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命綱★(1/9)

どうして どうして
おれが こんなめに あわなきゃならないんだ
いつまで つづくんだろう こんな まいにち
あいつさえ いなければ
あしたに きぼうを みることも できるのに

***********************************

「本当、に・・・君は、要領が、悪いな」
口内を蹂躙する男のモノが喉をえぐる度、苦痛と吐き気が全身を駆ける。
目尻が涙で湿り、呼吸は潰れた悲鳴になって出ていく。
「いつになったら、給料分の、仕事が、出来るようになるんだ?」
俺の頭を右手で押さえつけたまま、男はより一層激しく腰を振る。
波打つ身体が、背後の壁に幾度も打ち付けられる。
「も・・・っと、吸い付け」
どうでもいいから、早く、早く。
そう祈りながら、無我夢中で、より深く咥え込む。
僅かな耳鳴りと共に、涙が頬を伝う。
程なくして、気持ちの悪い呻き声と共に、奴は俺の口の中で絶頂に達した。

喉奥まで張り付いた精液が、呼吸の仕方さえも忘れさせる。
男の足元にうずくまり、不快な感触を剥がそうと何度も咳き込んだ。
滲んだ視界には、吐き出された快楽の残渣と、薄い影が見えた。
やっと、終わった。
そう思う間もなく、男の足に踏みつけられた頭が、床に擦り付けられる。
「ダメじゃないか、せっかく掃除したのに」
嘲笑う声が、僅かな安堵を吹き飛ばす。
「ほら、ちゃんと綺麗にするんだ」
後頭部に靴底の感触を与えられながら、俺は、床に散った穢れを舐め取った。


小規模建物の設計・施工を手掛ける会社に就職してから、1年と少しが過ぎた。
実家から近かったことと、大きな会社で揉まれるのが正直恐かったというのが志望動機。
「成績も優秀だし、これだけの図面が書けるのなら、すぐ戦力になってくれそうだね」
採用試験の際、持参した作品集を見ながら、社長は満足そうに俺の顔を見る。
大きい会社ではないけれど、やりがいはありそうだと、その時は思っていた。

名ばかりの研修を受け、実際の設計や工事の業務を先輩と共に担当する。
長らく新卒の採用を行っていなかったらしく、社内では俺が一番年下。
大学で学んだこととはまるで違うイレギュラーな事案に翻弄されながらも
それなりに仕事の本流が分かり始めてくると、消極的だった気分が徐々に前向きに変わる。
忙しい中でも展示会やセミナーへ赴いたり、資格試験の勉強をしたりと、充実した毎日を過ごしていた。


歯車が狂い始めたのは、入社した年、秋も深まってきた頃だった。
「澄河君、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、良いかな」
金曜日の夕方。
定時を1時間ほど過ぎ、帰宅の準備をしていた俺は、そう社長に呼び止められた。
事務を担当する女性は既に帰宅してしまった後だったが
急用を頼まれたことは以前にも何回かあったから、別段訝しむことも無かった。
「何でしょう?」
「大したことじゃないけど、今日中に終わらせたくてね」

2階建ての社屋は、1階が事務所、2階が会議室と社長室になっている。
階段を上がり、彼に続いて室内へ入る。
正面の窓にはブラインドが下ろされ、照明は、少し薄暗く感じた。
促されるまま、部屋の真ん中に置かれたソファに腰を下ろす。
「資格の勉強をしてるんだって?」
自分の机で資料をまとめながら、社長は俺に尋ねる。
「はい、すぐには受けられないですけど・・・仕事の勉強も兼ねて」
「・・・そうか」
ありのままの姿勢を話したつもりだった。
けれど、その声は、さっきまでのものと少し印象が違って聞こえた。
「そういうの、多いんだよな。特に、最近の若い奴に」
何かに軽く苛立ったような、そんな雰囲気。
気に障ることでも言っただろうか。
不思議に思い、振り返ろうとした瞬間、背後に気配を感じた。

「う・・・ぐ」
厳つい腕が俺の首を抱え、じわじわと締め上げる。
顔のすぐ横に、男の顔があった。
「たかが半年会社にいただけで全部知った気になる、馬鹿がな」
腕を引き離そうと手をかけても、苦しさが緩むことは無い。
音を伴った吐息が、細切れに喉から出ていく。
「何の役にも立ってない給料泥棒の分際で、勉強だなんだって、恥ずかしくないのか?」
「そ・・・んな、つも、りは」
「努力なんてな、才能が無い奴がしたところで、無意味なだけなんだよ」
苦痛と恐怖で身体が震える。
俺の気分が堕ちていく一方で、男の声は興奮を隠しきれない様子だった。
「苦しいか?ん?」
「く、る・・・し」
「このまま君が死んでも、別に会社としては困らないんだぞ?」
ぼんやりとしてくる意識が、言葉の信憑性を裏付ける。
「た、すけ・・・て」
「じゃあ、特別に、無能な君でも出来る仕事をやろう」
首に腕をかけられたまま立たされた身体が、窓の方へ突き飛ばされる。
屈みこんで咽る俺に、社長は冷酷な声で命令を下した。
「そこで、服を脱ぐんだ」

□ 80_命綱★ □
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命綱★(2/9)

いえない いえない
おれが あいつに こんなこと されてるって
いたくて くるしくて はずかしい
おれが おれじゃ なくなっていく みたいだ
もう たえられない
だれか たすけて だれか

***********************************

理不尽過ぎる要求に、すぐには反応出来なかった。
近づいてきた社長は、狼狽える俺の胸ぐらを掴んで追い込みをかける。
「誰に食わせて貰ってるのか、分かってるよな」
「・・・はい」
「親子で路頭に迷いたくないだろ?」

