Blog TOP


自浄★(1/7)

微妙な距離感で向かい合う彼が、一瞬目を伏せる。
再度視線を俺に移すと、その目を細めて満足そうな笑みを浮かべる。
未だに理性が残る頭に、これから起こることに対する恐怖が過ぎった。

スーツ姿の男が、同じようにスーツ姿の俺の手を引く。
彼の手が冷たいんじゃない。
俺の手が、有り得ない程の熱を帯びて、相対的に冷たく感じているだけ。
微かな震えを纏った身体の自由を、彼の腕が奪う。
熱を冷ますように、不安が溶かされる。

上着を脱がされ、ネクタイがゆっくりと解かれる。
ワイシャツのボタンが外され、中に着ているシャツがたくし上げられると
いくつもの傷跡が残る、火照った上半身が露わになった。
指でなぞられると、くすぐったさと、小さな痛みが身体を捩らせる。
自らが刻んだ跡に唇を寄せ、彼は呟いた。
「今日も、たっぷり、狂わせてやるよ」
その言葉に理性は飛ばされ、心と身体が支配されていく。

あるマンションの一室。
月に1回、俺はこの部屋で彼からの陵辱を受ける。
SMプレイ用に誂えられて貸し出されるこの部屋には、あらゆるプレイに応じた器具が置かれていて
訪れる度、新たな刺激が身体を襲う。
心の中で抵抗すればするほど高まる加虐願望が、止められなかった。


冷たい皮の感触が、首を回る。
頭の上に組まされた手首が、壁に渡された金属の棒に括り付けられる。
これだけでも昂っていく俺の身体。
きっと、何処かがおかしくなっているんだろう。
俺を変えた男の目は、心底楽しそうに、俺を捉えていた。

不安定な格好のまま、顎を掴まれる。
よろける身体が彼の身体にぶつかり、そのまま唇が重ねられる。
舌が口の中を蹂躙し、吸い付くように自らの舌を絡ませた。
口の端から息が漏れる音が、鼓動を更に早くさせる。
唇が離れ、舌の先から唾液の糸が伸びる。
半開きになった口の中に、指が突っ込まれ、一瞬呼吸が苦しくなった。
俺の苦悶の表情が、彼の心に火を点けたのか。
指は、より深く入り込み、舌の根元を押さえつける。
荒い息と、喘ぐ声が、近づいて来た彼の顔に当たり、跳ね返るようだった。
流れ出た涎が彼の指を伝って、床へ垂れていく。
「だらしない顔だな」
潤む視界の向こうの彼は、そう言って俺の被虐心を煽る。

首輪につながれた鎖を手に、彼は肩口からローションを垂らしていく。
胸から腹にかけて流れていく粘液を掌で塗り広げられると、息が揺らぐ。
まさぐられる程に、顔に熱が集まってくるようだった。
鎖の硬い感触が、乳首にこすり付けられる。
身を捩ると、手枷が手首に食いこみ、痛みが走る。
その反応を愉しむように、彼はその行為をしつこく続けながら、問いかけた。
「いいんだろ?」
「は、い・・・」
唇が震え、上手く言葉にならない。
更なる刺激を求めるように、身体は無意識に前へ反っていく。

乳首にチェーンクリップが付けられ、思いきり引っ張られる。
絶え間ない痛みが、瞬時に快感へ変わって行った。
薄く開いた口から、呻きが漏れる。
首筋に滲んだ汗が、緊張する身体を少しずつ融かしていく。
僅かに感じられる鎖の冷たい触感が、俺の身体を熱くたぎらせる。


後ろに回りこんだ彼が、腕から脇腹を擦り、腰周りを撫でる。
手首を繋ぐ鎖が張って行くのを感じながら、彼に向けて腰を突き出す。
「何だ?もう、ぶち込んで欲しいのか?」
尾てい骨の辺りに指を這わせながら、彼は耳元でそう囁く。
願望を口に出したところで、叶えられる訳も無い。
そんなことは分かりきっていた。
それでも、俺はうな垂れた頭を縦に振る。

腰の上から垂らされるローションが、尻の割れ目に沿って流れていく。
指がその奥へ入り込み、卑猥な水音を立てる。
「そんなに、焦るなよ」
鼻で笑うような声が聞こえ、彼は俺から離れて行った。
もどかしさが身体を疼かせ、与えられる刺激を更に増長させる。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(2/7)

