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覚醒★(1/6)

目の前には、伏し目がちの後輩が横たわっていた。
見飽きたくらいのその顔に、俺は手を添えて、自分の顔を近づける。
触れ合った唇の感触は、何と言うか、柔らかい革の様な感じで、不思議な感覚だった。
何回か唇を重ねた後、肌蹴たワイシャツの中に手を差し入れ、静かに撫でる。
恥ずかしげな表情をした彼は、けれど一言も発する事無く、その行為を受け入れていた。

意識を薄くするほどの、激しい鼓動が全身を震わせる。
スラックスのベルトに手をかけ、その前を開ける。
確かにそこにある、そのモノに手を寄せ、ゆっくりと擦った。
目を閉じて、眉間に皺を寄せる彼の鼻息が俺の身体を滑って行くようで、気持ちが昂る。

徐々に硬さを帯びてきた彼の身体の一部から、さほどの熱は感じられない。
目に見える変化はあるのに、感覚は浮かされたままだった。
「・・・敦志」
社内では決して呼ばない名前で、薄く目を開ける後輩。
茶色い前髪の奥から覗くその眼差しに、不意に気分が冷める。
手の中にあるモノをどうすれば、彼を悦ばせることが出来るのか。
急に分からなくなった。
狼狽えている内にも、時間は刻々と過ぎていく。
訳の分からない焦りを、くぐもった声が決定的なものにする。
「忠宏さん・・・怖いんですか?」


寝不足なのか、身体が重い。
目頭を押さえながらビルに入ると、エレベーターホールで後輩に出くわした。
「おはようございます。浅井さん、昨日も遅かったんですか?」
そう笑う後輩の顔が、まともに見られない。
「いや・・・夢見が悪くてさ」
「疲れてるんじゃ?最近、残業続いてますし」
「そうかもな」

同じ部署の後輩として付き合うようになって、3年くらいだろうか。
仕事中や昼休みに話すことはあっても、会社の外では殆ど付き合いの無い、典型的な仕事上の間柄。
もちろん、男に興味がある訳も無い。
それなのに、どうしてあんな夢を見たのか、自分でもさっぱり分からない。
しかも不思議なのは、それに大した嫌悪感も無い自分の感情。
考えれば考える程、不可解な出来事なのに、不意に頭を過っては気分をざわつかせる。
もしかしたら、何処かで、あんなことを望んでいるんだろうか。
そんなバカなこと、有り得ない。


「豊嶋君、見た?」
「どうしちゃったんだろうね?」
部署では数少ない20代の男、癪に障るけれど、同性から見ても端正な顔立ち。
フロアで机を並べる女性たちが話題にすることも少なくは無い。
週明けだった2日前の月曜日、彼は大胆な変容を遂げて会社にやって来た。
肩に付きそうなくらいの明るく長めの髪を、真っ黒な短髪にし、コンタクトを眼鏡に変える。
朝、声を掛けられるまで、その存在にすら気が付かなかった。

「建築業界の人間っぽくないって言われたんで」
何気なく聞いたその理由に、思わず呆れた笑いを返してしまった。
それ、確か、俺が先週の暑気払いの時、酔った勢いで言ったことじゃないか。
別に悪意があって言った訳じゃ無い。
ただ、彼のような風貌の人間が今まで周りにおらず、どう接して良いのか、未だに迷いがある。
その想いが回りまわって、あんな言い方になってしまっただけだった。
「俺のせいか?」
少しふてくされたような表情を見せる後輩をなだめるように、言葉を付け加える。
「飽きたら、さっさと元に戻せよ?」
「ま、これはこれで気に入ってますから。しばらくはこのままで良いです」


