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応報★(1/6)

薄暗い室内で、椅子に腰かける一人の男。
低音のノイズに紛れる息遣いが、幾ばくかの昂ぶりを感じさせる。
彼は自らの手で首元からネクタイを外し、襟元のボタンを開け、裾をスラックスから引き抜く。
やがて半開きの唇が微かに震え出し、右手がスラックスのファスナーを下ろしていく。
未だ衣服の下に隠された部分は、けれど奮い立っていることは明らかで
待ち切れないモノを焦らすよう、彼は指を隙間に差し入れ、ゆっくりと撫でまわしていた。

***********************************

「藤堂、お前3丁目の担当だったな」
ある朝のミーティングの際、センターの所長がそう声を掛けてきた。
「そうです」
「今度、あの付近にマンションのモデルルームが出来るらしくてな」
「法人契約してる会社ですか?」
「ああ。再来週くらいに営業が入るらしいから、一応挨拶に行っておいてくれ」

今の運送会社に就職してから、もうじき5年が経つ。
前職は健康食品会社の営業職。
全く畑違いの転職をした当時は、毎日足腰が悲鳴を上げるほどの激務だと思っていたが
トラックの運転にも慣れ、身体が出来上がってくると、案外自分に合った職だと思える様にもなってきた。

担当しているエリアは、都心から10km圏内の住宅が多い街だ。
このところ、マンションの建設ラッシュが続いており、何軒ものモデルルームが林立している。
大手の開発会社は、大抵どこかしらの運送会社との法人契約を結んでおり
今度出来るモデルルームは、ウチが担当している会社の物らしい。

「場所は分かってるんですか?」
「駅出て突き当たったところのコンビニの隣だってさ」
駅裏を走る、狭い道路沿い。
道幅は4tトラックがギリギリすれ違えるくらいだと言うのに、路線バスまで通る厄介な道だ。
「ああ、あそこですね。・・・搬入・搬出もこちらで?」
「いや、それは移転配送の部署でやるらしい」
「分かりました」


勤務体系は4週6休。
独身で、友達もそれほどおらず、これといった趣味も無い俺にとって、休みはそれほど重要でも無い。
長いこと、勤務日よりも多少遅く起きて、洗濯や掃除を適当に済ませる日になっていた。

虚しい休日が過ぎ去ろうとしていた夜のこと。
いつものように当て所なくネットを彷徨い、動画紹介ブログに辿り着く。
キャプチャーされた画像を見て、何となく好みのモデルがいればダウンロードする。
パターン化された性欲解消の方策を取ろうとしていた俺の目を、一枚の画像が釘付けにした。

特に目新しい部分がある訳では無かった。
しかも、モデルの男の姿は、盗撮物だけあって首から上の様子が殆ど分からない。
やや華奢な身体つき、少し低めのトーンの声、右手の甲にあるホクロ。
サンプル動画を観て、僅かな手がかりから男の実像を補完する。
如何にもサラリーマンといった佇まいも、他の商業ビデオには無い魅力で
恋愛対象かどうかは別として、ヤりたい男、であるように、俺には思えた。

その動画をきっかけに、暇さえあれば、ネットの海を彷徨う日々を過ごしている。
有名どころのモデルでは無いことは分かるが、探す手立ては無いに等しく
無修正の盗撮物、それだけに絞っても数は決して少なくない。
一週間ほど経ち、諦めようとしていた矢先に新たな映像を見つけ、引くにも引けなくなっていた。
どんなに疲れて帰っても、彼の姿で自慰行為にふけり、絶頂に達する愉しみが止められない。
久しぶりに夢中になれる対象に出会い、何となく充実した気分になっていたのかも知れない。


年季の入ったコンビニの脇の小路にトラックを停め、車輪止めをタイヤに噛ませて場を離れる。
前面道路に停車することは難しいだろうと考えながら、新たなモデルルームへと小走りで向かった。
掲げられた看板には、この地域の価値を示す値段が並んでおり
それは、まぁ、相場通りなのだろうという素人らしい思考が通り過ぎていった。

ガラスの扉を開けて中に入ると、オープン直前の建物は独特の軽い刺激臭に満ちており
中には、数人の男たちが忙しそうに動き回っているのが見えた。
俺の挨拶に気が付いたらしい一人の営業が、こちらに近づいてくる。
歳は俺と同じくらい、背格好は俺よりも一回りほど小さい感じの、眼鏡をかけた平凡な男だった。

