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治癒★(1/6)

ああ、やばいな。
あいつ、どんな顔するだろう。
心配かけたくなかったのに。
って言うか、あんなタイミングで出てくるなよ。

迫り来る電柱を目の前に、逆方向へ流れていくバイクを見送る。
次の瞬間、俺の身体はコンクリートの支柱に蹴りを入れるようにぶつかった。
頭に響く鈍い音と痛み。
反動で反った身体が、側のガードレールに打ち付けられる。
逃げた奴は、道路の向こうにあるマンションの門の影から、こちらを見ていた。


バイク便のライダーを始めて、もう何年にもなる。
今まで無事故無違反でやってこれたのに、忙しい年の瀬にこれか。
「で、何で自爆したって?」
ストレッチャーに乗せられたまま、白バイ隊の兄さんから軽く尋問を受ける。
「いやぁ、路地に入ったところでネコが飛び出して来て」
「・・・は?」
「ネコ、ね、避けようと思ったら滑っちゃって・・・」
曲げようの無い事実に、彼は呆れたような笑い声を上げながら、調書に何かを書き込む。
「まったく・・・教習所で習わなかった?危ない時は、人以外轢けって」
「そりゃ、習ったとは、思いますけど。・・・じゃ、お巡りさんなら、轢きます?」
多少面食らった顔をした警察官は、しばらく考えた後、口を開いた。
「もし、滑ったバイクが通行人にぶつかって怪我したら、君の過失になるんだよ?」
「・・・分かってます」
彼は救急隊員に俺を運ぶよう手で指示をしながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「ま、オレの時は、人とネコ以外なら轢けって習ったけどね」


「何、やってんだよ・・・」
面会時間も終わりが近づいた夜9時前。
ベッドに横たわる俺の前に、彼が現れた。
大分急いで来たのだろう、眼鏡が曇り、息が少し上がっている。
「ちょっと早い冬休み」
クスリともしない様子に、彼の心配度合いが示されているようだった。
「ごめん、心配かけて。大したこと、ないから」


彼と人生を共に歩んで行こうと決めてから、どのくらい経っただろう。
出会ったのは、自分が男しか好きになれないと言う境遇に疲れきっていた時期。
積極的なアプローチに半ば押される形で付き合うようにはなったものの
真っ直ぐに俺を慕ってくれる気持ちに手を引かれるよう、のめり込んで行った。

ふとした時、彼が口にする言葉がある。
「オレ、ハルがいなくなったら、どうなんのかな」
互いに職にも就いているし、一人で生きていくことも可能だ。
実際、彼と出会う前の俺は、孤独な人生を送ることに抗う気持ちも無かった。
けれど、貴重な存在を得た今、彼の言葉は俺の心に刺さる。
俺だって、同じことを、いつも思ってる。
「大丈夫だよ。ずっと一緒だって、言ったじゃん」
「でも・・・」
「俺も、貴司の感触、身体に刻み付けておくから」
不安げな表情をした彼の頬に手を添え、そっと唇を重ねる。
「何かあったとしても・・・その時に互いの辛さを癒せるような人生、送ろう」


俄かに安堵の表情を取り戻してきた彼の手に、指を伸ばす。
絡む震えた指の感触でさえ、愛おしかった。
「・・・無事で良かった。本当に」
彼の呟きに切なさが募る。
視線が絡んだ時、廊下の向こうから看護士の声が聞こえて来た。
「もう、時間か」
「みたいだな」
「また、明日来るよ」
「ああ」
握った指に、少しだけ力を込める。
ふと後ろを振り返った彼は、瞬間、微笑みながら俺の額にキスをして離れていく。
「おやすみ」


ガランとした二人用の病室。
俺が運び込まれた時に先客はおらず、急に広い部屋を与えられたようで、ちょっと嬉しかった。
とは言え、結局自力では身体を動かすことも出来ないので、無意味な喜び。
固定されたままの右足を恨めしく思いながら、天井を見つめた。

「そう言えば、従姉妹の香奈ちゃんが今度結婚するって」
「へぇ、そう」
午前中にやってきた会社の上司の手土産を食べながら、母親がそんなことを言う。
その後に続くであろう言葉を飲み込むよう、彼女はお茶を口に含んだ。
申し訳なさと、煩わしさ。
両親と対峙する時は、大抵そんな感情を腹に抱えている。
「吉崎さんにも、いつまでも迷惑掛けられないでしょ?」
「お互い働いた上で一緒に住んでるんだし、迷惑なんて掛けてるつもり、無いよ」
「晴彦はそうでも、彼がどう思ってるかは分からないじゃない」
「少なくとも、母さんよりは俺の方が、貴司のことは良く分かってるから」

