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虚飾★(1/5)

パソコンの中に潜む、一つのフォルダ。
『緊急時完全削除』
そう名付けられたスペースの中には
夏目課長が複数の下請けとやり取りしている裏金の明細や、膨大なメールデータが収められている。
「調査が入る時には、宜しく頼むよ」
画面上のフォルダを閉じながら、彼は背後から耳元で囁く。
片棒を担がされることに対し、抵抗感はそれほど無くなっていた。
部下の俺に対して、簡単に手の内を見せる上司の耽溺。
その関係性に、十分過ぎる程、満足していたからだ。

組織から外れた関係を持った夜から、2か月余り。
会社以外で彼と会ったのは、多分数回だと思う。
仕事が忙しくなってきたと言うこともあるが、餌を与え過ぎても慢心するだけ。
お預けをある程度喰らわせ、飢えさせてこそ、本性を剥き出してくる。
そうやって、全てを、曝け出してやりたかった。


ある夜、打合せの帰りに神保町の近くを歩いていた時のこと。
通り沿いの店の方へ視線を浮かせると、見覚えのある男が二人、食事をしているのが見えた。
一人は上司、そしてもう一人は、トイレの中で俺に迫ってきた若い男だった。

欲望を満たす為だけの道具。
自尊心を掻き立てる為の手段。
恋慕は一方的なものだったはずなのに、その光景につまらない憤りを感じる。
「・・・じゃあ、もっと、見せて下さい。あなたの、全てを」
囁いた一言と共に、切なげな、けれど熱情を帯びた視線を投げてきたのは、何だったのか。
彼らの間にどんな感情があるのかは分からないし、それほど重要でもない。
けれど、俺の知らない繋がりがあることが許せなかった。

「お疲れ様です。岩佐です。今、大丈夫ですか?」
「ちょっと・・・すぐ折り返すよ」
若干狼狽えたような口調で電話を切った彼は、店の外に出る。
「悪いね。どうした?」
「いえ、今さっき、神保町での打合せが終わったので」
その言葉に周囲に視線を投げる上司を、離れた場所からほくそ笑んだ。
「今晩辺り、お会い出来ないかなと思って」
「そ、そうか・・・別に、構わないけど」
「では、私の家に、9時ぐらいで良いですか?」
「・・・分かった。間に合うように、行くよ」
時計が示す時間は8時前。
自宅まではここから30分程度。
サカる時間は無いだろうと思いつつ、釘を刺した。
「ああ、課長。今日は、いつもより、楽しみましょうね」


9時を少し過ぎた時間に玄関口に立つ上司は、退社した時と変わらないスーツ姿だった。
それなりに高価なものなのだろうが、加齢に抗おうとしない姿勢が、その価値を霞ませているように見える。
「すみません、突然お呼び立てして」
服装が殆ど乱れていないところを見ると、奴とは食事だけで終わったのだろう。
「いや、良いんだ」
頬に手を寄せ、髪を掻き分けるように耳を包む。
会社では決して見せない何かを期待する目が、真っ直ぐに俺を見る。
身体を引き寄せ、反対側の頬を唇で撫でた。
「あそこの店、私も今度、連れて行って下さいよ」
彼の鼓動が、若干速さを増す。
手の中にある動揺に、歪んだ気持ちが熱くなるようだった。

言葉を失った男の身体にゆっくりと手を這わせていく。
「私が電話しなかったら、今日は、彼と過ごすつもりだったんですか?」
「それ、は・・・」
「案外、堪え性が無いんですね」
「そういう、訳じゃ」
仕事を介さない若い男と中年の男の関係。
金と身体によって繋がる以外に可能性は考えられない。

両手で顔を包み、僅かに顔を上向けた。
唇の気配をごく近くに置きながら、上司に強請る。
「彼と、ちょっと話してみたいんですけど」
「・・・何?」
「やましいことが無いなら、良いでしょう?」
口の端を舌で突くと、短く生え始めた髭の感触が微かな刺激を与えてくる。
「大丈夫ですよ。諍い事は嫌いですし。ただ、興味があるだけです」
半開きの唇は震えたままで声を発しない。
それは、まだ何かを隠している証し。
「そこら辺の飲み屋にでも来るよう、連絡して下さい」