家族は、母一人、子一人。
父を早く亡くし、女手一つでここまで育ててくれた母に、今でも頭が上がらない。
その母が病を患ったのが、大学3年の冬。
左手が不自由になり、雇用形態が正社員からパートへと変わった。
日常生活には大きな支障はないけれど、出来るだけ傍にいよう、そう思って地元の企業に就職した。

年齢的には転職出来ない歳じゃないだろう。
とはいえ、経験も実績も無い、同じ条件で再就職出来るとも限らない。
何より、この会社に就職してくれたことを喜んでくれた母に、迷惑はかけたくない。
俺が耐えれば、済むだけの話だ。

作業着を脱ぎ、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。
卑しく豹変した男は、笑みを浮かべながら一部始終を見ていた。
「まだ残ってるじゃないか。全部、脱げ」
下着一枚を残した俺に、顎で行為を急かす。
どうして、こんなこと。
横暴な態度に唇を噛みながら、最後の一枚を脱ぎ捨てた。


「仕事は半人前以下でも、ここは一人前だな」
目の前に立った男の手が、太腿から上に伸びてくる。
俯き、瞼を閉じて時間をやり過ごそうとしても、指の行先に心が揺さぶられた。
「・・・っく」
乱暴に玉を掴まれる感触で、身体の委縮具合を知る。
極度の緊張が、痛覚までも奪っていくようだった。
「ま、君を気持ち良くしてやる義理は、無いがね」
その手がモノを軽く扱き、亀頭を撫でる。
ただただ、忌まわしいだけの、時間だった。

「仕事は出来なくても、掃除くらいは出来るだろう?」
社長室の隅にある小さなトイレ。
カウンター式の手洗い器と、一体型の洋風便器が置かれているそのスペースに、全裸で立つ。
鏡に映る自分の姿を目に入れない様、ひたすら壁を見ていた。
「今日から君が、ここの掃除当番だ」
後ろから伸びてきた社長の手が、背中を撫で下ろし、尻を叩く。
「給料が貰えることに感謝しながらやるんだぞ?良いな」
「・・・分かり、ました」

空間自体は広くない。
家でも掃除はしているし、作業として考えれば、然程のものでは無かった。
それでも、外から聞こえてくる電話の音に脅え、部屋に入ってくる誰かの気配に息を殺す。
異常な状況の中、絶望感に苛まれながら磨く床に、止めども無く涙が落ちた。


背後の扉が勢い良く開かれる。
「まだやってるのか?」
声の威勢とは裏腹に、男の顔には下劣な笑みが浮かんでいた。
「もう、少しで・・・」
一通り、掃除は終わっていた。
どこまでやれば満足させられるのか、それが分からずに、同じところを何度も磨き直していた。
「要領が悪い奴だ」
トイレの扉の鍵を閉め、男はカウンターに寄りかかる。
局部を隠すように身体の前で組んでいた手が、彼の手で取り払われた。
「前は、半勃ちで掃除していた奴もいたが・・・君は、違うらしいな」
新卒採用は数年ぶり。
鼻で笑う声が、その話はデタラメだったのだと、気付かせてくれた。

男の正面に跪かされた俺の前に、僅かに膨らみかけたモノが差し出される。
「次は、これだ」
背中を冷や汗が流れていく。
年季の入ったそれは、決して大きいとは言えないまでも
性欲を撒き散らすような雰囲気が、心身を強張らせた。
「咥えて頭を振るだけで良いんだ。トイレ掃除より、よっぽど簡単だろ?」

躊躇っていた時間は、ほんの僅かだったと思う。
その些細な猶予すら、与えられなかった。
「いっ・・・」
股間を踏みつける靴の先が、すり潰すように左右に振れた。
「まだ、分からないのか?」
抗えない痛みを与えられた本能は、あらゆる理性を凌駕する。
その時初めて、俺は、男のモノを口に含んだ。

□ 80_命綱★ □
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命綱★(3/9)

だいじょうぶ だいじょうぶ
これは きっと ただの あくむ
あさ めがさめたら ぜんぶ わすれてる
あいつも いなくなってる
そうじゃなきゃ おれは こわれるまで このままだ

***********************************

身体に加えられる苦痛よりも、心に刺さる屈辱が、絶望をより深くする。
歳の割に体格の良い男は、躊躇なく俺の口の中を犯し続けた。
種々の穴から出てくる液体が、顎を伝い鎖骨の方まで流れていく。
酸欠で朦朧とし始める意識を、喉奥まで入り込む物体が無理矢理起こす。
それが繰り返される内に、全てが、どうでもよく感じられるようになってきた。

官能の絶頂を迎える声が頭上から降ってくる。
同時に頭が押さえつけられ、口の中に生温かい液体が放出された。
声にならない声が、自分の耳に響く。
「全部、飲むんだぞ」
得も言われない味覚が全身を侵し、鳥肌が立つ。
助けを乞える相手では無い。
喉を通るはずも無い他人の精液を、諦めと共に飲み込んだ。


社長からの仕事は、毎週金曜日の夕方と決まっていた。
定時を過ぎ、タイムカードを押した後で、誰にも気づかれないように2階へ上がる。
服を脱ぎ、トイレ掃除をし、男に口淫を施す。
行為後、汚れた場所をまた掃除することもある。
会社を出る頃、1階の事務所から人影は消えていることが常だった。

「随分痩せてきたんじゃないのか?大した仕事もしてない癖に、ストレスとか言うんじゃないだろうな」
入社して2回目の夏の走り。
奉仕を強要され始めてから半年以上が経ち、俺の身体は明らかにやつれを見せている。
週末に近づくほどに不定愁訴も多くなっていて、色々な意味で、限界を感じ始めていた。
「・・・いえ、大丈夫です」
上っ面の言葉を、醜態を曝しながら口にする。
近頃は性欲も湧かなくなり、ぶら下げているだけの性器が上を向くことも無い。
何もかも、目の前にいる男の所為。
それだけは、確かだった。