男ばかり3人兄弟の末っ子。
にも拘らず、誰一人結婚していないことに、母は若干不安を抱いているのかも知れない。
兄貴たちは、俺とは違うはずだ。
だから、いつかは結婚と言う吉報を持ってくるだろう。
そんな自分勝手な希望を抱いていないと、一生引き摺るであろう罪悪感には、打ち勝てない。

□ 37_明鏡 □
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治癒★(2/6)

一人暮らしは僅か2日で終了した。
新しい同居人は、どうやら高校生らしい。
両足と腕を包帯でグルグル巻きにされ、顔にも細かな傷を負っている。
学校の帰り、トラックにはねられたんだと、付き添いの母親が教えてくれた。

翌日、見舞いにやって来た騒がしい集団。
男子高校生らしいノリの中でも、彼の表情は冴えなかった。
漏れ聞こえて来る話によれば、彼はサッカー部に所属している高校2年生。
落書きに汚されて行くギプスを恨めしく思う気分は、きっと俺よりも遥かに強いだろう。
「もう、オレ、サッカー無理だ。こんなんじゃ」
淋しげな呟きが、場の空気を一気に冷やして行く様だった。


ベッドから車椅子に乗り移るのにも、大分慣れてきた。
恋人との面会にも、同じ部屋に他の患者、しかも高校生がいれば気を遣わざるを得ない。
「うわ、寒っ」
貴司と共にやってきたのは、入院している病棟の屋上。
少し小高い所に建っていることもあり、程ほどの夜景が見渡せる。
しかし、今は真冬。
流石に人っ子一人いない。
「今日は特別寒かったからなぁ」
そう笑いながら、彼は自らのコートをパジャマ姿の俺にかけてくれた。
「でも、すげぇ綺麗」
申し訳程度に設置された小さなベンチに腰掛け、彼は眩い光を零しながら浮かぶ夜景を眺めている。
静かに重ねられた手が、凍える身体を温めてくれる。
遠くに電車の走行音が聞こえる以外、耳に入ってくるのは彼の息遣いだけ。

「貴司」
「ん?」
手を僅かに引いただけで、彼は俺の意図を汲んでくれる。
傾げた顔がゆっくり近づいてきて、唇が触れ合う。
薄い隙間から舌先を入れると、熱を帯びた彼の舌が絡んで来た。
互いの吐息が、顔も、身体も火照らせる。
「眼鏡・・・曇る」
「・・・うん」
どちらからも離れることの出来ないキス。
息苦しくなるまで、ひたすら求め合う。

肩に置かれた手を、自らの胸元に促す。
「誰か来たら・・・どうすんだよ」
「逃げる」
「置いてって良いのか?」
「ひでぇ」
曇りが晴れて来た眼鏡の奥の眼が細くなる。
コートの中に潜り込むように、彼の頭が胸元に沈んでいく。
下から入り込んだ手が脇腹を撫で、そのくすぐったさと温かさが、心地の良い快感を与えてくれる。
2、3個ボタンを外されると、隙間から風が入ってきて、身体が震えた。
「・・・勃ってる」
何処か愉快そうな囁き。
「寒い、からだろ」
直後、熱い舌が乳首を舐め上げる。
思わずビクついた身体が、車椅子の背もたれを軋ませた。
吐き出した息が、夜の空に溶けていく。

上半身から徐々に手が下へ伸びる。
そんなに溜まってた訳でもない。
普通じゃないシチュエーションが、身体の昂りを促しているのだろうか。
俄かに鼓動が早くなるのを感じながら、その手の気配を待ち侘びた。
はだけられた胸元から、首、喉仏を舌が滑り、耳たぶが唇で挟まれる。
「ここは、寒いせいじゃ、無いよな」
「そ・・・ね」
硬くなり始めたモノを、彼の手が緩やかに扱く。
荒くなった鼻息に反応するように、動きは大胆になる。
「声、出すなよ?」
からかうような、意地悪な口調。
パジャマの中に入り込んだ手が与えてくる幸せな刺激に、目を閉じて耐えた。