溜め息と共に電話を切った夏目課長は、伏し目がちに二回目の溜め息を吐く。
「10時半くらいに、なるらしい」
俺に背を向けたまま、彼は上着の胸ポケットに携帯電話を仕舞い込んだ。
「そうですか」
肩を掴んでこちらを向かせ、唇を重ねた。
長めの口吸いが、吐息を更に熱くさせる。
「じゃあ、それまで、ちょっと遊んでましょうか」

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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虚飾★(2/5)

洗濯機の上に乱雑に投げ出された上着とスラックス。
狭いユニットバスの中、ワイシャツの裾をたくし上げて露わにされた男の下半身に粘液を垂らしていく。
摺り込む様に手を動かすと、毛に絡みついた液が下品な音を立てた。
「ちゃんと、溜めて来てくれました?」
壁に手をついた彼のモノは、既に硬さを帯びている。
肩を大きく震わせながら、上司は部下の手淫を受け入れていた。

いきり立ったモノから手を離し、その身体を床にしゃがみ込ませる。
手に取った玩具を一舐めし、彼の顔に近づけた。
「気に入って貰えるかと思って、買ってみたんです」
差し出された物体に、躊躇いがちに舌を伸ばす上司。
腰の奥に手を入れ、前に擦り上げるように穴に手をかける。
「自分で、入れてみて下さい。ここに」

小さな呻き声と共に体内に沈み込んでいく黒い物体。
根元近くまで入り込んだのを見計らって、彼の手の上に自分の手を添える。
「・・・っあ」
軽く捻るように動かすと、目の前の男は眉間に皺を寄せながら喘いだ。
徐々に動きを激しくすると身体は前屈みになり、揺れるネクタイが腕に触れる。
「感じてるんですか?課長」
「う・・・っく」
「あの時が初めて、なんて言ってた割には、気持ち良さそうですね」
「そ、んな」
下げた視線の先では、堪えきれないと言わんばかりのモノがだらしなく汁を垂れ流す。
回を重ねる度に卑しさを増す身体は、俺との逢瀬だけで作られたものではないのだろう。

彼の首元で振れるネクタイを外し、腰の後ろで手首を縛る。
不安定な姿勢のままで、その手を玩具に添えさせた。
「私が戻るまで、こうやって遊んでて下さい」
鼻の頭から眉間に唇を滑らせると、白髪交じりの前髪が湿気を帯びて纏わりつく。
熱い吐息が首筋からワイシャツの中に入り込んで、この夜への期待を高める。
「物足りなくなったら、スイッチ入れても良いですよ」
「はや、く」
「何ですか?」
「もど・・・って」


ニット帽を目深に被った男は、薄暗いショットバーの前でスマートフォンを弄っていた。
「渉君、だっけ」
顔を上げた彼の左耳に嵌るリング状のピアスが、車のヘッドライトで赤く輝く。
「あんた・・・ああ、あん時の」
「わざわざ、悪いね」
「話があるって?」
興味深げな眼差しが、俺の足から頭を行き来する。
愉快な気分では無かった。
「中で、話そうか」

スタンディングテーブルの前に立った俺と、幾分距離を詰めた場所に彼は位置取る。
長居するつもりは無い。
それを示す為に、ウイスキーをショットグラスでオーダーした。
「何?上司と部下だけの関係じゃ、無くなった訳?」
俺の顔を覗き込む若い男は、下品な笑みを浮かべる。
「まさか」
「オレに話つけようってんでしょ?」
「別に。あの人が君をどう思っていようと、知ったこっちゃない」
「・・・何がしたいんだ、あんた」
腰に回されようとする手を避ける様に、身体を傾けた。
「隠し事されてんのが、気に食わないだけだ」

上司と若い男との関係は、想像通りのものだった。
「小遣い多めにくれるからね。良いお客さんだよ」
既に飲んでいたのか、酒が回り始めた男の口は随分と滑らかになる。
「飯食って、ヤって、そんで10万くらいくれるんだぜ。ボロい商売だよな」
二人が会うのは、月2回程。
多い時では週1回会うこともあると言う。
ウチの会社の給料を考えると、課長クラスでもそれだけの金を出せる程の額にはならない。
まともな金じゃないことは、間違い無かった。