「こちらのエリアを担当しております、藤堂と申します。一応、ご挨拶をと」
「わざわざすみません。これからしばらく、宜しくお願いします」
薄い笑みを浮かべながら、彼は俺が差し出した名刺を受け取る。
その時、不意に見えた右手に、一瞬だけ思考が固まり、また動き出す。
「急ぎの時は、こちらの携帯にご連絡しても大丈夫ですか?」
「ええ。私は6時で交代しますけど、ご連絡頂ければ夜便に引き継ぎますので」
「助かります・・・じゃあ、私の名刺もお渡ししておきますね」
再び近づいてくる、彼の手。
別に、こんな場所にホクロがあるのは珍しいことでも無い。
名刺を受け取りながら、短絡的な思考を追いやろうと試みる。
「でも、ここの前の道、狭くて大変じゃないですか?バスも通るみたいですし」
「そうですね。とりあえず、トラックは少し離れた所に停めるようにします」
けれど、そう思えば思う程、声までもが何処かで聞いたことのあるような、そんな気がしてくる。


受け取った名刺を車の中で眺める。
笠松朗信、首都圏営業部、主任。
ごく普通のサラリーマンにしか見えない彼が、俺が毎夜求めている男なのだろうか。
顔を売る必要のある営業職に就いておきながら、そんなリスキーなことをするとも思えない。
いや、だからこそ、顔が殆ど見えない映像ばかりなのかも知れない。
余りにも出来過ぎた偶然に、妄想と衝動がエスカレートしていく。

□ 78_狂乱★ □ ※若干のSM表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。
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応報★(2/6)

リクライニングチェアに拘束されている男の身体を、カメラが這う。
服装には殆ど乱れが無く、それなのに小刻みに震える身体からは快感に溺れる様子が見て取れる。
画面の外の男から辱めの声を浴び、視界を奪われている彼の口が声にならない喘ぎを吐く。
乱雑に開かれたワイシャツの下には、乳首を責める二つの金具。
下半身にフォーカスが映り、誰かの手が彼の怒張を開放すると
勢いよく立ち上がったモノの先端からは、我慢汁が垂れていった。

***********************************

モデルルームを訪れる機会は、週に2、3回ほど。
彼が毎回対応してくれる訳では無いものの、その姿を目にすることは自然になった。
そして、見慣れる程に、自分の中での想像がリアルになっていく。
少し前に見つけた映像に収められていたのは、アイマスクだけで隠された彼の顔。
低めの鼻と、厚めの下唇の面影は、他人の空似以上に思えた。

「もう、交代のお時間ですよね?」
夕方、夜便のドライバーと交代する寸前に電話を掛けてきたのは、笠松さんだった。
「いえ、大丈夫ですよ。集荷ですか?」
「突然、明日の朝までにっていう書類を求められまして」
「丁度近くにいますんで・・・10分程度でお伺いします」

ビデオの中の男は、必ずと言って良いほどワイシャツにネクタイ、スラックスを身に着けており
作られた物とは違い、着慣れた感があるところが妙な真実味を演出していた。
今のところ、男が出ているであろうビデオは、手元に5本。
その中の大半は同じネクタイを首から下げていて
彼のお気に入りなのだろうと、勝手に想像していた。

「本当にすみません。先方の融通が利かなくて」
俺がモデルルームに入るなり頭を下げた姿に、狼狽と高揚が入り混じる。
「いえ・・・配送センターに直で持っていけば、間に合いますんで」
動揺を悟られない様、急ぐ振りをしながら荷物を受け取った。
「お手数かけます。宜しくお願いします」
「お預かりします」
申し訳の立たない顔で見送ってくれた彼は、画面の向こうの男と、まるで同じ装いをしていた。


あんなビデオに出るくらいなのだから、性的指向は俺と同じはずだ。
とはいえ、性急に事を進めても、はぐらかされるのが関の山。
最悪、俺や会社に不利益をもたらすことだって考えられる。
どうすれば、彼と、関係を持てるのか。
より確実な手段を模索する内、辿り着いたのは一つの行動だった。