禁じられた分だけ、焦燥感は募る。
半開きになった口から白い息が止め処も無く溢れ、視界をぼやけさせる。
「イきそう?」
俺の身体を抱きかかえるように腕を肩に回した彼が、耳元でそう呟いた。
「ん・・・も、出る」
頬に触れた唇に呼ばれるまま、顔を彼の方へ向ける。
悶える口の中に舌が差し込まれ、抑圧された声が喉から漏れた。
手の動きが、衝動を押し上げる。
絡み合う舌の感触を味わいながら、背筋を抜けていく快楽に溶かされる。
程なく達成感に包まれた俺の身体は、大きく車椅子を軋ませた。


「やっべ・・・もう、9時過ぎてる」
ハンカチで精液に塗れた部分を拭き取りながら、貴司は声を上げた。
「コート着る季節で、良かった」
俺の額に軽くキスをした彼は、俺の手を自らの股間に促す。
幾ばくか硬さを帯びたモノが、スラックスの中に感じられた。
呼吸を整えるように大きくため息をつき、その手を引き離す。
「今度は・・・オレの番、な」
「怪我人に、何させるつもりだ?」
「冗談だよ。ハルの顔思い出しながら、自分で抜く」
そう言って切なげに微笑みながら俺を見下ろす彼の腰に、腕を回し抱き寄せる。
顔の先にある、くすぶる膨らみに唇を寄せた。
「ちょ・・・やめろって」
「ホント、コート着てなかったら、電車乗れないな。これじゃ」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「じゃ、次は、俺の番な」

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治癒★(3/6)

「北條さん、なかなか良い感じで繋がって来てますよ」
入院して1週間も経つ頃、問診してくれた医者は、そう言った。
「リハビリも兼ねて、病院内で歩くようにしてみて下さいね」
相変わらず脚はガチガチに固定された状態。
それでも、松葉杖さえあれば何とか歩けるようにはなっていた。
「どれくらいで、退院できますかね?」
「もう1週間くらいで、とりあえず家には戻れると思いますよ」
電子カルテに病状の経過を入力した彼は、最後に一言釘を刺す。
「でも、仕事復帰はまだ先ですよ」

慣れない松葉杖のせいか、力がかかる脇の部分が傷む。
そんなことを考えながら病室に戻ると、隣の高校生が羨ましげな視線を俺に向けて来た。
「良いな、歩けて」
入院当初固定されていた足は、左足だけが解放されたようで、右足は吊られたまま。
ベッドに拘束されたままの若い身体は、その表情にもどかしさを存分に映している。
「直に車椅子に乗れるようになるさ」
「そうかな。医者は、そう言うけど」
「なら、大丈夫だよ。俺らは、医者の言うこと信じるしか出来ないんだから」
目を伏せた彼の視線の先には、簡易テーブルに置かれたサッカー雑誌。
繰り返し読まれたであろう本には、所々に付箋が貼ってある。
「サッカー、やってるんだって?」
「そう。FW。でも、もう無理」
「怪我から復帰してるサッカー選手なんて、幾らでもいるだろ?」
何の気なしに向けた質問に、彼は冷めたような眼差しを俺に返す。
「右足首から下、ねぇんだ。どうやってボール蹴るんだよ?」


夕方近く、彼を訪ねて来たのは部活の監督だったようだ。
その口から告げられたのは、残酷な、選手生命終了の報告。
「オレには、サッカーしかないのに・・・これから、どうすれば」
「まだ、2年生だ。これから勉強して、大学に行くって言う道だってある」
「大学行って、何になるんですか?やりたいことなんて、何も無い」
涙声の若者の言葉に居た堪れなくなって、俺は病室を出た。

ガラス張りになっているラウンジには、眩しい位の西日が差し込んでいる。
壁に備え付けられた掲示板には、健康管理の啓発や禁煙ポスターなどが雑多に貼られていた。
その中に、気になるチラシが一枚。
スポンサーとして名を連ねる会社の中には、見覚えのある名前。
人生を諦めるには、早過ぎる。
「すみません、これと同じ物って、もう一枚あります?」
通りかかった看護士に訊ねると、彼女はありますよ、と笑って答えてくれた。


その夜、都心は再び雪に見舞われた。
「革靴じゃ、そこの坂、きついなぁ」
「結構積もってんの?」
「いや、まだそれほどじゃないけど、明日の朝には真っ白なんじゃね?」
屋上での逢瀬は無理と諦めた俺たちは、ラウンジの隅で短い時間を過ごす。