「上司の弱み握って、自分がのし上がろうって魂胆?」
未だ腑に落ちないと言った表情を見せる男は、おぼつかない口調でそう問うてくる。
「男が皆、上に立ちたいって考えてると思うのか?」
「何でだよ?昇進すれば、美味しいこともあるんだろ?」
彼は、上司の羽振りの良さを、立場の高さと結びつけているのだろう。
降りかかる責任の重さ、上役や部下からの突き上げに耐えきれず、病む男達を何人も見てきた。
そんな目に合わなくても、俺には掌中に策がある。
「上手く使える道具があれば、ヒラでも十分ウマい思いは出来るんだよ」

しな垂れかかる様に身体を預けてくる男を押し返す。
「じゃ、行こうか」
「は?何処に?」
「俺んち」
「何しに?・・・ヤらせてくれんの?」
あながち冗談では無いのか、細く歪んだ眼がスーツの内を探る。
視線を鼻で笑いながら、彼に今日の目的を話した。
「君らがいつもやってること、俺に見せてよ」

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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虚飾★(3/5)

ユニットバスの床には、白い精液が散乱していた。
身体を震わせながら壁にもたれ、項垂れている男を見て、若い男は俺に向かって言った。
「趣味悪いね、あんた」
「そうでも無いさ」
上司の傍に屈み込み、前髪を掴んで顔を上げる。
紅潮した顔と潤んだ目が、彼の身体の状態をあからさまにしていた。
「トコロテンするくらいですから、よっぽど気に入って頂けたんですよね?課長」
玩具のスイッチは最強の状態になっている。
欲求を吹き出したはずのモノは、僅かに勃起を始めているようだった。
「何回、イったんですか?」
「・・・い、っかい」
「じゃ、次は、彼にイかせて貰って下さい」
虚ろな目をユニットバスの外に泳がせた彼は、一瞬、息を飲む。
「わた、る・・・?」
「この人がさ、俺たちがヤってんの、見たいって言うから」
「言いましたよね。私は、隠し事されるのが嫌いだって」
男の体内で蠢いていた物体を抜き取り、床に放る。
「他の男のチンポぶち込まれて、あなたがどんな顔するのか、見てみたいんです」


ベッドに座る若い男、床に跪く上司。
カーゴパンツの前を開け、慣れた手つきで自らのモノを取り出した男は、目の前の顔にそれを突きつける。
背後でその光景を見ている俺に、中年の男は切なげな視線を投げた後、若いモノを口に含んだ。
少し高いトーンの吐息と、苦しげな呻き声がベッドの軋む音と共に響く。
自分も同じことをしているはずなのに、やけにその光景が異様なものに見える。
薄い疎外感を覚えながら眺めていると、若い男と目が合った。
「あんた、も、どう?」

ベッドに上がり、快楽を素直に悦ぶ男の脇に座る。
ここからは、半勃ちのモノに舌を這わせ、しゃぶりつく上司の顔が良く見えた。
仮面を剥がされた中年の男は、色情に溺れた、ただの雄になっていた。
「キス、して」
肩に手をかけられ、意識が若い男に向く。
「言ったじゃん。オレ、あんたの方が、好みだって」
「俺は君に、興味無いけど」
「別に、構わない」
横目に映る男の顔に、ふと、遣り切れなさが映る。
初めて見る、表情だった。

若い男の唇は、齢を重ねたものとは全く違った。
無理矢理奪われたあの時のような嫌悪感が無かったのは、この状況のせいなのか。
目を閉じた彼は、しばらく唇を摺合せた後、舌を伸ばす。
口を半開きにしたままで舌を絡ませ、口端から漏れそうになる唾液を舐め取る。
若干アルコールが混ざる吐息が身体を高揚させる中、男の手が俺の股間に伸びて来た。
「オレ、上手いよ?あの人より、ずっと」
「悪いけど、これは、順番待ちだから」
「・・・んなに、オッサンが、良い訳?」
「別に」
ベッドの下には、いきり立ったモノを咥え、吸いつく男の姿。
「上司に咥えさせんのが、堪んないんだよ」