社長室に来客があったのは、掃除を始めてしばらく経ってからのこと。
「社長、ちょっと宜しいですか」
「何だ?今忙しいから、また後にしろ」
相手は、社長の娘婿である崎浜専務だった。
俺は掃除の手を止めて、いつものようにドアを背に息を潜める。

「でしたら、単刀直入にお話します」
どんなに無茶なことを要求されても、上司の命令は絶対と穏やかに笑う。
ワンマン社長の大いなるイエスマンと揶揄される専務の声は、幾分冷たく聞こえた。
「社長に収賄の嫌疑が掛けられていると」
「・・・何のことだ」
「工事発注の見返りに金を寄越せと、仰られたとのことですが」
扉の向こうでなされる話に、耳を疑う。
大事になれば、会社のイメージダウンどころか経営までも怪しくなってくる。
けれど会社の行く末を憂う内、ふと、気持ちが落ち着いた。
奴がいなくなれば、俺はこの闇から抜け出せるかも知れない。

「覚えがない」
棘のある声が、その苛立ちを如実に表す。
「空発注に加担した工務店が、警察に届け出ると言っているようです」
「馬鹿な連中だ。自分の首を絞めるようなことを・・・」
「金を受け取ったのは、事実なんですね?」
「だったら何なんだ?!良いから黙らせろ!」
机を叩くような大きな音。
激昂しているであろう上司を前に、専務の様子は声で知る限り、まだ冷静だった。
「これ以上不正計上を積み上げるのは、得策ではないと思いますが」
「じゃあ、どうしろと?金を返せとでも?」
「既に、私ではフォローできない状態になっております」

元々、専務は建築業界の人間ではない。
社長の娘と結婚する前までは、地方銀行で経理を担当していたのだという。
「それを何とかするのがお前の仕事だ。何の為に置いてやっていると思ってるんだ?」
今までも、同じようなことが何度もあったのだろう。
そして、何度も隠蔽してきたのだろう。
「独断で進められたことは、引責されるべきでは」
「・・・そういうことか。下請けと組んで、社長の椅子でも狙いにきたのか」
「このままでは会社の経営が危うくなると、申し上げているのです」
専務の声は徐々に感情的になっている。
目の前の男への憤りと、直近に迫った破綻への危機。
「明日一日で関連書類を揃えます。週明けにでも、ご確認ください」
そう言って、一方の男は部屋を出ていった。


聞こえなかったと言い訳することは出来なかった。
勢いよくトイレのドアを開けた男は、床掃除をしていた俺の身体を蹴り上げる。
「・・・っが」
みぞおち辺りに食い込んだ革靴の固い感触が、背中にまで突き抜けた。
「どいつもこいつも、ろくでなしばかりだ!」
自らが招いた事態への憤懣を、足元の下僕に容赦なくぶつける。
一思いに、殺してくれればいいのに。
そんな考えだけが、頭の中を巡っていた。

□ 80_命綱★ □
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命綱★(4/9)

しってる しってる
あなたの ひみつ
でも だれにも いわない
これは おれたちだけの ひみつ
ありがとう
これで やっと じごくから ぬけだせるよ

***********************************

まだ四肢がくっついているのが不思議なくらいだ。
霞む視界に浮かぶ自分の身体は、赤い斑点に覆われている。
重い痛みはぼんやりとした痺れに変わってきている。
荒い息を吐く男の怒りは、それでもまだ、収まってはいないようだった。

「立て」
腕を掴まれ、上半身をカウンターの上に載せられる。
御影石の冷たい感触が全身に籠った熱と混ざり合い、一瞬、絶望の中に安堵が過ぎった。
そんな気分も、男の手が腰回りを撫でる気配で消し飛んでいく。
「もっと、突き出すんだ」
二つの手が足の付け根を掴み、尻が押し上げられる。
背後の男の身体が、その服越しに感じられた。

「それ、だけは」
「この期に及んで口答えするつもりか?」
辱めにも、暴力にも、耐えてきた。
それでも、これだけは、無理だ。
ギリギリのところで持ち堪えてきた矜持が壊される。
「お願い、します・・・勘弁、して、下さい」
絞り出した懇願を、奴は一笑に付す。
後頭部が掴まれ、上半身が大きく反る。
鏡に映る自分の姿と、後ろに立つ悪魔の姿が、見えた。

俄かに、意識が切れた。
力の限り、右手を後ろに振った。
バランスを崩した奴の身体がよろける。
咄嗟に床から浮いた脚を引っ掛けるよう、蹴りを入れた。
短い叫び声を上げながら、男の身体が倒れていく。


我に返るまで、どのくらいの時間があったのだろう。
足元には、目を見開いたままで便器に寄り掛かる社長の身体があった。
カウンターには、何かをぶつけたような血の跡。
死んでいるのか、生きているのか。
確かめることも出来ない。
自分の顔から血の気が引いていくのがありありと分かる。
その時の俺に、逃げる以外の方法は、思いつかなかった。


偶然通りかかったタクシーで家に帰り、自室に籠る。
電気も付けないまま、痛む身体を布団で覆った。
何かの間違いじゃないか、悪い夢なんじゃないか、そんな気休めで心が落ち着く訳も無く
自首すべきか、証拠隠滅を図るべきか、このまま姿を消してしまおうか、保身の術も考えが纏まらない。
突然、携帯が一回だけ震え、すぐに静まった。
息が止まるほどの恐怖が、精神を狂わせるようだった。
まさか、警察?
脅える手で開いた電話のディスプレイに、思わず目を疑う。
「そんな・・・馬鹿な」
表示されていた名前は、社長の物だった。

時間は夜中の2時前。
折り返す勇気は、まるで無かった。
奴はまだ、生きている。
より最悪な結末だけが、心身を侵していく。
どうして、どうして、こんなことになったんだ。
もう、俺の人生は終わりだ。