盆休みの前になると、会社が急に忙しくなるのは毎年のことだ。
晴々した気分で休暇を楽しみたいと言う単純な願望が、殺人的なスケジュールを生む。
明日は朝から都内で打ち合わせ、夕方から福岡出張、明後日の夜には会社で会議。
「福岡なんか、飛行機で1時間じゃないか」
何食わぬ顔でそう言う上司は、盆休みに有給を追加すると言う禁じ手を使い、明日から休みに入る。
「観光に行く訳じゃないですからね」
「週末からは休みなんだから、それまで耐えろ」
よく言うよ。
恨みがましい思いを込めた溜め息をわざとらしくつき、時計を見やる。
終電までに、手つかずの資料の整理は終わるだろうか。
ブラインド越しに見える進学塾の窓の明かりを見ながら、何とか気力を絞り出した。

冷房が良く効いたタクシーの中で、薄くなる意識と格闘する。
夜中の2時。
いつも車に埋め尽くされているこの道路も、大型のトラックと数台のタクシーが走るだけ。
真夏の夜だと言うのに、街灯に照らされ流れて行くアスファルトが冷たく見えた。

「怖いんですか?」
夢の中で言った後輩の一言が、いつまでも心に引っ掛かる。
占いなんて全く興味が無いけれど、突拍子も無いことは夢に出てこないと聞く。
自分でも気が付いていない心の根底にあるものが、儚い幻影を見せているのだとしたら
消え失せたその表情に、何もかもを見透かされているようで気味が悪くなる。
明日からの出張には、豊嶋も同行する。
最悪なタイミングで見た、最悪な夢。
特に何の予定も入っていない休暇に想いを馳せながら、必死に気を紛らわせた。

□ 58_覚醒★ □
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覚醒★(2/6)

「飛行機遅れますよ?」
朝からの打ち合わせが長引き、やっと戻って来た会社では急用を告げる電話が3本。
必要な書類や図面は後輩がまとめていてくれたが、ここに来てメールが飛び込んで来た。
「あと・・・5分、待ってくれ」
「オレに言われても。羽田ダッシュは決定ですね」
「それは勘弁だな・・・」

歳を取ったことを言い訳には出来ないのだろうが、ここ最近、体力の低下が顕著だ。
ちょっと走ると、すぐ息が上がる。
心なしか、腹も出てきたような気がする。
当たり前のように細身のスーツに身を包む若い社員を見ると悔しくなるってことは
俺もまだ、諦めてはいないと言うことなんだろうが。


「ネクタイ、無くて良いですよねぇ?」
モノレールの下に流れる運河を眺めながら、面倒くさげな後輩の声を聞く。
細いラインの入ったボタンダウンのワイシャツを着た彼は、袖を捲り、それでも尚暑そうに溜め息をついた。
「まぁ・・・この時期だしな。上着はあるんだろ?」
「一応、ありますけど」
明日の朝から行われる会議は、施主と地場ゼネコンの担当者を含めた設計会議。
初顔合わせとあって、あまり心証を悪くしたくもない。
相手にガッチリ着こまれて、こっちが二人とも軽装と言う事態は、流石に避けたかった。
「俺、持って来てるから。お前は良いよ」
そう笑った俺に、彼は何故か訝しげな顔をする。
「何でですか?」
「何でって」
「浅井さんがするなら、オレもしないとまずくないですか?」
「いや、別に俺と一緒じゃなくても良いだろ?」
そもそも、無くて良いかと聞いて来たのはお前じゃないか。
拗ねた様な口をきく後輩に対する違和感を引き摺りながら、モノレールは空港へ近づいていく。

何となく早歩きで搭乗口へ向かう。
既に搭乗手続きは始まっていて、チェックインを済ませ早々に機内に乗り込んだ。
飛行機なんて随分久しぶりかも知れない、と思考を巡らせてみると
半年前に、広島へ飛行機で行ったことを思い出した。
ああ、俺は遂に、記憶力まで衰えて来たんだろうか。