腰を上げた状態でベッドに伏した上司の後ろに、若い男が膝立ちになる。
壁に寄り掛かり正面から顔を窺う俺と、男は目を合わそうとはしなかった。
自らのモノで男の尻を叩く彼は、腰回りを撫でながら言った。
「ほら、いつもみたく、言って」
目を閉じて躊躇いを見せる上司の顔に、羞恥心が露わになる。
「言わなきゃ、入れてあげないよ?」
「・・・くだ、さい」
「何?聞こえないなぁ」
「おちんちん・・・下さい」
その言葉を聞いた男は、勝ち誇ったような表情をしながらモノを勢いよく突っ込んだ。
「うっ、ぐ」
「あー・・・すっげ締る」
布団を掴む手の力が、その刺激の強さを物語る。
身体のぶつかり合う音は、徐々に激しさを増しながら部屋の中に響いていく。

「はっ、あ・・・あっ」
「いつもより、声、おっきーじゃん」
若い男の一言に、上司の喘ぎが瞬断する。
「部下に、見られて、興奮してんの?」
淫らな声を上げたくないのか、男はベッドに顔を埋めながら、その問いに首を振って答えた。
床に膝をつき、手で彼の顔を引き上げる。
部下の顔を目の当たりにした上司は、今にも崩れ落ちそうな眼をしていた。
「突っ込まれたこと無いなんて、どうして嘘ついたんですか?」
口から垂れる唾液を指で掬い取り、舐める様を見せつける。
「私のも、強請って下さいよ。さっきの、恥ずかしい言葉で」


ベルトを外し、スラックスのファスナーを下ろす。
軽く腰を突き出すと、おずおずと男の手が伸びてくる。
勢いよく突かれる衝撃に耐えながら、彼は俺の下着の中からモノを取り出した。
「ほら、課長。おねだりは?」
手を添えられた性器は興奮を明らかにしている。
彼の痴態に昂ぶる事実が、何故か、嬉しかった。
「う、あ・・・お、ちんちん、くだっ、さい」
嘲笑を浴びせ、口元にモノを押しつける。
程なく、震える唇が触れ、男の口の中に吸い込まれていった。

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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虚飾★(4/5)

後ろの穴を責める男の衝撃が、上司の身体を通じて俺の身体に響く。
若い男のリズムに合わせて腰を振ると、悲鳴にも似た音が男の全身から漏れていく。
「後ろから、前から、突かれて、嬉しいんだろ?」
そろそろ限界が近いのか、ピアスを揺らす彼は息絶え絶えに笑った。

苦悶の顔つきで仕打ちに耐える、反り上がった上半身に手を伸ばし、指に当たった突起を軽く弾く。
「・・・っん」
「う・・・締まる・・・もっと、やって、やってよ」
伸びきって骨の感触が浮き出たあばらに手を添え、両方の乳首を摘み上げる。
「んん・・・うっ」
その刺激に全身の筋肉が硬直するのが、性器を通して感じられた。
二人の男のモノを受け入れる身体が、艶めかしく、淫らに揺れる。
「あー・・・今までで、一番、きもちー、かも」
「ここ、大好き、ですもんね」
「ん、ふ・・・」
情けない声を上げながら、男の身体はどんどんと登り詰めていく。


「も、ヤバい。先、イく」
俺に視線を送った男は、自らの動きを一層激しくする。
前後に触れる課長の身体を腰で支えながら、その絶頂を促した。
「・・・っあ」
男の肛門から抜かれたモノが、背中の上で精液を勢い良く吹き出す。
肩で息をしながら余韻に浸る彼は、満足そうな笑みを浮かべる。
「あんたも、イきなよ」
言われなくても、身体の中の興奮は、もう抑えられない状態になっている。
視線を落とすと、そこにあったのは縋るような男の眼。
「突きますよ?課長」