夜7時。
理想の住まいを掲げた看板を照らす照明が落とされる。
しばらくすると、建物から数人の男たちが出てくるのが見えた。
しかし、その中に探し人はおらず、更にその10分後、真っ暗になった建物から彼が出てくる。
戸締りの番なのだろう。
自ら閉めた扉に鍵をかけ、何回か確かめた後で駅に向かっていった。

俺が知っている彼は、モデルルームで接客する姿と、カメラの前で狂乱の喘ぎを吐く姿だけ。
チャンスを窺うには、もっと、彼を知る必要がある。
最寄りの駅から電車に乗り、数駅先で更に私鉄に乗り換えた男の後を追いながら
自分の抱く歪んだ執着心を、無理矢理正当化しようとしていた。

程々混雑している車内で携帯に目を落としていた彼が、不意に視線を上げる。
停車駅としてアナウンスされた地名は、聞いたことはあっても、降りるのは初めての場所だった。
職場からは、大よそ40分ほどの距離。
毎朝自転車通勤している俺から見れば、これだけでも一仕事のように思える。
一つしか無い改札を出ると、小さなバスロータリーを囲むように店が並ぶ。
駅近くのコンビニに入っていった男は、5分ほどで弁当と何かが入ったレジ袋を提げて出てきた。

小さな商店街を抜けると、大きな環状線に出る。
道路の向こうは住宅街らしく、空の明るさが明らかに違って見えた。
横断歩道の信号が点滅を始め、前を行く男が駆け出していく。
ここで走り出しては、間違いなく気づかれる。
逸る気持ちを抑えつつ、道路の向こうを歩く、その行方を目で追いかけた。

幸運なことに、彼は横断歩道近くに建つ、道路に面したマンションに入っていった。
当然、自社の物件なのだろう。
比較的新しい15階ほどの中層マンションで
バルコニーの形状から察するに、下半分程はワンルーム、上層はファミリータイプらしい。
暗い窓が目立つ下層のある部屋に、明かりが灯る。
5階の角部屋。
見えるはずもない姿を想像しながら、我ながら気味の悪い達成感に顔が弛んだ。

時計に目を落とすと、夜の9時を回った辺り。
着替えもそこそこに、コンビニで買った弁当を食っているのか。
そして、その後、俺と同じように、好みの男を餌に自慰行為に耽るのか。
画面の向こうの、仮想現実の世界の住人だったはずの男が、すぐそこにいる。
妄想が現実味を帯びてくるにつれ、執着心が肥大するようだった。
奇跡的な偶然を、何としてでもモノにしたい。
帰り道、そればかりが頭の中を巡っていた。

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応報★(3/6)

大きな窓に映るのは、首都高速の高架橋と、青く光る電波塔。
縋りつくように窓に身を任せる男は、背後の男の動きに合わせて錯乱したような声を上げていた。
身体がぶつかり合う音が段々と激しくなり、途切れ途切れの喘ぎが快感の波の到来を告げる。
項垂れていた頭が上向き、短い叫びと共に男の精液が窓を汚す。
闇に紛れた顔に覆いは無く、仄かな街の明かりに照らされた表情は恍惚としている。
そこに、営業マンとしての彼の面影は、微塵も無かった。

***********************************

モデルルームの壁に飾られたパネルが、バラの造花で覆い尽くされつつある。
「売れ行き、好調みたいですね」
「おかげさまで。金利が安い内にっていう、駆け込み的な部分もあるんでしょうけど」
彼を筆頭に、目標達成を間近に控えた営業たちの士気は上がっているように見えた。
物件が完売すれば、こうやって言葉を交わす機会は失われる。
けれど、それは二人の間の営利的な関係が終わることを意味しており
却って、彼に近づきやすくなるはずだと考えていた。


彼との出会いから2ヶ月程が経ち、邪な休日を過ごすことが既に習慣になっている。
同僚と飲みに行く以外、これといった行動もとらずに職場から真っ直ぐ自宅へ向かうことが殆どだったが
ある火曜日の夜、彼はいつも乗り換えるはずの駅を通り過ぎ、自宅とは反対方向の街へ降り立った。
平日にもかかわらず人の波が出来ている繁華街を通り抜け、薄暗い小路を男は慣れた風に歩く。
たまに擦れ違う見知らぬ男の雰囲気が、その場所が通常の風俗街ではないことを教えてくれる。