「そうだ、これなんだけど」
コーヒーの湯気で曇った眼鏡を拭く彼に、夕方貰ったチラシを見せた。
「ん?・・・ああ、車椅子のサッカーね」
「貴司んとこの会社、スポンサーやってんの?」
「ま、正確にはウチの親会社だけど。社内報とかでも回って来てるよ」
「これの資料とかって、手に入る?」
「入ると思うけど・・・何で?」
声も無く涙を流す少年の顔が頭に浮かぶ。
大きなお世話かも知れないけれど、少しでも力になれれば、そう思わずにいられなかった。


電車が止まるとヤバイ。
そう言って、いつもよりも少し早めに帰った彼氏を見送り、病室に戻る。
電動ベッドの上半身側を起こした状態で、少年は外を眺めていた。
「雪、降ってるんだね」
「積もるかも知れないってさ」
「・・・そう」
彼のベッドの側へ赴く。
ゴミ箱の中に無造作に投げ込まれた雑誌が、目に入った。
「何?」
俺の気配に、彼の視線は窓から外れる。
頑張れ、待ってるからな。
そんなギプスの落書きが、少し霞んでいた。
「これさ、ラウンジに貼ってあったから」
空になった簡易テーブルの上に、チラシを置く。
僅かに表情を変えた彼は、自嘲気味に諦めの一言を吐いた。
「もう、良いんだ。やりたいことも、何もねぇし」
「サッカーはやりたいんだろ?」
「だから、出来ねぇって言ってんじゃん」
「それでもやりたいって人たちが、こう言うことやってんじゃないの?」
少し強くなった口調に、彼は押し黙る。
大人気ない、そう思いながら、俺は言葉を続けた。
「本当に好きなら、どんな可能性にも縋るべきだと思うけどね」
「でも、こんなの・・・」
「好きなものに関われる人生って、すげぇ幸せなんだよ?君には、まだ、チャンスがあるだろ?」

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治癒★(4/6)

頭からお湯を被る、久しぶりの感触が気持ち良い。
今まで濡れタオルで身体を拭くだけだったところから、やっとシャワーを浴びる許可が下りた。
とは言え、足を濡らすことが出来ない為、シャワーチェアーに座り、台に足を投げ出すような体勢。
一人ではちょっと難しいからと理由をつけて、貴司をブースの中に呼び込んだ。

「ハル、ちょっと太ったんじゃね?」
俺の身体をシャワーで洗い流しながら、彼は若干弛んだ脇腹を摘む。
「そりゃ・・・食って、寝て、の生活だからな」
「ガチムチに転向か」
「・・・サラッとそう言うこと、言う訳?」
「オレは、別に構わないけど」
「じゃ、少し、運動させてくれよ」
濡れた腕で、彼の身体を引き寄せた。
「おい、こんな所で・・・」
「平気だ、5分で終わる」
シャワーから出る湯を止めて、服の上からその腰回りに唇を這わす。
ベルトを外す金具の音が、湯気の漂った空間にくぐもった響きを残した。

久しぶりの、彼の味。
舐るほどに立つ卑猥な音が、興奮を掻き立てる。
俺の頭を抱えるように傍らに立つ彼の息遣いが、徐々に激しくなっていく。
大きくなったモノを口から解放し、手で柔らかく扱くと、先端から染み出た汁が唾液と混ざり合う。
「・・・早くね?」
「そ、う?」
首筋に回された手が、自らの身体に俺の顔を押し付ける。
「あん時、抜けなかった、から、かな」
見上げる俺の顔に、彼の満足そうな、狂おしい笑みが向けられた。
「ハルに、されんの、待ってた」
その言葉に、身体が熱くなる。
手の中のモノが、待ちきれないとばかりに小さな痙攣を繰り返す。
「イかせて、よ」

荒い息に混ざる薄い喘ぎが、頭の動きを加速させる。
絶頂寸前のモノが痛々しいほどに腫れ上がり、口の中を圧迫する。
「・・・んっ」
短い声を上げながらビクつく身体が離れていく。
壁にもたれかかるように果てた彼のモノから、精液が滴り落ちていくのが見えた。
肩で息をする、紅潮した彼の手を引き、再度身体を引き寄せる。
余韻を残すモノに唇を寄せ、彼の全てを吸い尽くす。
「あんまり・・・すると、また・・・」
「何度でも咥えてやるよ」
「そう言う訳には、行かない、だろ」
欲求が頭をもたげ始めないよう身体を離した彼は、俺の頬にキスをして囁いた。
「オレにも・・・しゃぶらせて」