カーテンの隙間から、陽の光が差し込んでくる。
眠れないまま過ぎた夜は、随分と短かったように思う。
後悔に押し潰されそうになる心の拠り所が、何処にも見つからない。

上司から連絡が入ったのは、それからしばらく経ってからだった。
「すぐ、会社に来られるか?」
気が遠くなりそうな恐怖心を、必死で耐える。
「・・・何か・・・あったん、ですか?」
「社長が亡くなった」
その言葉が、更に俺の頭を混乱させる。
「えっ?」
「自殺らしい。状況は、追って説明があるそうだ」


第一発見者は、崎浜専務だった。
資料整理に訪れた早朝、社長室の電気がついていることに気付いた彼が
社長の変わり果てた姿を見つけたのだという。
トイレの天井板を外し、鋼材にロープを掛けて首吊りを試みたものの
身体の重みでロープが切れ、カウンターに頭を打ち付けたらしい。
それが警察の見解だと、専務は社員に対して報告した。

話は、もっともらしい、真実味のあるものだ。
けれど、俺が去ってからも、社長は確かに生きていたはずだ。
あの状態から、あんな男が、自殺をしようとするだろうか。
俺しか知らないはずなのに、俺の知らないことがある。
眩暈がして、その場に座り込んだ。
声をかけてくれた先輩の声は、殆ど聞こえない。
安堵と恐怖が、折り重なるように心の中を埋め尽くしていく。

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命綱★(5/9)

おなじだ おなじだ
ひとめ みて すぐに わかった
また いつか あえるかな
そしたら ふたりで いやしあいたい
あいつに つけられた ふかい きずを なめあいたい

***********************************

告別式の日は、あいにくの雨模様だった。
最終的に社長の死は自殺と断定され、俺に疑惑の目が向くことは、ほぼ無くなった。
それでも、精神の安寧が戻ってくる訳ではない。
真相は闇の中。
誰にも言えない深刻な秘密は、俺一人で抱えるにはあまりに大き過ぎた。

式の最中、親族席に座る一人の少年と目が合った。
その隣の席には専務の姿があり、恐らく専務の息子だと推測できた。
制服を着ているところを見ると、高校生くらいなのだろう。
祖父を亡くした哀しみを湛えているように見えた表情が、ふと穏やかな笑みに変わる。
瞬間、背筋が凍る思いがして、視線を逸らした。
胸の内を見透かされている。
幼い視線に対して、訳も無く、そう感じていた。


社長の後任には、腹心であった崎浜専務の昇格が承認された。
誰もが納得の人事だったのだと思う。
突然の出来事に多少の疲れは見せていたが、社員の心労を思ってか、努めて朗らかに振る舞っている。
こんな時にでも気配りが出来る人間を、素直に尊敬できた。

「何か、お手伝いすることはありますか」
定時後、手が空いたのを見計らって新社長に声をかけた。
1階の事務所の隅の席から、2階の社長室への移動とはいえ
一手に経理業務を請け負っていた彼の荷物はかなりの量だった。
「ああ、もうそんなに量は無いんだけど・・・じゃあ、その箱を持っていって貰えるかな」

久しぶりに足を踏み入れた社長室に、故人を偲ぶものは殆どなかった。
部屋の隅にあったはずの扉は壁と一体化していて、その前に、大きな観葉植物が置かれている。
「それは、前の社長が大切にしてた鉢なんだよ」
「そう、なんですか」
「寂しいだろうと思って持ってきたんだ」
「・・・社長も、喜ぶでしょうね」
我ながら白々しい会話だ、そう思いながら指示された位置に荷物を置いた。

「澄河君、体調はもう大丈夫?」
幾分大げさな溜め息を吐きながら、崎浜さんが椅子に腰を掛ける。
「え?」
「最近、やつれてた感じだったから、どうかしたのかと」
「あ、いえ・・・すみません、もう、大丈夫です」
「なら、良いけど。・・・そうだ」
俺の言葉を聞いて目を細めた彼は、何かを思い出したように机の引き出しを開け、中を物色する。
「これ、君のだよね?」
そう言って彼が差し出したのは、社章だった。
「まだ新しいのを持ってるの、澄河君くらいだと思って」
勤務中に社章を付ける決まりは確かにあるが、俺を含め殆どの社員は日中作業服でいることが多く
実際は有名無実のものとなっている。
今の今まで、失くしたことにすら気が付いていなかった。
「ありがとうございます・・・これ、何処に?」
「何処だったかな、確か、エントランスの辺りだと思ったけど」


ささくれ立った毎日が、時間の経過と共に何となく元に戻ってくる。
忘れることは出来なくても、強引な推論をでっち上げて捻じ曲がった安息を得られるようにはなってきた。

会議室の長机に、大量の資料が並べられている。
過去十年余りの経理業務に関する書類の整理を依頼され、昨日から作業にあたっている。
もちろん、会社で契約している会計士はいるけれど、外に出せない代物らしい。
見る者が見れば、どんな細工がされているのか分かるのかも知れないが
経験の少ない、内情もよく知らない俺にはそのカラクリが分かる訳も無く
だから、自分が指名されたのだろうと納得していた。

数日経った夏の日、俺は再び少年の顔を目の当たりにすることとなった。
夏休みのバイトという名目で会社にやってきた彼は、悠と名乗った。
「大まかな資料整理なら、こいつでも出来るんじゃないかと思ってね」
謙遜を混ぜながら、社長は自分の息子を紹介してくれる。
「澄河です。宜しく」
「・・・宜しくお願いします」
伏し目がちに小さく頭を下げた彼は、緊張もあるのだろうか、強張った雰囲気を醸し出していた。
「じゃ、後は澄河君から指示を出して貰えるかな」
「分かりました」