「浅井さん、福岡って行ったことあります?」
席に着いた豊嶋は、そんな質問を投げかけてくる。
それほど出張が多い訳でも無いこの仕事。
プライベートで旅行、と言う性質でも無い。
「いや、初めてかな」
そう答えた俺に、座席に身を沈めながら後輩は言った。
「オレ、これで2回目です。大学出たての頃に、学会が福岡であったんで」
「学会?」
俺も彼も違う大学ではあるけれど、建築学科の出。
けれど、俺はそう言うアカデミックな物とは無縁だった。
「あんなのね、自分の名前を論文に載せたい教授共の自己満足なんですよ」
幾分卑屈な感情を言葉に乗せたことに気が付いたのか、後輩はそう鼻で笑う。

「ホント、オレ、ずっと誰かの言いなりって感じ」
大学も、就職先も、他人の言葉に引き摺られた、作り物の意思。
だからと言って、現状に満足してない訳じゃ無い。
「でも、楽なんですよ。誰かの言うこと、聞いてるのって」
「お前は、それで良いのか?」
「抵抗するより、良いかな。意固地にならなくて良いし」
何かを諦めたような顔が、こちらに向けられる。
俺のどうでもいい話を真に受けるのも、そのせいなんだろうか。
真意を見せない若者に訝しさを感じながら、俺はシートに身を任せ、つかの間の休息を得る。


まだ明るい空の下、博多駅にほど近い繁華街は一足先に夜の雰囲気を見せていた。
ホテルにチェックインした俺たちは、夕飯を求めて街に出る。
「何か、食いたいものあるか?」
「何でも良いですよ」
「何でも、ってな・・・お前、女にそう言われてムカついたこととか無いの?」
「無いですけど?」
ああ、顔の良い男は女の扱いにも長けてるもんなんだな。
しかめっ面で溜め息をつく俺を見て、後輩は不満げな声を上げる。
「じゃあ、何て言ったら良いんですか?」
「そんなの、自分で考えれば良いだろ」
「浅井さんの食べたいものが食べたい、それじゃ、ダメなんですか?」
「お前、他の意見に流され過ぎなんだよ」
つまらないイライラが、つい余計な言葉を吐き出させる。
「楽なのは分かるけど、流されっ放しになってると、いつか、限界来るぞ?」

そう言うことじゃない、相手に、特に年下に気を遣わせるのが嫌なんだよ。
そんなことを言ったところで、後輩の気持ちが変わる訳でも無い。
むしろ、もっと頑なに意識してしまうようになるだろう。
何処かしら寂しげな表情を覗かせる若者を連れ、結局、ホテル近くの居酒屋に入る。

半個室になった空間の入り口には、足元しか見えない程長い暖簾が掛けられていた。
椅子に座ったところで、急に空腹感が襲う。
思い返すと、昨日の夜から腹に入れた物と言えば
打ち合わせの最中出されたお茶と、飛行機で出されたコーヒーだけ。
メニューに並ぶ珍しげな名前に目移りする間もなく、欲求が先走った。

□ 58_覚醒★ □
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覚醒★(3/6)

「食い過ぎじゃないですか?」
酒もそこそこに食べ物を口に運ぶ様を見て、後輩は呆れたように言った。
「腹減ってんだよ」
「分かりますけど・・・あんまり食べ過ぎると、眠れなくなりますよ?」

最近、眠りの浅い日が続いている。
後輩が夢に出て来ることは、あれから無かったけれど
仕事で失敗するとか、知人が事故に遭うとか、嫌な夢ばかりを見るようになった。
忙しさで情緒不安定になってるだけだと自分に言い聞かせてはいるものの
朝から気力を削られたような気がして、結構、辛い。

煙草を消した後輩が席を立つ。
その姿を目で追いかけ、空になった席を眺めた。
酒が飲めない彼の手元には、水滴が付いた烏龍茶のグラスが置かれている。
箸はあまり進んでいないようだった。
ちょっと、言い過ぎたのかも知れない。
何かフォローしないとまずいな、そう思いながらロックの焼酎に口を付ける。