服を着たままシャワーブースに跪く彼の頭が、俺の下半身で蠢いている。
モノを根元から舐め上げる、うっとりとしたような表情が堪らない。
滲み出た汁を絞り出すように、先端を唇が愛撫する。
「う・・・そ、こ」
「気持ち良い?」
「いい・・・」
彼の頭に添えた手に、少しだけ力を込める。
「もっと?」
「・・・ん、もっと」
わざと音を立てながら、淫らに舌が絡みつく。
視覚、聴覚、触覚、ありとあらゆる感覚で、快感を愉しんだ。
「あー・・・」
僅かにずれた眼鏡の奥の眼が、俺を見る。
「すげぇ、幸せ」
嬉しそうな、寂しそうな表情を浮かべた彼の顔が、俺の顔に近づいてくる。
十分に濡れたモノをゆっくりと扱きながら、彼は首を傾げた。
「・・・早く、帰って来て」
「もう、すぐ・・・戻る、よ」
「全身で、ハルのこと、感じたい」
触れ合った唇と、官能的な呟きが、情動を一気に高みへ導く。
抑えきれない声が、ブースの中を満たす。
重たく足の付け根を流れていく精液の感触が、心地良い疲労感を身体に染み込ませた。


「あの椅子、家にもいるかな?」
「何で?」
「家に帰って来たって、しばらくは足、このままだろ?」
「そうだけど」
狭いユニットバスで、どうシャワーを浴びるべきか。
思案を巡らせていると、貴司が一言呟く。
「そうすりゃ、いつでもソープ状態だな」
「お前・・・どうした、今日?」
「何が?」
「いつもそんな、下ネタ多かったか?」
「ああ・・・欲求不満」
「来週には帰るって言ってるじゃん」
「分かってるけど」
「・・・他の奴に、走ったりすんなよ?」
不意に湧いた不安を嘲笑うよう、彼は乾いた笑い声を上げる。
「そんなこと簡単に出来るんなら、こんな風にはなんねぇって」

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治癒★(5/6)

「とりあえず、クリスマスは家で過ごせそうですよ」
この歳でクリスマスって言われてもね。
そんな気持ちは全く伝わらなかったらしい目の前の医者は、何やら楽しげに今後のスケジュールを話す。
「で、新年からリハビリに来て貰って、とりあえず仕事復帰は3月ってところですか」
「そうですか。思ったよりも、早いんですね」
「でも、寒いと怪我した場所が痛む場合もあるんで、乗り物は禁止で」
「えっ」
「ま、ライダー復帰は新年度までお預けですよ」
カルテの更新ボタンをクリックしながら、彼は俺の方へ振り向き、笑う。
どの道、彼が書く診断書が無ければ、俺は職場復帰出来ない。
「・・・分かりました」

入院している外科病棟には、子供も多い。
その為か、やたらとクリスマスの装飾が目立つようになって来た。
クリスマス会のお知らせと書かれたポスターを眺めていると、廊下の向こうから見知った顔がやって来る。
車椅子に乗った彼と、それを押す母親が、少しはにかみながら俺に頭を下げた。
「やっとベッドから解放されたんだ?」
「足の骨が何とかくっついたから、今日から車椅子で動いて良いって」
「乗り心地は、どう?」
「良くも無いけど・・・悪くも無い感じ」
「すぐに慣れるさ」
「だと、良いけど」
複雑な笑みを浮かべながら、母に押されて彼はその場を去っていく。


フラストレーションを抱えたままの彼氏は、昨日から2泊3日の出張に出ている。
次に顔を合わせるのは、もう退院の日だ。
概ね隔日で来てくれていた男の、顔と声と感触を思い返しながら、寂しさを紛らわせる。

多分、彼も同じなんだろう。
『今、東京駅。これから行って来る』
『新大阪に着いた。結構寒い』
『ホテルのベッドがダブルだ。すげー、広い』
それほど頻繁に来る方ではなかったメールが、引っ切り無しにやってくる。
一緒に住み始めて、もう3年近く経つ。
同郷と言うこともあり、帰省も同じタイミング。
これだけ離れて夜を過ごしたことは、無かったかも知れない。