取引先別に時系列に書類をまとめ、更に細目ごとにファイリングしていく。
少年は、その単調な作業を黙々とこなしていた。
全体的に線が細く、横顔には父親の面影が僅かに浮かんでいる。
しばらく視線を向け、交わらない内に手元に戻す。
あんな人間でも子孫を残しているのだと、些細な怨嗟が心に顔を出した。


西向きの窓から、ブラインド越しに赤い光が滲んでくる。
時計を見ると、時間は既に定時を過ぎていた。
「今日は、この辺で終わりにしよう」
俺の言葉に顔を上げた彼は、小さく息を吐いてこちらに目を向ける。
「凄い集中力だね、助かったよ。明日も、宜しく」
目を細めてはにかむ顔が、妙にいじらしかった。
「あの、澄河さんは、まだ・・・」
「俺は、もうちょっとやっていくから」
「実は・・・朝は親父の車で来て、帰りは電車でって思ってるんですけど、道が分からなくて」
「じゃあ」
駅までの道順を教えようとメモを取る手を、彼は言葉で制する。
「オレ、帰っても、特にやることないし・・・澄河さんが終わるまで、いても良いですか」

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命綱★(6/9)

たまらない たまらない
もっと だきしめて もっと きすをして
あのひから こころに やきついて はなれない
ずっと あんたを かんじていたい
せかいに ひとりだけの おれの みかた

***********************************

崎浜社長は、あいにく直帰の予定になっていた。
もう少し残業をしていきたいところだが、彼がいてはそれも適わない。
しかも、曲がりなりにも社長の息子を、遅くまで会社に拘束しては体裁も悪い。

窓の外に夜の帳が落ちつつある。
「そろそろ帰ろうか。腹も減ったでしょ」
「もう、大丈夫なんですか?」
「うん、それほど急ぎじゃないからね。後は、また明日」
そう言うと、彼は鞄から一枚の紙を取り出した。
「これ、毎日、ハンコ押して貰えって・・・お願いできますか」
ちゃんと仕事をしていたのかどうかのチェックも兼ねているのだろう。
簡素な表には、日にちと出勤・退勤時刻と押印の欄があった。
「印鑑、机の中だな。ちょっと、取ってくるね」

1階の事務所のフロアには、もう人は残っていなかった。
前社長の急逝から2ヶ月余り、多少の混乱が見られた業務も、やっと落ち着きを取り戻してきている。
けれど、俺の日常は、時折大きくぶれる。
夢の中でなされる酷い虐待は、有り得ない痛みを身体中に残す。
血を流し、目を見開いたままで奇怪な笑みを浮かべる男の顔が、闇の中をグルグル回る。
夜中に目を覚まし、トイレで吐くこともあった。
頻度は減ってきているものの、眠ることに恐怖心を抱いているのも確かだった。


2階に上がると、会議室の電気が消えていた。
中にはまだ、彼がいるはずだ。
「・・・悠君?」
訝しく思いながら部屋に入り、照明のスイッチに手を伸ばす。
その瞬間、背後から誰かに抱きつかれた。
驚きで、呼吸が引きつる。
「澄河さん」
瑞々しく、何となく沈んだ声が、耳元で聞こえた。
激しくなった心拍数と、悪ふざけに対する苛立ちを抑えようと、ゆっくり声を出す。
「・・・早く、帰らないと。社長が、心配するよ」
俺の諌めは柔らかすぎたのか、腰に回された手の力が段々と強くなる。
「いいかげんに・・・」
「オレ、知ってる。澄河さんの、秘密」

あの時の畏怖にも似た想いは、確かなものだったらしい。
背中に少年の体温を感じながら、言葉を選ぶ。
「何、を・・・言ってるんだ?」
「あいつが言ってたんだ。毎年、新入社員の根性、叩き直してやってるって」
「何の、ことだか」
彼の手が静かに身体を弄っていく。
これは、脅しなのか。
根源が死してなお、俺は呪縛から逃れられないのか。
「何された?服、脱がされたりとか?」
「そんな、こと・・・ある訳」
「無理矢理、咥えさせられたり・・・したでしょ」
口の中に酸っぱいものが拡がってくる。
悪夢が蘇るようで、身体が震えた。
背後の男には、当然伝わっていただろう。
まるで慰めるように、俺の腕を静かに撫でながら、彼は言った。
「分かるよ。オレも、同じこと、されてたから」


少年は、中学卒業までの5年以上の間、祖父からの悪戯に耐えていた。
それはもう、虐待と言うべきだろう。
初めの内は、一緒に風呂に入り、自らの身体を洗わせたり、性器を弄らせたりしていた。
やがて羞恥心が芽生えてくる頃になると、脱衣を強要し、暴力・口淫に発展する。
身体も未発達な時期、暴力で組み伏せられた心は、服従になびく以外道が無かった。
「毎日、地獄だった。親父は仕事が忙しかったし、母さんは・・・見て見ぬふりだった」
県外の高校に進学が決まり、彼は一時的に祖父から逃れることが出来た。
それでも、帰省時には、性交まで求められたと言う。
「最悪だよ・・・オレ、女とも、したことないのに」
涙声が耳の中に入り込む。
彼は頭を俺の肩口に沈め、唇を震わせた。

どのくらい、彼の重みを感じていただろう。
「一つ・・・お願いが、あるんだ」
「何?」
「・・・抱き締めて」
同じ牙にえぐられた者同士、少年はそこに拠り所を求めたのかも知れない。
振り返り、暗がりの中で彼の身体を抱き締める。
胸元に頭を抱え込むと、深い溜め息が身体に沁みていく。
俺でさえ、もうダメだと、何度も思った。
「よく、耐えたね」
「うん・・・」
「もう、大丈夫」
「・・・ありがと」
その腕が、背中に絡みつく。
誰かの体温が、こんなにも気持ちを落ちつかせてくれるのだということを、俺は改めて感じた。