5分ほど歩いたところで、彼はあるビルに入っていく。
しばらくタイミングを見計らった後、そのエントランスを覗き見た。
掲げられたサインには十数件の店名が並んでいたが
風俗店であることは想像がついても、業態までを窺うことは出来ない。
その中の一つに見覚えがあるような店名はあったが、中で鉢合わせするようなリスクは避けたい思いもあり
結局、元来た道を引き返すことにした。

記憶に引っかかっていた名前は、ネット上ですぐに明らかになった。
1、2年前、あるブログで話題になっていたビデオボックス。
ゲイ物の裏ビデオの品揃えが都内でも有数であることと、ハッテン仕様のやや広めの個室が特徴らしい。
水曜定休の彼にとって、今日は休前日になる。
入っていったのはこの店であろうことを、確信した。


天井まで作りつけられた棚の中には、無数のDVDケースが並べられている。
ジャンルと趣向だけが簡単に書かれたラベルから、正直中身を想像することは難しい。
適当に取ったケースには、殆ど伏字になっていないライバル会社の名前があった。
前から見かけることはあったし、同じ場所でかち合ったりした時はつい身体に目が行くこともあるが
あれはただ単に制服の違いであって、どの会社のドライバーも大して変わらないはずだ。
そんなことを考えながら、手に取った物を棚に戻した。

「好みがあれば、それなりのもん、勧めるけど?」
小さなカウンターに肘をつき、煙草を咥えた男が声を掛けてくる。
平日の昼間、普通に考えれば客が来るような時間でもない。
「ウチ、無いもん無いから」
持て余した時間が彼の口を滑らかにしているのだろう。
そして、自慢げに話す男の視線は、明らかに俺の身体を這っていることが分かった。
「・・・じゃあ、適当に見繕ってよ」
ああ、と気怠い笑みを浮かべ、手元のノートパソコンを弄りだす。
あの中に、この膨大な映像のデータが収められているらしい。
「そーだな・・・やっぱ、同じ系統の方が良いんだろ?」
「は?」
「良い身体してっからさ・・・そういう方が良いんじゃねぇの?」
ほぼフィルターだけになった煙草を灰皿に押し付け、男が立ち上がる。
棚に目を滑らせながら数枚のDVDを抜き取り、徐々にこちらへ近づいてきた。

「こんなもんかな」
そう言って、彼は数枚のケースを差し出してくる。
ラベルにあるのは、如何にもバルキッシュな文言の数々。
俺は他人からこういう系統で見られているのかと、少し微妙な気分になった。
ふと、腰回りに他人の感触が当たる。
「手伝ってやろーか?」
「・・・いらない。黙々とマスかきたい時も、あるだろ?」


低い天井の廊下には、点々と無機質な扉が並んでいる。
指定された部屋に入ると、中にはTVとDVDデッキが収まった低い台とリクライニングチェアが置かれていて
左手奥には、人が二人やっと横になれる程度の空間があった。
ドアを背にして眺めた光景に、強烈な既視感を覚える。
飽きるほど観た、平凡なサラリーマンの痴態の一部始終。
その背景が、今まさに、目の前に広がっていた。

男が勧めてくれた映像は、絡みを見ているだけでも満腹になりそうなほどのボリュームで
画面殆どを覆い尽くす褐色の肌に興奮はしないのだと、改めて実感させられた。
こんなことなら、素直に好みを暴露しておいた方が良かったのかも知れない。

「モデルからでも、検索できんの?」
帰り際、カウンターの男が未だ送ってくる熱視線をあしらいながら問いかける。
「有名どころじゃない限り、無理だな」
「じゃ・・・ここで撮ったやつ、なら?」
俺の言葉で、男の表情が明らかに変わる。
中途半端に伸びた髪を掻き上げながら、彼はわざとらしい溜め息をついた。
「バイトする奴ぁ、案外多いんでね」

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応報★(4/6)

無機質なコンクリートの壁を前に、一人のサラリーマンが複数の男から暴行を受けている。
手振れが酷く、画質も悪いカメラが、ぐったりとした男にフォーカスを当てていく。
筋肉質な男がその頭を掴み、ひしゃげた眼鏡を外すと、彼は何かを懇願するように唇を震わせた。
焦点が男たちから離れていくと同時に、中心にいた人物が床に組み敷かれ
何かを引き裂くような鋭い音と、くぐもった声が、悪夢の始まりを告げる如く響いていた。