焼けるような痛み。
いつから、そんなものに快楽を感じるようになったのか。
彼の手にある、しなやかな物体。
その持ち手で、彼は俺の顎を上向かせる。
「うっとりしやがって、そんなにこれが好きなのか?」
狼狽する唇からは、言葉が出ない。
欲望を露わにした目で、訴えるしか無かった。

嘲笑を浮かべながら、彼は逆手で俺の腹に鞭を入れる。
乾いた喘ぎが、吐き出された。
苦痛で顔が歪む。
間髪入れず、背中に革の束が叩きつけられる。
何とも形容できない音と、喉を絞るような悲鳴だけが、部屋に響いた。

「どうなんだ?馬みたく叩かれるのが良いんだろ?」
冷静を装う興奮しきった声が飛び、鞭は尻の下、足の付け根に衝撃を与える。
焦げる様な、痺れる様な痛みが髄まで滲み込む。
思わず膝が折れ、手枷を繋ぐ金具が甲高い音を立てた。
発するべき答えは、決まっていた。
「・・・も、っと、ぶって・・・くだ、さい」
満足げに口角を上げた彼は、再度その手を振り上げる。
身体中に赤い筋が付けられていく度に、頭の中が霞んでいくようだった。


身体が熱を発散しようと、必死になっている。
流れる汗が、目に沁みた。
痙攣した口が閉じられないまま、息を吐く。
二本の鎖だけが、俺の身体を支える状態になっていた。
「感じすぎて、膝が立たなくなったみたいだな」
首に繋がれた金属の蔓を引かれ、俺の顔は彼の顔へ近づいていく。
半分になった視界に、心身を圧する表情が満ちる。
何本もの革の感覚が、モノに纏わりついた。
打ちのめされた身体は、昂揚を隠しきれていなかった。
「鞭打たれておっ勃つなんて、どっかおかしいんじゃねぇのか」
否定できなかった。
俺は、奈落の底へ落ちていくように、おかしくなっている。

揺れる鞭が、モノをくすぐった。
焦らすような動きが、腰を浮かせる。
「物欲しそうな顔する前に、言うこと、あるだろ?」
俺の役目は、彼の加虐欲を満たすだけじゃない。
黒光りする革の束が、淫らな糸を引きながら離れていく。
「・・・ご奉仕、させて、下さい」
そして、それは、俺の忍耐強さを試される時間。


カラカラと言う軽い音が、背後から聞こえてくる。
ローションで解された隙間に、豆ローターが一つ、また一つと押し込まれていく。
入れられる度に、腰から背中にかけて電流が走った。
「何個飲み込むつもりなんだ?」
俺の尻を叩きながら、彼はそう言って笑う。
四つん這いのまま、腰を高く上げた格好で、唇を噛む。
抵抗できない自分の身体への屈辱。
この後に訪れる快楽の波を待ちわびる欲望。
入り混じる感情が、身体の震えを大きくさせた。

5、6個入ったところで、アナルプラグが残酷な感触を与えてくる。
「オレより先にイったら・・・分かってるだろ?」
俺の前に回りこみ、彼は手綱を引く。
「はい・・・」
「ま、どんなに懲らしめたところで、喜んじまうんだろうけどな」
首輪の鎖が勢いよく引かれ、俺の身体は床に伏せるように崩れる。
椅子に座った彼は、その足を顔の前に差し出した。
「ケツの中、掻き混ぜて欲しかったら、丁寧に舐めろよ?」

親指を根元から口に含み、裏側から爪の先まで、ゆっくりと舐る。
指の股に唾液を溜めながら、次の指へと移っていく。
両手で足を持ち、足の平に舌を伸ばす。
しっかりと窪んだ土踏まずを経て、固くなった踵の皮をふやかすように、しゃぶりついた。
不意に、腰の奥に振動が走る。
プラスチックの塊がぶつかり合う軽薄な音が、身体を通して耳へと響く。
その衝撃に、思わず足から口を離した。
「おら、サボるなよ」
濡れた踵が押し付けられ、頬に食い込む。
「・・・すみま・・・せん」
全身に痺れを感じながら、俺は再び、奉仕に戻る。