身体を離すタイミングが分からないままで時間が過ぎる。
不意に顔を上げた彼は、間を置かず、俺の唇にキスをした。
突然のことに、思考が止まる。
「生まれてきて、良かった」
今にも崩れそうな瞳で、彼は呟いた。
「ずっと、オレの味方で、いてくれる?」

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命綱★(7/9)

ありがとう ありがとう
おれの こんな おもいを うけとめてくれて
あいつの こと きおくから きえさらない
でも あんたとの おもいでで かきかえてしまえば
このさきも いきていける きが するんだ

***********************************

幼い彼の言葉に、何故か酷く救われたような気がする。
二人の間にしか芽生えないであろう感情を、このまま抱いていたいと思った。
その時、身体の間に振動が走る。
「・・・ヤバい」
着信しているスマートフォンを見ながら、彼は苦笑した。
「家からだ・・・後で何か聞かれたら、口裏合せてね」

急に友達に呼ばれて、飯を食っている。
会社は定時過ぎに出た。
彼は、電話の向こうの、恐らく社長に、ちょっとした作り話をする。
「9時過ぎには帰るから。いや、大丈夫。・・・じゃ」
歳が離れていると言っても、7~8歳。
それでも、こんなに子供に見えるのか。
父親と話をする少年に不思議な感覚を抱きながら、手元の用紙に印鑑を押した。

「さ、帰ろうか」
電話を終え、鞄を肩から掛けた彼は、何処となく決まりの悪い表情で立っている。
盛り上がった気分を、自分で収拾することが出来ないのだろう。
隣に立ち、頭を自分の方へ引き寄せた。
「明日も、会えるから」
宥めるように囁き、髪に唇を滑らせる。
「・・・うん」
そう言って、彼は小さく頷いた。


会社は定時で出ること。
会社でのスキンシップはしないこと。
翌日、俺は彼にそんな約束させた。
その代わり、予想通りふて腐れた少年に、一つ交換条件を出す。
「土日、空いてるなら、何処か行こうか」
矢庭に表情を明るくした彼は、一瞬考えて、俯きがちに俺の顔を窺った。
「二人っきりで・・・いられるとこ、とか」
俺も彼も実家暮らし。
彼が望んでいることも、何となく察しがつく。
答えはおのずと出たものの、相手は高校生だ。
「分かった、探しておくよ」
感情と倫理感とをせめぎ合わせながら、一先ず、そう答えた。

ここ一年近く、狭い穴から大きな塊が出てくるような、明らかな性的衝動を感じることは殆ど無かった。
あの男に受けた仕打ちが、本能すらも奪ってしまったのだろう。
不能になってしまったのかも知れないという思いが過っても、不安になる前に諦めが先に立つ。
それなのに、少年の身体の熱が、頑なになっていた身体を解してくれる。
その口づけが、沁みるように心の殻を剥がしてくれる。
肉親にも、恋人にも癒せない傷を、癒し合いたいと、思った。


「オレ、初めて・・・来た」
「俺も、そんなに無いよ」
「・・・来たことあるんだ」
「まぁ、昔、ね」
カーポートのシャッターを下ろしながら、彼を2階へ上がらせる。
結局、選んだのは街の外れにあるモーテル式のホテル。
疾しい考えに対する馬鹿げた言い訳はいくつか考えていたけれど
扉に鍵をかけ、振り向いた瞬間にされたキスが、全てを押し流してしまった。

唇を触れ合わせ、僅かに離れる。
ほぼ同じ高さにある目線を絡ませながら、再び重ね合う。
薄く開いた隙間に下唇を割り込ませ、舌を舌で呼ぶ。
些か戸惑い気味の先端を擦り合せるように、味わった。
間近で乱れていく吐息に、鼓動が波打つのを感じる。
失くしてしまった官能が、蘇ってくるような気がした。

部屋に入ったばかり、まだ靴も履いたまま。
「・・・ごめん」
「何が?」
大人びた恍惚の表情を浮かべる彼は、俺の首に腕を回しながら問うてくる。
「こんな、こと・・・して」
「気にすること、無いよ」
ドアを背に、彼の身体を受け止めるように抱き締めた。
「君がしたいように、したら良い」

無意識の内に、二人の脚が縺れていく。
昂ぶりを表す感触が腰の辺りを刺激する。
口づけを交わしながら、局部を擦り合せるように身体を揺らした。
「お願いが、あるんだ」
「何?」
「記憶を、書き換えて、欲しい」
「・・・書き換える?」
「うん」
身体を離した彼は、俺の手を取って自らの胸元に押し当てた。
「あいつにされたこと、全部、オレにして。そしたら、あれは、大切な人にされたことだ、って思えるから」

□ 80_命綱★ □
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命綱★(8/9)

はなさない はなさない
おれは きみの きみは おれの いのちづな
いけないこと わるいこと ありえないこと
なんだって かまわない
きみと いっしょに きぼうの あしたを むかえたい

***********************************

広い浴室の小さな椅子に座った俺の前に、彼は跪く。
差し出された手を取り、自分の下半身へと導いた。
「触って、くれる?」
少年の手で愛撫されながら洗われた身体は、既に滾り始めている。
半勃ちのモノに、他人の指が這っていく。
鼻から深い息を吐き出し、その快感を受け止めた。
真っ直ぐに向けられた、悦びを湛える目に吸い込まれるよう、唇を重ねる。

貪るような長い長い口づけが、堪らなく気持ち良い。
彼の方へ、手を伸ばす。
「・・・ん」
眉間に浅い皺を寄せ、彼は喉を鳴らした。
ほぼ垂直に上を向いたモノは痛々しいほどに怒張していて、浮き出た筋が肉感をそそる。
自分の性器を扱く動きに合わせて、擦り上げてみた。
「う、っあ」
瞬間、俺から顔を背けて声を上げる。
その頭を押さえつけ、唇で口を塞いだ。
「んっ・・・ん」
強張った音が身体中に響き渡る。
切なげな目の向こうに、快楽を期待する光が見えた。