***********************************

ガラスの扉に貼られた、完売御礼の文字。
残務処理に追われる営業たちは、疲れを見せながらも、皆一様に晴れやかな表情をしていた。
「こちらの撤収は、いつくらいになるんですか?」
書類用の袋に受領印を押しながら問うた俺に、彼は満足げな笑みを見せる。
「来週からは、また別の場所へ移るので・・・ここ2、3日で、といった感じです」
「そうですか。次は、また都内で?」
「ええ。もう少し都心に近い場所です」
「マンション業界は好況なんですね」
「どうでしょう・・・厳しい時期に先行投資しておいた分が、タイミングよく花を咲かせたってところかと」

恐らく、顧客として相対することは最後の機会になるだろう。
「藤堂さんには、いろいろ御無理をお願いしてすみませんでした。大変助かりました」
「こちらこそ。次の場所でも、引き続き弊社とお付き合い、お願いします」
やや上目づかいで俺を見る表情に、淫靡な歪みが影を落とす。
外堀は埋まりつつある。
むしろ、俺たちの関係は、これからが本番だ。


映像をキャプチャーした数枚の画像を見せると、男は僅かに眉を上げ、口元に気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「ああ・・・こいつか」
カウンターに写真を投げ置き、キーボードを打ち始める。
「こんなんが良いんだ」
歪んだ表情のまま視線を投げてくる様が、自分の心を詮索してくるようで不快だった。
「好みなんて、人それぞれだろ?」
「何処にでもいるリーマンじゃん。つまんねーな」
調べが付いたのか、彼は一つ息を吐き、灰皿に貯まった長めのシケモクを指で摘み上げる。
「ん~・・・7本くらい?あるけど」
吐き出された煙が当所も無く漂う。
彼の物かどうか判断が付かなかったものも含めれば、手元にあるビデオはそれ以上の数。
「・・・そ、分かった」
俺が知らない彼は、もう、無いらしい。
残念な気持ちと共に、ある種の充足感が身体を昂ぶらせた。

「あ・・・ちっと待って」
そう言って席を立った男が、裏の部屋に消えていく。
パソコンの脇に置き去られた写真を回収し、これからのアプローチについて思案を巡らせた。
自宅は分かっている、次の勤務先も、概ね見当がつく。
けれど、いずれも二人の間の共通項からは外れており、偶然を装うにはリスクが高い。
やっぱり、この場所でケリをつけるのが手っ取り早いだろう。

程なく戻ってきた男の手には、小型のビデオカメラが携えられていた。
「これなんだけど」
「・・・やるわけねぇだろ」
「そーじゃねぇよ」
こちらに向けられた液晶画面には、何やら騒々しい場面が展開されている。
「あいつだと思うんだけど・・・画像が悪くてね」
「自分のとこで撮っといて、わかんねーとか」
「いや、これはウチで作った奴じゃねぇ」
男はカメラの停止ボタンを押し、再び俺を窺う。
「ガチの盗撮。多分、本人も知らねぇんじゃねーの、撮られたの」
カウンターに置かれた数本のコードの横にカメラを置いた彼は、俺の身体を視線で撫でる。
自分も、こんな風に営業マンのことを見ていたのかも知れないと、惨めな気分にさせられた。
「一回ヤらせてくれたら、貸してやっても良いけど?」


革のマスクに顔半分を覆われた男が、ワイシャツだったと思しき布を引き摺りながら背面座位で腰を振る。
苦しげで官能的な乾いた声を吐き出す度に、その喉仏が大きく震えていた。
周りからは、下衆な男たちの卑しげな声。
不意に背後の男が身体を起こし、快楽に溺れる男の頬に手を寄せる。
引き合うように双方の顔が近づき、粘着質な口づけを交わし始めた。
舌と舌とが絡み合い、唾液を啜る音が続く。
突き上げが激しくなったのか、口元だけの表情が大きく歪む。
満足げに鼻で笑う中年の男が、その耳元で、発情の囁きを残した。
「もっと、狂え・・・アキノブ」

