持ちの変化が起きた。
それをどうやって乗り越えられるのか、俺にはまだ分からなかった。
「じゃ、今まで通り変わらず、でいいじゃない」
笑って、そう声をかける。
それしか、出来なかった。
「萩原君、ここの床なんだけど」
新しく動き出した物件は、郊外の2世帯住宅。
大型犬を飼っていると言う事で、ペットに配慮した計画でとの注文があった。
「ペット用の床材ってあったよね?」
「ええ、ミタカさんでも扱ってると思いますよ」
「ちょっと、聞いてみてくれる?」
あれから、彼との連絡は目に見えて少なくなった。
俺の気持ちに変化があったように、彼の中にも、何か変わったものがあったんだろうか。
こうやって疎遠になるのかな、そう思うと居た堪れなかった。
「お世話になります、石塚です」
電話の向こうの彼は、いつもの営業口調。
妙に緊張していたのは、俺の方だった。
森下さんに頼まれた床材の件を相談すると、彼はサンプルを持って来てくれるという。
お待ちしてます、そう答えて電話を切った。
床材のサンプルが収まったファイルは相当に大きく、重そうだった。
「こちらが、弊社で販売しているペット用のフローリング素材になります」
「結構バリエーションあるのね~」
「そうですね。大型犬であれば、多少荷重に耐えられる、こちらが良いかと」
営業トークを進める彼を、森下さんの横で見る。
久しぶりに見る彼は、特に何も変わった風はなく、そのままだった。
それが何となく寂しく思えたのは、何故なんだろう。
程なく、森下さんとの話は終わる。
どうやら、今回の物件の床材はミタカさんに一括で、と言う結論に至ったらしい。
「今日は、鉄道話は無いの?」
森下さんが、興味深そうに俺の顔を見た。
「え、ええ。最近これといったネタも無いし・・・」
どもる俺の顔を見て、彼は少し寂しそうに視線を落とした。
「折角同じ趣味を持つ仲間がいるなら、大事にしないともったいないじゃない」
俺の背中を軽く叩き、彼女は自分の机に戻っていく。
「そう言う仲が、一生の付き合いになったりするもんよ」
微妙な雰囲気の中、俺は彼を見送りに玄関先へ出た。
「今日は、ありがとうございました」
頭を下げる彼は何処か他人行儀で、まるで見えない壁でも出来てしまったようだった。
この壁を打ち崩す手段は無いのか。
直前の森下さんの言葉に背中を押されるよう、俺は一つの提案をする。
「石塚君、電車乗りに行こう」
「え?」
「銚子、行こうよ」
突然の言葉に、彼は驚きと戸惑いの顔を見せる。
俯いた彼に、俺は畳み掛けた。
「特急券、取っておくから。時間は後で連絡するよ」
□ 17_警笛 □
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彼は、空になった日暮里駅のホームを見ていた。
宇都宮線が通り過ぎるタイミングを見計らって、彼が口を開く。
「以前、男相手に身体を売ってたことがありまして」
線路を見つめる彼の目は、何処か愁いを帯びていた。
俺は、あまりに現実離れした言葉に、身体が固まっていた。
「昔の客にちょっと絡まれてたんですよ」
そう言って、苦笑する。
笑える状況なのか、と思いながら、線路へ視線を落とした。
普通に仕事をしているのに、売春なんてする必要があったんだろうか。
しかも、男相手に。
彼はゲイなんだろうか。
俺も、そんな目で見られているのか。
色々な疑問が浮かんできて、何処と無く居心地が悪くなる。
「いつかバレるかも知れない、そう思ったら、今話しておいた方が良いと思って」
彼はこちらに向き直して、寂しげな笑みを浮かべる。
「折角、鉄道が結んでくれた縁だったのに」
まるで、全てが終わったかのような言い方だった。
「別に、俺は、それを聞いたからって・・・」
動揺が言葉に現れた。
「こいつなら絶対大丈夫ってカミングアウトしたところで・・・誰も残らない」
鉄橋に立てられたフェンスに指を絡めながら、彼は再び線路に視線を落とす。
「そんなことの、繰り返しです」
素性を明らかにすれば、その相手との関係が終わることを、彼は知っている。
それを知っていながら話したと言うことは、俺との関係も終わらせるつもりなのか。
「石塚君は、俺の事・・・」
ずばり聞くのは憚られた。
続けるべき言葉を探していると、彼は俺の方を見る。
「萩原さんは、女性なら誰でも良いって訳じゃ無いでしょう?」
「そりゃ・・・」
「僕だって同じです。男なら誰でも良いって訳じゃ無い」
歪んだ好奇心が愚問を吐き出してしまったと、後悔する。
「ただ、鉄道仲間として良い関係が築ければ、そう望んでます」