しばらくして戻って来た後輩は、すぐに席に着くこと無く、暖簾を背にして立っていた。
自分を見下ろす視線に、夢の中のおぼつかない視線が重なるようだった。
『怖いんですか?』
頭の中に、声が響く。
何が?何が怖い?
彼の姿が徐々に近づいて来る。
「・・・どうした?」
目の前にして、やっと口を衝いた言葉を遮る様に、大きくなる傾いだ顔。
程なく、その唇が重ねられる。
鼻をくすぐる煙草の匂い。
得も言われぬ、柔らかで無防備な感触。
何もかもが、違う、現実。
「・・・な」
固まる俺の顔に視線を向けないまま、後輩は自分の席に戻り、残った烏龍茶を飲み干した。

「お前・・・酔ってんの?」
「烏龍茶しか飲んでないのに、酔う訳無いじゃないですか」
そう、そんなことは分かってる。
俺から目を逸らし、煙草に火を点ける後輩を見ながら、混乱の中で答えを見つけ出そうと躍起になった。
「こんなの・・・悪ふざけして楽しめるような歳じゃ、無いぞ?俺」
「知ってます」
「なら・・・」
真意を問いただす言葉を口にしようとした時、気が付いた。
後輩から向けられる感情を知ったのは、たった今。
そのずっと前、夢の中で聞いたのは
無意識の内に抱いていた感情に押し流されるよう、自分自身が彼に言わせた言葉。
あの夢は、自分の心の死角にあった、願望。
有り得ないと否定できない想いが、怖い。

言葉も無いまま、店内の喧騒だけが耳に響く。
煙草を咥えるその唇が、ゆっくりと動いた。
「素直に言うこと聞いてれば、気に入って貰えると思ってました」
「え?」
「そうすれば、ずっと、こんな距離感を保っていられるって」
決して深い仲な訳じゃ無い。
互いの誕生日を何となく覚えているような、適度な距離感を持って過ごして来た数年。
俺にとっても、居心地のいい関係だったと思う。
「でも・・・限界だったのかな」
吸殻に覆われた灰皿に煙草を押し付けながら、後輩は呟いた。


ホテルに戻ったのは、9時を少し過ぎたくらい。
互いにフロア違いのシングルの部屋をあてがわれていた。
エレベーターに先に乗り込んだ豊嶋は、俺の部屋があるフロアのボタンだけを押して扉を閉める。
「・・・もう少し、だけ」
俺に背を向けたままでそう言う彼に抗えなかった。
軽く拒否することも出来たはずだったのに、俺は、夢の結末を知りたかったのかも知れない。

後輩を先に部屋に入れ、ドアを閉める。
カードキーをホルダーに差し込むと、ベッド脇の照明に灯りが点く。
頭上の空調機が低いモーター音を発する中、彼はその場に立ち尽くしていた。
その身体の向こうに見える室内の風景に、急に不安を覚える。
居酒屋のスペースよりは遥かに広いけれど、完全な密室。
もし、目の前の男が、本当に同性愛者だったら。
俺の想像を遥かに超えることを求めて来たら。

細身の身体が不意に振り返る。
思わず後ずさってしまった気配で、彼の顔に切なげな心情が刻まれた。
「すみません・・・戻ります」
そう言って、彼はこちらに向かって来る。
目の前で頭を下げ、俺の後ろにあるドアノブに手をかけた。

俺の中にあったのは、焦り、だったのだろうか。
その手を取り、もう一方の手で彼の肩を押さえる。
眼前に引き寄せた顔には、明らかな狼狽。
「怖いのか?」
「・・・怖い」
「何が?」
「夢から、覚めるのが」
彼が恐れているのは、その行く末。
俺にだって分からない。
俺だって、怖い。
それでも、夢だけで満足するよりは、マシだ。