男たちの高笑いが部屋に響く中、床に伏した満身創痍の男の様子が映し出される。
既に纏わりつく衣服も無く、全身が精液に塗れたままで動かなくなった身体。
放り投げられた鞄から、見知った色の封筒が顔を出す。
そこで、ビデオは終わった。

独り善がりな行きずりのセックスよりも、遥かに自分の身体は興奮している。
痛々しいほどに昂ぶっているのに、自分の手で抜いてしまうのがもったいない。
彼の中に、ぶちまけたい。
彼の名を、呼びながら。


カウンターの男が、一枚のケースを差し出してくる。
「これ、焼いといた」
それを受け取り、代わりにビデオカメラを手渡した。
「どう?何発抜けた?」
俺の胸元に顔を寄せた奴が、わざとらしく音を立てて匂いを嗅ぐ。
彼とは似ても似つかない男。
とりあえず、今はそれでも良い。
「・・・そうだな」
頭を抱えるように身体ごと引き寄せ、一つ、溜め息をついた。
「お礼に、もう一回。今度は・・・中に出してやるよ」

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応報★(5/6)

コンビニの隣では、用を果たした建物の解体が始まった。
そこから少し離れた幹線道路沿いでは、躯体だけのマンションが空に向かって伸びつつある。
幾人もの理想の住まいを横目に、週初め、普段よりも多めの荷物を載せてトラックを走らせながら
気持ちは既に、明日へと傾いていた。


ビルの谷間の暗がりで、一人のサラリーマンが歩いてくるのを窺う。
俺に気が付くことなく通り過ぎた彼は、数メートル先のビルへと入っていった。
時計に目を落とし、しばらく待つ。
携帯に届いた一通のメールを合図に、軽く深呼吸をして、その場を離れた。

店に入るなり、ニヤつく男が小さな鍵を投げ寄越す。
「あんまり激しいことすんなよ?掃除面倒だから」
「・・・分かってる」
「フラれたら、オレが相手になってやるさ」
「余計な心配、どーも」
鍵に付けられたタグが示しているのは、一番奥まったところにある部屋だった。
「あ、そうだ」
「何?」
「その部屋のTV台、どっかの馬鹿が蹴飛ばして壊しやがったから修理中なんだ。気を付けろよ」

扉の前に立ち、ボディバッグから一枚のDVDを取り出す。
ふとしたことから芽生えた執着心。
偶然に重なった偶然が、その感情を大きく膨らませた。
歪んだ片想いが成就される可能性が限りなく小さいと分かっていても
もう、引き返せない。


鍵を鍵穴に差し込み半回転させると、小さな金属音が立つ。
ノブを回し扉を開けると同時に、室内から勢いよく物音が聞こえた。
中の男が力任せに戸を押えるよりも早く、隙間に身体を捻じ込む。
「なっ・・・え・・・?」
彼の力の勢いで閉まった扉の前で、驚愕の視線を受け止めながら
言葉を失った男に、彼の知らないひとときを差し出した。
「お届け物です。笠松さん」

台におかれた液晶画面には、よくあるビデオの導入部分が流れている。
服装にそれほどの乱れが無いところを見ると、まだ気分を昂ぶらせる前段階だったのだろう。
「何で・・・ここに」
狼狽えた表情のまま、彼は俺の肩に手をかける。
「いや、いいから・・・出てって、下さい」
ある程度力を籠めているつもりなのだろう。
けれど、筋力の差は歴然だった。
彼の抵抗を反動にして身体を翻し、扉を背にするよう、その胸元を左腕で押さえつける。
「貴方が出てるビデオ・・・全部、観ましたよ」
「・・・は?」
レンズの向こうの眼が、明らかな動揺を映す。
薄く開かれた唇からは、何の音も出てこない。
「休みの日は、あんなことして、過ごしてるんですね」
瞬間、彼の頭を巡った選択肢は、幾つあったのだろう。
数十秒の沈黙の後、どの逃げ道も塞がれていると悟ったらしい彼は、やっと俺から目を逸らした。
「・・・金、ですか。目的は」

右手で顎を掴み、無理矢理唇を奪う。
苦しげな声が骨に沁みた。
俺の身体を引き剥がそうと、彼の肘が胸の辺りに突き立てられる。
抗う気持ちが向けられるほどに、気分が盛り上がっていく。
首から耳の後ろに手を回し、振れる頭を押さつけたまま、待ちに待った感触を味わった。