肩を掴み、腰を振る。
不意に口の中が強張ったのは、男が上司の下半身に手を伸ばしたからだろう。
「ビンビンじゃん。やーらしー」
「クチマン犯されて、イけるか、試して、みましょうか?」
「ん、う」
腰を突き上げ、性器への刺激を求める男。
意地悪く口端を上げた男は、そこから手を離した。
「ほら、部下が、口でイけってさ」
彼の焦燥感が俺の高揚感と混ざり合う。
「か、ちょう・・・こぼしちゃ、ダメですよ?」
下半身を電流が突き抜けるように、衝動が一所に集まり飛び出す。
「ん、ぐっ」
息を詰まらせ、瞬間硬直した上半身が、ベッドの上に崩れていく。
彼のモノからは、白い液体が静かに滴り落ちていた。


「金いらないからさ、たまにはオレと遊ばない?」
玄関で俺の首に腕を回しながら、若い男はそう囁く。
「そんな暇に見える?」
「オッサンにかまけてる暇を割けば良いだろ?」
「他の男、見つけるんだな」
俺の言葉を鼻で笑い、男は唇を重ねてくる。
「気が向いたら、連絡してよ。オレ、リバだから、どっちでも満足させられる」
「・・・考えとく」
考える余地など微塵も無い返事にも、男は嬉しそうな笑みを見せた。


全身に快楽の痕を刻まれた、老いを見せる身体がベッドに横たわっている。
「課長、シャワー、浴びましょう」
見下ろす視線と見上げる視線が交わり、伸ばされた手を取った。
「渉君なら、帰りましたよ」
「そう、か」
指に力が籠められ、呼ばれるように上司の元に顔を寄せる。
「彼とは、いつもあんなセックスしてるんですか?」
「・・・すまない」
「私とじゃ、満足できません?」
「そんなこと・・・」
首を傾げ、唇が触れんとする距離で見つめ合う。
「もう、こんなこと、止めましょうか?」
歪んだ目尻に皺が寄り、表情を一層情けないものにした。
小さく首を振る彼は、壊れそうな呟きを口にする。
「君が・・・いないと、僕は・・・」
「何ですか?」
「もう、生きて、いけない」

彼の愛は、歪んでいる。
けれど、あまりにも一途で盲目的な想い。
「・・・冗談ですよ」
唇を重ね合わせると、彼は安堵のため息を漏らす。
「離したり、しません」
狡猾な男が隠し持つ、脆い感情。
俺は、どれだけ受け止められるだろう。
そして、どれだけ、利用出来るだろう。

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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虚飾★(5/5)

夜10時を過ぎて、オフィスに人影は無くなった。
2つのUSBメモリを片手に、携帯電話の発信ボタンを押す。
「岩佐です。遅くにすみません」
既にプライベートな時間に入っていたであろう電話の相手の口調は、些か鋭さを欠いていた。
「急な話なんですが、明日税務署の検査があるそうなんです」
その言葉に、敏感に彼は反応する。
口調は仕事モードに切り替わったようだったが、焦りは隠せなかった。
「私も、帰宅してから聞いたもので」
通勤時間は、俺よりも彼の方が遥かに短い。
彼が今から会社に戻り、PCに入っているデータを他へ移す。
結論は、そこに至った。


男がオフィスに現れたのは、それから30分もしない頃だった。
早歩きで俺の席へ向かい、雑な音を立てて椅子に座る。
社内では滅多に見せない狼狽えた姿。
薄暗い中で明るく光るディスプレイがその顔を照らす。
あるはずの無いデータを探しているのだろう。
徐々に深くなる眉間の皺と、荒くなる息遣いが、ぞくぞくするほど愉快だった。