眉間の辺りに当たる彼の眼鏡のフレームの冷たい感触が、現実であることを知らしめる。
彼の身体の震えが、その唇を通して伝わってくる。
歪んだ視界に入り込む眼が、細くなり、やがて閉じられた。
触れ合せた唇を擦り合わせるように動かし、下唇を一舐めして、離す。
薄く開いた口から、静かな吐息が漏れた。
「限界なんだろ?・・・もう、目を醒ませ」

□ 58_覚醒★ □
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覚醒★(4/6)

「オレ、キスするの・・・今日が、初めてで」
ベッドに浅く腰掛けた後輩は、俯いたまま呟いた。
部署の中でも目を引く顔立ち。
女の影を見せないことを、逆に相当なやり手と噂されていたことは彼自身も知っていただろう。
俄かに信じられない言葉は、彼が同性に惹かれる人間なのだと言うことを裏付けるようだった。

「男が好きなのは、確かなんです。でも、こんなの間違ってるって、打ち消して来た」
「じゃあ、あれは・・・」
距離を置いて椅子に座る俺に、彼は微かな視線を送る。
「間違ってるなんて、もう、思いたくなかったんです」
前髪に半分隠れた眼鏡の向こうに、揺らぐ瞳が見えた。
その口から出て来るであろう言葉に、身構える。
「浅井さんが・・・好きだって、気持ちを、否定したくなかった」

俺が抱いている気持ちは、どうなのか。
キスをして、身体を重ねて・・・その程度の朧げなイメージだけが頭に浮かんでいる。
恋愛感情を含んでいるのかは、分からない。
ただ、身体に手を伸ばすことへの抵抗は、無い。
身体の関係から入ることは、そんなに間違っているのだろうか。

立ち上がり、後輩の前に立つ。
俺の顔を見上げるその額に手を寄せ、前髪を掻き上げるように、更に上向かせた。
小さく開いた唇に、自分の唇を寄せる。
少し苦しげな息が鼻から抜けて行った。
離れた唇に軽く舌を滑らせる。
顔を出した舌が触れ合った瞬間、彼の眉間が歪む。
しばらく縺れ合わせる内に、彼の口は大きく開き、吐息を漏らす。
仄かに紅く染まる顔に、引き摺られていく自分がいた。

顔を離し、腹の辺りに頭を抱え込む。
片腕を力なく腰に回した彼の体温が、ワイシャツを通して沁みてくる。
彼の髪を撫でることで、自分を落ち着かせていく。
未だ興味本位のままの、俺の気持ち。
寄せられる想いを真っ直ぐに受け止められないもどかしさ。
彼の息遣いを、身体の感触を、自分の肌に吸収できれば、この霧は晴れるのか。


当然のことながら、ホテルのユニットバスは狭い。
それでも、後輩を一人にするのが何となく心細くて、彼の手を引いた。
服の上から想像した通りの、痩せた身体を晒す後輩。
普段とは違う状況に塗り替えられた感情が、妙な恥ずかしさを誘う。
シャワーの栓を捻ると、バスタブに立つ二人の身体に湯が降り注いで来る。
肩から下を濡らした後輩を壁に押し付け、唇を重ねた。

微かな震えが、密着した上半身を通して感じられる。
頭から肩口へ手を下ろしながら、唇を首筋に滑らせた。
掠れた息が、シャワーの水音に混ざって消えて行く。
うなじから耳の方へ舌を伸ばすと、肩が小さく揺れる。
不意に、自分の腰に彼の手が触れた。
引き寄せられた拍子に、脚の付け根辺りに感じられる物体。
僅かに反応しているかのような緊張具合で、気分が高揚するのを抑えられない。

「・・・敦志」
すぐそばで、固唾を飲む音が聞こえる。
静かに俺の身体を擦っていた手が止まる。
名前を呼び、呼ばれることが、こんなに互いの心を強張らせるのか。
耳たぶを唇で挟み込み、軽く引っ張る。
手を脇腹から腰の方へ下ろしていくと、小さな吐息が肩を滑って行く。
腰骨をなぞる手に、彼の手が添えられた。
躊躇いがちな視線を、間近で受け止める。
音を伴わない声が唇を震わせていた。
「待たねぇよ」
彼の不安を振り切るように、そのモノに手を伸ばす。