絶頂に達するのは、きっと彼が先だろう。
互いの手で互いを慰め合い、指に絡みつく粘液の感触を楽しみながら、そう思っていた。
「もう、イきそう?」
片方の手を俺の肩に置き、膝立ちのままで悶える彼に声を掛ける。
意識が流されているのか、俺のモノを弄る手には力が入っていない。
軽く抱き寄せ、首筋に舌を伸ばす。
震える息が髪の毛を掠めていく。
「先に、イかせてあげる。そしたら、俺のも、して」

首から鎖骨、胸元をゆっくりを舐る。
やがて辿り着いた突起を、舌の先端で弾いた。
「・・・く」
些細な刺激に、彼の身体が大きくうねる。
逃がすまいと、モノを握る手に力を籠めた。
じっくりと乳首を舌で転がし、唇で挟み込んで柔らかく引っ張ると、抑えきれない声が浴室に充満した。
男が堕ちていく様に高揚する自分。
あいつと同じ異常な性癖なのか、男なら誰しもが持つ猟奇的な一面なのか。

身体を抱えたまま、彼を絶頂へと引き上げていく。
「・・・悠」
苦しげに呻く少年の耳元で名前を囁くと、堰を切った様に細切れの喘ぎが飛び出した。
「我慢しなくて、良い」
「ん、ま・・・だ」
細かく首を振りながら、彼の呼吸は段々と激しくなっていく。
「何度でも・・・イかせてやる」
微かに肩がビクつき、僅かに力が抜ける。
俺の言葉を追いかけるように上ずった声が狭い空間に鳴り渡り
少年から吹き出された精液が、俺の胸元に得も言われない感触を残した。


長い間勃起することの無かった部分は、まさに痛みを感じるくらいに膨張している。
足元で俺を見上げた彼が、それを両手で包み、軽くキスをしてから舌を伸ばす。
唾液を纏わせた熱く柔らかい感触が、忘れかけていた快感を与えてくれた。
大きく息を吸った少年は、モノを先端から徐々に咥内へ沈め
両腕を俺の腰に回して、ゆっくりを頭を振り始める。
「・・・っは」
眼が眩みそうなほどの刺激が、髄を駆け抜けていく。
彼の頭にそっと手を添えると、それが合図だと判断したのか、責めの動きは一段と加速する。

その瞬間、声も出なかった。
何かが弾けるような閃光が、意識を飛ばした。
「う・・・っ」
苦しげな声で我に返る。
咄嗟に腰を引こうとした。
けれど彼は、俺の身体を離そうとせずに、全てを口の中に受け止めた。

僅かな残渣まで舐め取り、何回か咳をして、彼は再び俺と視線を合わせる。
「全部、飲んだよ」
俺も、同じことを強要された。
今思い出しても鳥肌が立つほど、おぞましい体験だった。
だからこそ、少年の嬉しそうな顔が、余りにも悲しく見えた。
急に込み上げてきたものを誤魔化すように、細身の身体を抱き締める。
「そんなことまで、しなくていいんだ。これじゃ、俺、あいつと・・・」
唇が震えて言葉にならない。
「あいつ、と、同じじゃ・・・」
「違うよ」
彼の手が俺の頭を静かに撫でる。
「だって、させられたんじゃない。したかったんだ。だから、全然、違うよ」
その一言に、思わず嗚咽が漏れる。
俺は、彼のことを愛おしく思い始めているのだと、痛感していた。


夏休みが終わるまでの間、出来るだけ彼と過ごす時間を作った。
結局、俺は約束通り、彼の記憶を全て書き換えた。
二学期が始まってからも、お互いが住む街を往復しながら、傷痕を舐め合っている。
大人として、道徳から外れたことをしているのかも知れない。
それでも、もう、遅い。
「・・・離さない、ずっと」
「俺も、離さないよ、悠」
互いの命綱を握り締めながら、俺たちは生きていこうと、決めたから。

□ 80_命綱★ □
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命綱★(9/9)

ゆるさない ゆるさない
おまえが あいつに したことを
うまれてこなければ よかった
そう いわれる おれの きもちが わかるか
こわしてやる
おまえの すべてを おれの てで

***********************************

目まぐるしく流れた月日が半年も数えた頃。
部屋の片隅に置かれた観葉植物は、葉先から徐々に枯れ始めている。
これでやっと、あいつの呪縛から解き放たれたのかも知れない。
新しい年を迎えたら何か違う鉢を持ってこよう、そんな思考が、ノックの音に瞬断された。

「・・・失礼します」
静かにドアを開け顔を覗かせた男の表情は、僅かに強張っている。
「悪いね。夜遅くに」
「いえ・・・それで、どういったご用件でしょうか」
恐らく、彼の心の隅にこびりついているであろう疑惑。
なかなか話す機会が持てなかったことを詫びる様、彼の前に立ち、頭を下げた。
「君に、どうしても話しておきたいことが・・・あってね」


婿養子としてこの家に入ってから、特に波風を立てずに過ごしてきたつもりだ。
独裁的な社の経営についても、口を出さずにイエスマンに徹する。
不正にまで加担してきたのも、全ては家族を守る為だった。
それなのに俺は、一番大切なあいつを、奴に壊された。