「そこには、ありませんよ」
背後から声をかけると、上司は一瞬肩をすくめて振り向く。
「岩佐、君・・・どういうことだ」
震える声と何処か悲しげな鋭い目つきを受け止めながら、彼に近づいた。
「データ、移しておきましたから」
椅子に座ったままこちらを向いた身体を再び画面の方へ向かせ、覆い被さるように肩に腕を回す。
「さっきの電話は、何だ?」
「すみません、こうすれば、いらして頂けるかと思って」
「だったら・・・他の、やり方があるだろう?」
「そうですかね」
手にしたメモリで苛立つ頬を撫でる。
「こんな時に、冗談は止めないか」
「冗談?私は、本気ですが」
片方の手で首筋を撫で上げ、少し上向いた唇に彼が求める物を這わせた。
耳を軽く噛んだ時の反応は、いつもよりも僅かに敏感だった様な気がする。
「これだけの使途不明金、流石に税務署も見落とさないでしょうね」

彼の手が、俺の手首を掴む。
「それは、脅しか?」
「どれだけ男に貢いできたんですか?横領した、金を」
「君には関係ないだろう」
「渉君には、相当お小遣いあげてたと聞きましたが」
手の力が一瞬緩み、言葉が止まる。
「それだけ貢いで、彼の心は、手に入りました?」
俺の指からメモリを抜き取った彼は、不意に振り向き、呟いた。
「釣果なんか、初めから期待してない。ただ、糸が引く感触を楽しんでいたかった・・・だけだ」
眼の中に映るのは、本命の姿。
糸を引くように薄く口を開けると、吸いつくように唇が重なる。
「私がいれば、雑魚に撒く餌は、もう必要ないでしょう?」
「君も・・・目的は、金か」
「課長から金が欲しいなんて、言いませんよ。ただ・・・」
スラックスのポケットから取り出した、もう一つのUSBメモリを、彼の目の前に突き付けた。
「打ち出の小槌を幾つか分けて頂ければ、と思ってるだけです」


フロアの端にある非常階段のバルコニーには、さっきから降り出した雨が吹き込んできている。
「ええ、例のサブコンさん、口利きしておきましたから。その内、お話が行くかと」
相手は付き合いの長い設計事務所。
社長と懇意だと言う工事会社と抱き合わせで発注するように工事部へ話をつけたのは、昨日のことだ。
「ありがとうございます。これからも何卒宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ。・・・金額は、例の通りで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。なるべく早くお持ちするようにします」
上司から受け継いだ錬金術。
サブコンから設計事務所へ、事務所から俺に、見返りと言う名の金が流れる。
そのことに、もはや疑いも呵責も無かった。

バルコニーに通ずる窓の向こうに、上司の姿が見える。
「ああ、そう言えば。今度、夏目が部長に昇進することになりまして」
「そうなんですか。・・・おめでとうございます」
相手の声には、驚きと、僅かな畏怖が感じられた。
部長と課長では社内外に対する影響力が大きく変わり、手数も増える為
彼と太く繋がっていくには、それなりの犠牲も必要になってくる。
「また、色々とお付き合い頂ければ・・・」
それを察知した上の、素直な心情なのだろう。
「大丈夫ですよ。私からも言っておきますので・・・宜しくお願いしますね」

ドアの開く気配で、携帯を閉じる。
「相手は?」
「小平の事務所さんです。昇進の件をお伝えしたら、今後とも宜しく、と仰ってましたよ」
「あそこの社長は、物分かりが良いからね」
「本当ですね。これも、夏目、部長のご尽力のお陰かと」
その言葉に、まんざらでもないように笑った彼は煙草に火を点けた。
遠くで雷が鳴り始め、雨は益々激しさを増してくる。
「風邪、引かないようにして下さいね」
「大丈夫だよ」
「体調崩されたら・・・楽しくないじゃないですか」
耳元でそう囁くと、彼は少し目を伏せ、溜め息と共に煙草を消した。


「部長になれば、忙しくなって・・・お会いできる時間も少なくなるかも知れませんね」
「そんな・・・ことは、無いさ」
身悶える身体に手を伸ばしながら、餌を撒く。
「もっと、楽しみましょうね・・・二人で」
頬に唇を寄せると、それだけで彼の身体は小さく強張った。

男の一途な想いを利用して、捻じれた欲求を満たす。
上司の威を借り、泡銭を手に入れる。
近い将来、きっと、この無価値な時間を過ごしたことに愕然とするのだろう。
それでも俺は、このまやかしの夜を手放したくは無い、そう思っている。

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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