背中にシャワーの湯を浴びながら、膝を折る後輩の身体を舐って行く。
手の中にあるモノが舌の動きに合わせて手応えを残す。
前屈みになった身体を肩で受け止めながら、期待を隠しきれない突起を舌で弄る。
聞こえてくる息遣いの中に感じられる、快感の欠片。
ゆっくりと扱く度、絡みつく毛の感触が気にならなくなる程、彼の怒張は進む。
ふと見上げると、眉間に切なげな皺を寄せた眼が俺を見ていた。


水栓を閉め、バスタブの中に膝立ちになる。
縁に腰を預けるような姿勢を取る後輩の顔を引き寄せ、額を触れ合わせた。
「・・・舌」
そう言って小さく口を突き出すと、唇の間から舌が覗く。
舌先を擦り合わせる内に、徐々に絡み合う面積が大きくなる。
口端から垂れた唾液が、汗と共に流れ落ちて行く。
喉の奥から漏れて来るえずく様な喘ぎが、吐息に混ざって耳を刺激した。
「あさ、い、さん」
「ん?」
「オレ・・・彼女の、代わり・・・ですか?」

豊嶋が発した問が、自分の気持ちを確信させる。
性欲を発散する為だけに、男に対してここまで踏み込めるのか。
自分の快感が先走る女とのセックスとは、何かが違う。
しかも、今の俺が求めているのは、夢の中で見失ってしまった彼の悦び。
相手が彼だからこそ、この行為も成立する。

答を求める視線を外し、彼の股間に顔を近づける。
目の前には、頭をもたげ始めた彼のモノがあった。
一つ息を吐き、呼吸を整える。
「俺のこと、嫌いになんなよ?」

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覚醒★(5/6)

かつて自分がされた経験と、願望と、想像を混ぜ合わせた行為。
舌に感じられる剥き出しの感触。
柔らかく、けれど程よく硬い先端に舌を滑らせる。
バスタブの縁を掴む彼の手の甲に幾筋もの血管が浮き出たのを見て、その身体の反応を知る。
唇で挟み込み、吸い付きながら舌を揺らすと、乱れた息が浴室に溶けた。
モノを咥え込もうとする俺の首筋に、彼の手が触れる。
上げた視線の先には、怯えるような後輩の眼差し。
添えられた手を取り、指を絡めたままで、口に含んだ。

裏筋を舌で刺激しながら、頭を動かして行く。
慣れない苦しさを、頭上から聞こえて来る声にならない声が和らげてくれるようだった。
前のめりになる様に上半身を起こし、より深く飲み込む。
握り締める手の力が、痛いほどに強くなる。
やっと掴んだ、彼の悦び。
喉の底から押し出されてくる自分の呻き声が、身体中に響く。
心の中の霧が、晴れてくるような気がした。

「・・・も、う」
一定のリズムが身体に刻まれる頃、快感に溶けた声が聞こえた。
立ち上がり、彼の身体に身を預けるように抱き締める。
手を添えたモノは、限界寸前の様相を呈していた。
「イきそう、か?」
耳元に唇を這わせながら囁くと、彼の下顎が小さく痙攣する。
手の動きを早めると共に、その身体は前に傾き、激しい息が口から吐き出される。
「うっ・・・あ」
耐え切れない声を上げながら迎えた彼の絶頂が、俺の手にその感触を残した。


温めに設定したシャワーの湯が、身体の熱を奪っていく。
後ろから腰に回された手に導かれるよう振り向き、唇を重ね合わせる。
「浅井さん」
「・・・ん?」
水に押されるよう降りて行く彼の掌の熱が、少し鼓動を早くした。
「オレ、も」
真っ直ぐに向けられる目に、何故か気分が揺らぐ。
モノに触れんとする手を、思わず制してしまった。
「じゃあ・・・あっちで、頼む」