「金なんか、いらない」
息継ぎの間に、そう呟いた。
「じゃあ、何の・・・為に、こんな、こと」
いつもの落ち着いた低い声が、異常な具合で上ずっている。
画面の中から響く喘ぎの、一歩手前の、声だった。
「金、以外に・・・何が、欲しい」
怯えた眼を、真正面から受け止める。
俺が欲しいのは、ただ一つだけ。
「あんたが、欲しい」


素直なアプローチをしていれば、彼が振り向いてくれる可能性はゼロでは無かったのだと思う。
互いに同性愛者。
仕事上の付き合いでも、関係は悪くなかった。
でも、あの時、画面の向こうの彼に惹かれなければ、ただ通り過ぎていく関係で終わっていただろう。
結局、俺たちには、こういう末路しかなかったのか。

眉間に深い皺を寄せ、ずれたままの眼鏡の向こうから、彼は俺を見ていた。
「どうして・・・何で、オレ?」
抵抗の力を弱めながら、それでも未だ、目の前の男の意図が分からないままで混乱している。
「初めは、ちょっと良いなって、思った程度だった」
肩口を押えながら、緩んだネクタイを外していく。
襟が擦れる甲高い音が耳を刺激した。
「でも、あんたがどんな風にオナって、どんな顔で感じて、どんな声出してイくのか、何度も見てる内に」
ワイシャツのボタンを2、3個外し、うなじに顔を寄せる。
薄い整髪料の匂いが僅かな彼の体臭を引き立てながら鼻腔に入り込む。
「引き返せなくなった。自分でも、怖い位、夢中になった」
布を掻き分ける様にざらついた肌の上に舌を滑らせると、得も言われぬ塩味が耳の下を引きつらせ
俺の首筋を、震える吐息が流れていった。

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応報★(6/6)

足元に、深い紺青のネクタイが落ちている。
扉にもたれたままの彼は、俺が拾い上げたそれを虚ろな眼で一瞥した。
「これ、好きだよね」
「え・・・?」
「これで、分かったんだ。あんただ、って」
「そんな・・・そんなのだけで?」

最悪の奇跡だと、彼は言った。
自分が犯した行為を後悔することは、今まで何度もあったのだろう。
もちろん、既に取り返しがつかないことも、よく分かっているはずだ。
「あんたみたいな奴が、他にもいるのかな」
「さあ・・・どうかな」
俺の中に脅迫の意図が無いにしても、彼にとっては、秘密を知る人間だというだけで十分な脅しになる。
その事実に打ちひしがれる姿が、憐れで、何よりも愛おしく感じた。
「でも、俺があんたを想う気持ちは、誰にも負けてない」
頬に手を添え、軽く口づける。
「守ってやるよ・・・俺が」
目を細めた男は、ふと視線を落とし、恭順の姿勢を見せた。


防音仕様になっているであろう扉に手をつかせ、背後から男の身体に手を滑らせる。
スラックスからワイシャツを引き抜き、ベルトを外す。
耳の後ろを唇で愛撫しながら、僅かに揺らぐ鼓動を感じていた。
「・・・鍵、開いてるから。嫌だったら、出てけ」
腹の辺りを弄りながら囁くと、彼の頭が少し下向く。
やがてドアノブに伸びた手が、一瞬の戸惑いの後で、その鍵を閉めた。

うな垂れたままの彼を抱き締める様に撫でていく。
熱を帯びた肌の感触が、掌を通して俺の身体を奮い立てる。
頭上で握り締められた男の拳は、絶え間なく続く微かな刺激で震えていた。
上着を捲り上げ、汗ばんできた背中に舌を這わせると、身体全体が弓なりに反る。
胸の辺りの小さな突起を指で擦りながら、半分ほど露わになった腰回りを執拗に舐った。
決して筋肉質では無く、かと言って痩せぎすでも無く、程よく脂肪の付いた肉感は
画面を見ているだけでは決して分からない、最高の感触だった。