やっぱり、俺は、彼無しじゃ生きていけない。
そんなことをふと思ったりして、一人、恥ずかしくなる。


「いってぇ・・・」
カーテンで囲まれた隣のベッドから、小さな呻き声が聞こえて来る。
苦しげな声がしばらく続き、思わず声をかけた。
「どうした?大丈夫か?」
「ちょっと・・・手伝って、欲しいんだけど」

上半身裸の状態でベッドに座る彼は、何処か疲れたような声で呟く。
「肩から後ろが、全然無理」
「そりゃ、そうだろうな」
自らの身体を拭こうとしたものの、あまりの不自由さに四苦八苦しているらしい。
「背中、拭いて貰えない?」
そう言って、手に持った濡れタオルを俺に差し出してくる。
俺だって、足、怪我してるんだけど。
とは言え、母親や看護士に頼むのは、恥ずかしさもあるんだろう。
「ああ、良いよ」

如何にも使い込まれている若い身体の筋肉は、見事だった。
仕事をしている内に勝手に付いた俺のとは、やっぱり何かが違う。
彼の後ろに回りこむようにベッドに座り、その背中を拭いていく。
「早く、風呂、入りてぇ」
「もうちょっとの辛抱だろ」
久方ぶりの優しい刺激に、彼の身体がゆっくりと揺らぐ。
俯いて目を閉じる彼の横顔は、当然ながら、まだ幼さが残っていて
この歳で人生の岐路に立たされた心境を思うと、少し、やるせない思いになった。

「こんなもんで良いか?」
「ありがと。すげぇ気持ち良かった」
ベッドから降りようとする俺に、彼は振り向いて視線を向ける。
「あ、とさ・・・一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「どうやって、抜いてんの?」
「え?」
居た堪れないように視線を外す少年の下半身に、思わず目が行った。
身体の自由も利かないまま、何日もベッドに縛り付けられた状態。
溜まるのも当然だろう。

「俺は・・・3、4日で車椅子乗れたからなぁ」
「で?」
「で、って・・・いや、車椅子でトイレ行って・・・」
「トイレって、あそこ、ドア無いじゃん」
この病院に設置されている車椅子用のトイレは、全てカーテンで仕切られている。
介助する人が動きやすいようにとの配慮なのだろう。
確かに俺も戸惑ったけれど、性欲には勝てなかった。
「しかも、オレ、まだ一人で車椅子乗れないし。右手も、指折れてるし」
「左手があるだろ?」
恨めしそうな子供の目が、俺を見た。
「何だよ?」
「・・・抜いてくんない?」
「はぁ?」

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治癒★(6/6)

高校生なんて、身体は大人とそう変わらない。
大柄ではない彼の体つきも、痩せ型の貴司と比べれば、彼の方がたくましいだろう。
でも、まだ、子供だ。
頼まれたとは言え、高校生のモノを扱いてるとこなんか見られたら、俺はどうなる?

「彼女にでも頼めよ」
「彼女なんて、いねぇし」
「じゃ、車椅子でトイレ連れてってやるって。左手でも行けるだろ?」
「何で、ダメなんだよ」
「あのな」
「あんただって、眼鏡のお友達に、抜いて貰ってるんじゃねぇの?」
予期しない指摘に、一瞬言葉が出なかった。
ここでうろたえたら、図星がバレる。
「んな訳、ねぇじゃん。俺は右手で十分なんだよ」
「ふ~ん・・・」
彼の左手が、俺の相棒に触れる。
「・・・誰にも、頼めねぇんだ」
「俺なら、良いのか?」
「頼み、聞いてくれそうだなって、思ったから」
これは俺の本意じゃない、そう示すように大きくため息をついた。
「すぐ、イってくれよ?」


恋人と快楽を共有することが目的であって、射精はあくまでも手段。
でも、今は射精させることが目的。
キスも、ハグも、全部すっ飛ばして、モノを手にするだけ。
有り得ない状況に、些か緊張感が増してくる。
当然、彼も同じなのだろう。
背後からハーフパンツの腰周りを撫でるように手を入れると、肩に力が入り、背筋が浮き上がる。
身体を押さえるように腹に回した手に、その震えが伝わってくる。
「寄りかかってて、良いから」
そう呟くと、彼の身体の重みが上半身にかかってきた。