彼の身体を快楽に導くことには、大して抵抗も無かった。
それなのに、同じような行為をされることに不安が残る。
あの手が俺の身体を弄り、俺のモノを扱く。
その行為の顛末を、イメージ出来なかった。
何も感じられなかったら、不快感が勝ったら。
夢のようにふわつくこの時間を、最悪な現実で終わらせるのが怖い。


先にユニットバスを出た豊嶋は、下着姿で立ったまま煙草を咥えていた。
俺の姿を認めると、煙草を灰皿に押し付け、俺の手を引く。
手を握るその手に急に力が籠り、身体がベッドの上に倒れ込む。
身体の上に跨った彼の顔が近づいて来て、無意識の内に息が震えた。
「・・・良いんですか」
消え入りそうな声が、耳元に落ちる。
「お前は、どう、したい?」
「浅井さんに、触って・・・オレの手で、感じて、貰いたい」

彼の手に顔を包まれながら、彼の唇を受け入れる。
感触を確かめるように軽く触れ合わせた後、舌が唇の上を滑って行く。
薄く開いた隙間から入り込んだ舌に、自分の舌を伸ばす。
ぬるついた触感と煙草の残り香が口の中を刺激して、身体を強張らせた。
しばらくの交わりの後、唾液の筋を引き摺りながら、彼の顔が離れる。
「あと、一つ・・・」
「何だ?」
一瞬余所を向いた眼が、再び、俺の眼を捉えた。
「もう一度・・・名前、呼んで、下さい・・・」

目の前の男が求めているのは、恋人と言う存在。
俺はそれに見合うことが出来るのか。
彼の上半身に腕を回して身体を引き寄せ、肌の感触を確かめる。
「敦志・・・お前の、好きなように、して良いから」
若い彼に身を任せることで疑問が氷解してくれることに、賭けてみた。
「今度は、俺が、流されてやる」


壁を向いて横になった俺の身体が、後輩の身体に後ろから抱き締められる。
頭の下を回る手が首筋に触れ、喉仏の辺りを擦る。
振り向いた先にある顔に、何度も口づけを求め、気分を高揚させていく。
彼の身体に寄りかかるよう傾いた上半身がより露わになり、そこに彼の片方の手が滑る。
下腹部の感触を楽しむ様な手の動きに、つい、声が出た。
「・・・くすぐったい」
「柔らかいっすね」
何処か愉快そうで意地悪い口調の声に、反射的に腹を引っ込める。
目の前の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
「そのままで、良いですよ」
瞼の上に唇を這わせながら、彼は囁く。
「オレには、幸せな、感触です」

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覚醒★(6/6)

耳の後ろを滑る舌が肩の力を抜いていく。
段々息が荒くなるのを、自分でも感じていた。
まだ湿っている太腿を彼の手が静かに撫でる。
毛が絡むザラザラとした感覚と、その行先への意識が、脚を強張らせる。

鎖骨を擦っていたもう一方の手が、胸の方へ下りて行く。
乳首への柔らかい刺激が、吐息に薄い声を混ぜ込ませた。
その反応に、彼の指の動きは少しずつ大胆になる。
軽く摘まれ、引っ張られると、僅かな痛みと快感が身体の中を駆ける。
「こんな、浅井さん・・・見られるなんて」
後輩の言葉に、羞恥心が煽られた。
「俺、だって・・・こんな」
興奮で自制が効かなくなっているのか、彼の指に力が入る。
「い・・・って」
「あ・・・」
「も、少し・・・」
自制が効かなくなってるのは、多分、俺も一緒だったんだろう。
「優しく・・・してくれ」