細身のスラックスを膝の辺りに引っ掛けたまま、下半身を自分の方に引き寄せる。
柔らかな素材のトランクスの中では、確かに、彼の衝動が頭をもたげようとしていた。
腹から徐々に下へ手を伸ばすと共に、静かな吐息が腕に熱を絡ませる。
「・・・オレ、も」
呟きの声は、俺から窺えない表情を想像させるに十分すぎるほどの官能さを帯びて耳に届く。
「あんたで、抜いてた・・・」
「・・・マジで?」
「ネタに、するのに・・・丁度良かった。互いに、何も知らない。見てくれだけで、妄想出来る」
所々で言葉を引きつらせながら、彼は想いを吐いた。
「期待に、応えて・・・くれるか」


足元に屈みこんだ彼が、俺の下半身をゆっくりと解いていく。
顔を出したモノは、既に準備が整っているかの如く膨らんでいた。
指で軽く撫でられただけでも、思わず息が漏れる。
顎を少し上げ、数秒の躊躇いの後、男は俺の性器を口に含んだ。

腰に回された手が肉に食い込む程、彼は深く深く、自らの喉に他人の衝動を突き立てる。
支えにしている扉が立てる軋む音と相まった、苦しげな呻きが聞こえてくる度に、快感が身体中を駆けた。
頭の中が官能だけで満たされていくこの瞬間が、来たるべき絶頂へと心身を急かす。


TV台の正面にある、狭い空間。
大きめのリクライニングチェアを退かし、仰向けになる。
安物のラグが引いてあるだけの床の感触は、思った以上に固く背中に響いてきた。
ワイシャツを肩に引っ掛けたまま、彼が俺の上に跨る。
その身体の向こうには、彼が観るはずだったであろうビデオが垂れ流されていて
あれは確か、俺が初めてここに来た時に渡されたやつだったなと、思い出していた。

眼鏡をかけたままの彼の顔がみるみる近づいてきて、すぐ目の前で止まる。
「あんたで、良かったのかもな」
そう呟きながら薄く微笑む男の頬に手を伸ばす。
傾いだ顔に視界を奪われると同時に、目を閉じた。
唇を触れ合わせたのは一瞬、割って入ってきた舌を絡ませ、求め合う。
互いのモノを擦り合せる様に動く彼の腰。
画面の中から出てきた男と、やっと、一つになれる。

やがて、熱く、息苦しい空間に飲み込まれた欲望は、程なく、彼の中へと噴き出されていく。
名前を呼ぶことは、まだ、出来なかった。


彼が営業部から管理部へ異動になるという話を聞いたのは、それから1ヶ月程経ってからだった。
そろそろ、誰かの為に時間を作る努力をしたい。
偶然休みがぶつかった平日の朝、彼はベッドの上でそう笑う。
こんな気分になったのは、初めてかも知れない。
散々回り道をした想いが、やっと、目的地に辿り着いた気がした。

翌日、病欠をしたドライバーの代わりに、いつもとは違うエリアの配送に当たる。
道はあらかた覚えているものの、大口の客が多く、スケジュールはタイトだった。
そんな時、集荷の依頼が端末に届く。
場所はそれほど遠くない。
オペレーターに了解の返事をしながら、頭の中で効率的な道順を辿った。

エントランスに掲げられた名前で、彼の会社が手掛けたマンションであることを知る。
首都高速の高架の傍、まだ新しい建物の中廊下は薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていた。
向かった先は、8階の角部屋。
中から出てきたのは、インターホンの声のイメージと違わない、中年の男だった。

着払いの荷物は3つ。
どれも箱は大きいが、重量はそれほどでも無い。
一気に持っていけるだろうと考えながら伝票を箱に貼付する俺に、男が声を掛けてきた。
「君、どっかで会ったこと、あるかな」
その言葉に目を上げ、顔を窺う。
毎日多くの人間と相対するが、彼の記憶は、俺の中には無い。
「いえ・・・初めて、かと」
「そうか、思い違いかも知れないね」
「よくある顔だと、言われますので」
柔和な顔から発せられる声に些細な引っ掛かりを感じながら、笑顔を返した。

***********************************

ふ~ん、お兄さん、こういう系趣味なんだ。
ああ、そうだ、ちょうどお勧めなのがあるんだよね。
作りもんじゃねぇよ、ガチの盗撮。
タチの方が良い身体しててさぁ、マジ抜けるって。
観たい?
そうだなぁ・・・。
じゃあ、一回ヤらせてくれたら、貸してやっても良いけど?

□ 78_狂乱★ □ ※若干のSM表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。
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□ 87_応報★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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