ゴールデンウィークの谷間、付き合いで朝帰りになった土曜日の早朝のこと。
寝室へ向かう途中、薄暗い廊下に、洗面所から細い光が漏れているのに気が付いた。
扉を開けると、壁を背にうずくまる息子の姿があった。
「何やってるんだ、こんな時間に・・・」
連休で帰省してきていた彼は、俺の言葉に顔を上げ、虚ろな眼で一瞥してからフラフラと立ち上がる。
「別に・・・何でも無い」
乱れた衣服の下の身体には、無数の痣が見えた。
「何でも無くないだろう。その怪我は・・・」
場を去ろうとする子供の腕を掴むと、彼は力なくそれを振り払おうとする。
「うるせぇな」
同じくらいの高さの目線を合わそうともせずに反抗の台詞を吐き捨てられ、思わず手に力が入った。
肩を掴んで正面を向かせると、顎から首筋にかけて、何かの白い跡がついている。
乾き始めてはいたが、正体は明らかだった。
「何だ、これ・・・何があったんだ、悠」

仕事が忙しいという体の良い口実を振りかざして、俺は子供と正面から向き合うことをしなかった。
そのツケが、今、回ってきている。
「・・・本当、なのか」
「どーせ、信じねぇんだろ。親父だって、あいつの味方なんだから」
「そんな訳ないだろう?父さんは、いつだってお前の味方だ」
本心に対して向けられる疑心暗鬼の眼が、心にひびを入れる。
「・・・生まれてこなければ、良かったんだ、オレなんか」
何もしてくれなかった肉親に対する絶望の言葉が、心を砕く。


連休に前後して耳に入ってきた、社長の贈収賄疑惑。
今までも同じような話は何度もあり、その度に書類を改竄し、揉み消してきた。
ただ、今回は額も大きく、何よりも金を受け取っておきながら工事を発注しないという
独裁者の不義理が積もり積もった形になっている。

「既に、私ではフォローできない状態になっております」
「それを何とかするのがお前の仕事だ。何の為に置いてやっていると思ってるんだ?」
そう言った瞬間の醜い顔が、感情を逆撫でする。
「出来ないと言うなら、出て行っても良いんだぞ?会社からも、家からも」
口答えに対する、いつもの脅し文句。
やり過ごそうと押し黙る俺に、上司は余計な一言を付け加えた。
「ああ、でも、悠は置いて行けよ。大事な、跡取りだからな」
目の前の男が息子の名前を口にしただけで、吐き気がするようだった。
俺は、お前があいつにしたことを、決して許さない。
怒りが、振れてはならない方向へ、大きく振れるのが分かった。

「・・・明日一日で関連書類を揃えます。週明けにでも、ご確認ください」
荒ぶる感情を抑えながら一礼した時、視線の先に何かが落ちているのを見つけた。
拾い上げ、握り締めたままで部屋を出る。
手の中にあったのは比較的新しい社章。
持ち主の見当はすぐに付いたが、何故彼の物があの部屋にあるのかは、分からなかった。


その日の夜、義父は夜中の12時を過ぎても帰宅しなかった。
業者との会合が長引いているんだろうとはぐらかし、妻には先に休むよう言っておいた。
会社に着いたのは、夜中の1時を回った辺り。
2階の社長室の灯りは点いたままだった。

階段を上がると、部屋の扉は開いた状態になっており、更に奥の小さな扉も開け放たれている。
物音は特に聞こえない。
人の気配も、無いようだ。
無意識の内に息を潜めながら室内に誰もいないことを確認し、トイレの中を覗き見る。
そこにあったのは、目を疑うような光景だった。

便器にもたれかかるよう床に座り込む男は、死んでいるように見える。
僅かに温かい首筋に触れてみても、脈動は感じなかった。
洗面カウンターに頭でもぶつけたのだろう、頬の辺りまで血の筋が付いている。
事故なのか、他殺なのか、動悸を抑えながら携帯を取り出そうとした時
ポケットの中に入っていた一つの社章が指を掠めた。
もしかしたら、彼が、何か係わっているのかも知れない。
今、警察に通報すれば、こいつは被害者のままで終わってしまう。


洗面カウンターに乗り、天井パネルを外す。
倉庫から持ってきた古いロープを男の首に巻きつけ、もう一方の端を天井吊用の鋼材の上に通した。
大きく深呼吸をし、身体を引き上げていく。
塊が徐々に縦に伸び、床から尻の辺りが離れた瞬間。
何かが潰れる様な奇怪な音と共に、その重みが一気に増した。
そして、危うく手を放しかけるよりも早く、支点としていた鋼材近くから綱が切れる。
落ちた死体は幸運にも、元の位置に綺麗に収まってくれた。

だらりと伸びた手の近くに、男の携帯電話が落ちている。
発信履歴には、彼の名前もあった。
君が殺したんじゃない。
それだけを伝えたくて、発信ボタンを押し、すぐに切る。
良心の呵責など何も感じないまま、履歴をリセットして床に投げ落とした。

会社の経営状態が芳しくないことを、悩んでいたらしい。
昨年度の決算は乗り切ったものの、今年度の見通しは明るくないと、昨日、愚痴を聞かされた。
強引なやり口で取引先の信用を失いかけていることに、自責の念を持っていたのかも知れない。
一世一代の大芝居のシナリオを、頭の中で組み立てる。
真夜中だというのに妙に頭が冴えていて、自分が納得できる話になるまで、時間はかからなかった。


義父の葬儀の夜、悲嘆に暮れる妻を横目に、息子と庭に出た。
朝から降り続いていた雨は止み、ぼんやりとした月が闇に浮かんでいる。
母屋と渡り廊下で結ばれている離れには、義父の遺影が飾られていた。

「今まで、すまなかった」
人の死を初めて経験したであろう複雑な表情をした子供に、詫びの言葉を投げる。
「・・・え?」
「もう、何も、心配ない」
その言葉に怪訝な顔をした彼は、程なく俺の意図に気が付いたのだろう。
眉をひそめ、顔を強張らせ、落ち着きなく瞬きをし、やがて震える息を吐いた。
「ありがとう・・・これで、やっと・・・地獄から、抜け出せるよ」

□ 80_命綱★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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