彼の手が添えられたモノは、多分、ある程度の反応を見せていたのだろうと思う。
触れられた瞬間にびくついた身体を、彼はそっと抱きしめてくれた。
静かに扱かれる毎に走る、快感。
男としての官能を、確かに、まだ持っている。
それが、同性の、後輩の手によるものであっても、俺は感じている。

先端から液体が滲む頃、後輩の身体がふと離れて行く。
その身体を腕で制し、頭を抱え込んだ。
「・・・いい」
俺がした行為を、自分も、と思っていたのだろう。
拒絶されたと思ったのか、彼は微かな戸惑いを目に映した。
取り直すように、滲む視界の中の彼に言う。
「顔、見せてろ・・・お前に、されてるって、思い知りたい」
躊躇いなく言葉を吐く俺の表情は、彼にどう見えたのか。
半開きになった口の中に、彼の舌が入り込んで来る。
呼ばれるように出した舌を、互いの興奮と共に絡ませた。

快楽で霞む眼中に浮かぶ、黒髪の男。
夢の中とは違う姿でも、これは、間違いなく夢の続き。
極限から手を離そうとする身体。
早くなる彼の動きに、その手が引き剥がされる。
「・・・っう」
圧倒的な解放感と共に、腹の上に広がる精液の感触。
瞬間白くなった頭の中にあったのは、視界が開けた安堵の気持ちだった。


軽くシャワーを浴びて部屋に戻ると、豊嶋は相変わらず立ったままで煙草を咥えていた。
「座って吸ったら良いだろ?」
彼のすぐ傍には、机に備え付けられた椅子が置かれている。
「何か・・・落ち着かなくて」
吐き出された煙が、室内に消えて行く。
その行く末を追いかけるように、彼の視線が宙に浮いた。
「ああ、やっぱり、オレ、浅井さんが・・・好きなんだって」
乱れたベッドに腰を掛けた俺に、改めて自分の気持ちを吐露する後輩。
未だ気持ちの所在が掴み切れないのは、俺のせいだ。

彼に向かって伸ばした手を、その手が軽く握る。
指を絡ませ、自分の方へ引っ張った。
見上げながら小さく顎を突き出すと、彼の顔が近づいて来て唇が触れる。
「ずっと、そのままで・・・いろよ」
息を飲み込む拍子に、彼の喉仏が揺れた。
「お前の気持ちは、間違ってない、から」


けたたましく鳴る携帯電話のアラームで目が覚める。
背中に感じる、人の気配。
「豊嶋、起きろ。時間だぞ」
眠たげな目を向けながら、後輩は上半身を起こし、首を回す。
その行為で我に返ったのか、ハッとした表情でベッドから降りた。
「そっか、オレ、荷物、全部あっちだ」
「そりゃ、そうだろうな」

慌ただしく服を着る彼の様子を見ながら、出発時間を確認する。
「じゃ、8時にロビーで良いか?」
「分かりました」
スラックスにワイシャツを羽織っただけの彼は、革靴を履くタイミングで振り返る。
顔に浮かぶ表情で、何を求めているのかは一目瞭然だった。
軽く溜め息をつき、唇を重ね合わせる。
「お前、仕事中、そんな顔するなよ?」
満足げに目を細めた彼は、おどけた口調で言葉を返す。
「努力します」


久しぶりに、悪夢を見ないままで迎えられた朝。
真夏の太陽が、背中を焦がすようだった。
ノーネクタイのワイシャツ姿で上着を腕にかける後輩を日差しの中に見ながら
夢から覚めたことを実感する。
「浅井さん」
「ん?」
「忠宏さんって、呼んで・・・良いですか?」
不意に呼ばれた名前に、思わず顔が引きつった。
「ダメ」
「何でですか?」
「社内で口走ったりしたら、どうするんだよ?」
あからさまに不満げな顔をする後輩が、妙に愛おしく見えた。
「夢の中だけに、しておいてくれ」

□ 58_覚醒★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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