ホームに停まった常磐線快速電車が、たくさんの乗客を飲み込んで、揺れていた。
あの中にも、素性を隠しながら生きている人がいるんだろうか、そんなことを想像する。
電車の話をしながら過ごす時間は、何より楽しいし、大切なもの。
互いの素性なんてどうでも良いはずだった。
けれど、彼の告白を聞いた今、何かしらの気持ちの変化が起きた。
それをどうやって乗り越えられるのか、俺にはまだ分からなかった。
「じゃ、今まで通り変わらず、でいいじゃない」
笑って、そう声をかける。
それしか、出来なかった。
「萩原君、ここの床なんだけど」
新しく動き出した物件は、郊外の2世帯住宅。
大型犬を飼っていると言う事で、ペットに配慮した計画でとの注文があった。
「ペット用の床材ってあったよね?」
「ええ、ミタカさんでも扱ってると思いますよ」
「ちょっと、聞いてみてくれる?」
あれから、彼との連絡は目に見えて少なくなった。
俺の気持ちに変化があったように、彼の中にも、何か変わったものがあったんだろうか。
こうやって疎遠になるのかな、そう思うと居た堪れなかった。
「お世話になります、石塚です」
電話の向こうの彼は、いつもの営業口調。
妙に緊張していたのは、俺の方だった。
森下さんに頼まれた床材の件を相談すると、彼はサンプルを持って来てくれるという。
お待ちしてます、そう答えて電話を切った。
床材のサンプルが収まったファイルは相当に大きく、重そうだった。
「こちらが、弊社で販売しているペット用のフローリング素材になります」
「結構バリエーションあるのね~」
「そうですね。大型犬であれば、多少荷重に耐えられる、こちらが良いかと」
営業トークを進める彼を、森下さんの横で見る。
久しぶりに見る彼は、特に何も変わった風はなく、そのままだった。
それが何となく寂しく思えたのは、何故なんだろう。
程なく、森下さんとの話は終わる。
どうやら、今回の物件の床材はミタカさんに一括で、と言う結論に至ったらしい。
「今日は、鉄道話は無いの?」
森下さんが、興味深そうに俺の顔を見た。
「え、ええ。最近これといったネタも無いし・・・」
どもる俺の顔を見て、彼は少し寂しそうに視線を落とした。
「折角同じ趣味を持つ仲間がいるなら、大事にしないともったいないじゃない」
俺の背中を軽く叩き、彼女は自分の机に戻っていく。
「そう言う仲が、一生の付き合いになったりするもんよ」
微妙な雰囲気の中、俺は彼を見送りに玄関先へ出た。
「今日は、ありがとうございました」
頭を下げる彼は何処か他人行儀で、まるで見えない壁でも出来てしまったようだった。
この壁を打ち崩す手段は無いのか。
直前の森下さんの言葉に背中を押されるよう、俺は一つの提案をする。
「石塚君、電車乗りに行こう」
「え?」
「銚子、行こうよ」
突然の言葉に、彼は驚きと戸惑いの顔を見せる。
俯いた彼に、俺は畳み掛けた。
「特急券、取っておくから。時間は後で連絡するよ」
□ 17_警笛 □
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コメント
友情の成立
鉄道車両に乗り、駅弁を食べてそれを記録したり、駅弁の箸袋を収集する人達も、鉄道ファンと言うんでしょうか?
趣味って奥深いものですね。
これは、男女間に友情はあり得るのか?というのと同じ疑問ですね。
私の場合は、異性を好きになるのはいつも一目惚れから(笑)。
その後、暫く人物の観察をします~。←探偵事務所の素行調査か!?
2人に友情が成立したら良いな…♪
趣味って奥深いものですね。
これは、男女間に友情はあり得るのか?というのと同じ疑問ですね。
私の場合は、異性を好きになるのはいつも一目惚れから(笑)。
その後、暫く人物の観察をします~。←探偵事務所の素行調査か!?
2人に友情が成立したら良いな…♪
擬似恋愛
鉄道ファンと言っても、本当に幅の広いジャンルなので
ちょっとでも鉄道が好きな雰囲気を漂わせている人がいれば
きっと、鉄道ファンになるのかと思います。
鉄道も、車両に一目ぼれして嵌る場合もあれば
毎日乗っている内に情が移ってしまう場合もあります。
興味を持ち、もっと知りたいと思う気持ちなんかは
恋愛と似ている・・・のかも知れません。
ちょっとでも鉄道が好きな雰囲気を漂わせている人がいれば
きっと、鉄道ファンになるのかと思います。
鉄道も、車両に一目ぼれして嵌る場合もあれば
毎日乗っている内に情が移ってしまう場合もあります。
興味を持ち、もっと知りたいと思う気持ちなんかは
恋愛と似ている・・・のかも知れません。