半分ほど皮を被っていたモノが、徐々に顔を出してくる。
口を閉じ、鼻から荒い息を出しながら、腕の中の少年は刺激に悶えていた。
頭の中に、ふと恋人の姿が浮かぶ。
ごめん、そう思わせたのは、俺の中の不埒な想いだったのかも知れない。

「北條さん?」
突然聞こえた声に、度肝を抜かれる。
咄嗟に彼の口を手で塞ぎ、取り繕うように叫んだ。
「あの、すみません、ちょっと・・・身体拭くの、手伝ってまして」
いきなりのことで驚いたのか、手の中のモノが一気に興奮していく。
「そうですか。じゃ、しばらくしたら、検温お願いしますね」
「はい・・・分かりました」
カーテン一枚隔てた向こうに立っていた看護士は、何事も無かったように去っていった。
それでも、激しく脈打つ鼓動が、強張る身体をなかなか解きほぐさせない。

彼の唇が薄く開き、濡れた吐息が掌に沁みる。
口を塞がれたからなのか、却って抑圧された声が身体から響いてくる。
上向いていく彼の顔を肩に抱えるように、手に力を込めた。
シーツを掴む左手が、強く握り締められる。
喉から搾り出すような呻き声と共に、彼の身体の力が抜け、俺の手を精液が伝っていく。
力の抜けた引き締まった身体が、もたれかかる。
目の前に落ち着いた幼い顔に、思いも寄らない愛しさが込み上げる。
俄かに目を覚ました衝動を感じながら、久しぶりの右手の活躍を覚悟した。


「これさ、いろいろオレも集めてみたんだけど」
年末とは思えないほど暖かくなった退院の日。
迎えにやってきた貴司は、何やら大量のカタログを持って来た。
「会社がOEMで車椅子メーカーに制御機器卸したりしているから」
見ると、例の車椅子サッカーのものだけではなく、義足や大学のパンフまである。
「そう言う関係の所に、ちょこちょこ手を広げてるみたいでさ」
「大学って・・・?」
「そこの大学、要するに、彼みたく・・・」
そう言って、貴司は空のベッドに視線を向ける。
「スポーツやってたけど、事故とかで障害負った学生に奨学金出してるんだって」
「へぇ・・・体育大学なんだ」
「障害者スポーツにも力入れてるみたいだよ」
もちろん、これが全てじゃない。
それでも、無限にある将来の可能性を手繰り寄せる手段になるのなら。
頑張れよ、心の中で呟きながら、隣のベッドの簡易テーブルに冊子を置いた。


松葉杖を抱えてタクシーのシートに座る俺に、彼は何となく申し訳無さそうに呟く。
「免許、やっぱ要るかな」
「何で?」
「こう言う時とかさ・・・あった方が、良くね?」
「俺は、もう二度と、事故はゴメンだけどな」
「そう言う意味じゃなくて」
「分かってる」

ポケットの中に感じる僅かな振動。
携帯を見ると、一通のメールが来ていた。
『右手の指、何とかくっついた。パンフ、ありがとう。眼鏡の彼氏によろしく』
思わず顔が綻んだのを、彼は見逃さなかったらしい。
「誰から?」
「ん?隣の高校生」
「何だって?」
「・・・内緒」
「何だよ、それ」
「妬くなよ」
「妬いてねぇし」
荷物の下に潜り込んだ彼の手を、少し引き寄せる。
ふと俺に視線を向けた顔を見て、心底気持ちが落ち着いた。
「免許、取んのは良いけど」
反面、俺は、彼がいなくなったら、どうなるんだろう、そんな気持ちが不安を煽る。
「絶対、事故るなよ?それだけは、約束してくれ」


久しぶりの我が家。
ほんの2週間なのに、その充満している空気が懐かしい。
ドアが閉まる音が聞こえると同時に、振り向きざま、彼の身体を抱き締めた。
「どうした?」
「やっぱ、落ち着く。お前じゃなきゃ、ダメだわ。俺」
少し身体が離れ、頬に温かな手の感触が纏わり付く。
「そんなの、知ってる」
唇が何度と無く触れ合い、互いの顔の熱が伝わっていく。
「オレも、そうだから」
微笑む表情に、心が癒される。
何があっても、彼がいれば癒し合える、乗り越えられる。
今の幸せに感謝しながら、再び彼の身体を強く抱き締めた。

□ 37_明鏡 □
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□ 46_治癒★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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