快楽の波が意識を薄くさせる頃、擦れて痛む舌が、昂りを示すモノへ辿り着いた。
身体の中で暴れる幾つもの物体が、自身を支える力さえも奪っていく。
自らのモノは既に限界を間近にしており、滲み出る液体が足の付け根まで垂れて来る。
堪えるように息をつき、彼の太腿に寄りかかるよう、求められている場所に唇をつけた。

鎖を手に、彼は俺の行為に素直に反応を見せる。
視線を上げると、荒い息を吐きながら満足そうに笑う顔が見えた。
彼の足が爆発寸前のモノに触れ、その指が先端をまさぐる。
足の甲が根元から先端へと擦り付けられ、喉に力が入らない。
「イきそうなのか?ん?」
口の中を満たされながら、僅かに首を振り、何とか抵抗の姿勢を見せる。
あまりの快感に、首筋が痛んだ。
「もっと、しっかりしゃぶれよ。チンポ咥えるの、大好きだろ?」
目の前が白くなっていく。
力を振り絞り、全身で彼を追い立てるように、頭を動かした。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(3/7)

苦い液体が、喉や鼻に満ちた。
何かを成し遂げたよう、俺の身体は頂点から一気に雪崩落ちていく。
彼の足にしな垂れつくよう、床に身を伏せた。
咽るほど、全身を襲う刺激が大きくなるようだった。
肌を切るような痛み、腰の奥を叩く断続的な振動。
彼の手が胸に下がる鎖に伸び、引っ張り上げる。
「いつまで、寝てんだよ」
閉じられない口から垂れる唾液と精液が、糸になって床に落ちていった。
殆ど力の入らない腕で、何とか身体を起こす。

挟まれ、引っ張られる乳首が痛々しく充血しているのが目に入る。
白い液体を放出したモノは、うな垂れているのにも関わらず、ピクピクと細かい震えを見せていた。
彼の腕が、背中を滑り、尻の方へ下りていく。
その顔がゆっくりと近づいてきて、耳元で止まった。
「このまま放置してやろうか?」
そう言いながら、彼はアナルプラグを押し込めるように手に力を入れる。
「う・・・あ」
「おかしくして欲しいんだろ?」
収まったはずの衝動が、沸き上がる。
失くした理性を探すことは、もうとっくに諦めている。
もっと、狂いたい。
「お願い・・・します。メチャクチャに、して、下さい」


享楽の夜から一週間。
身体の痛みは、隠しきれるまでに回復していた。
「そうですね、今回の製品は、より効率の良いモーターを搭載しておりますので」
「省エネってこと?」
「ええ、それにランニングコストも従来品に比べて、2割程度減らすことが可能です」
横浜の展示場で開かれている産業機械展。
俺は、昨日からそこに駆り出されている。
ウチの会社は、ポンプや送風機を扱うメーカー。
今回の展示会は業界向けと言うこともあり、会社の力の入れ具合も違う。
新製品となる高効率型のモーターを搭載したポンプのラインナップで、他社との差別化を図る。

「志賀、取引先の方がいらっしゃってるぞ」
ブースの裏でカタログを整理していた時、同期の白鳥がそう声を掛けて来る。
表に出ると、ダークグレーのスーツを纏った男が立っていた。
温和な表情は、見事に目の奥の狂気を消し去っている。
大手ゼネコンの社名が入った名刺を首から提げた彼は、俺を認めると目を細めた。
「わざわざご足労頂いて、ありがとうございます」


彼との出会いは、俺がまだ新人の頃。
先輩と共に赴いた営業での場だった。
不自然な視線を不思議に思うことも無く、やがて彼の部署の担当になり
何度も足を運ぶ内、彼は徐々に欲求を行動に移し始めた。
取り扱う機器全般を積極的に採用してくれる、お得意様。
接待と言う名の誘いを断ることは出来なかった。

俺の何処に、彼を惹きつける要素があったのだろう。
直前まで年頃の娘の話をしていた彼は、突然俺の顎を掴み、唇を奪った。
あまりのことに言葉が出ない俺に、微笑みを湛えながら言い捨てる。
「君、良い眼してるね。オレの言うこと、何でも聞いてくれそうだ」
何を言っているのか、分からなかった。
戸惑いと言うには、大きすぎる混乱。
逃げ道を見出せないまま、接待の質が異常な方向へ変化していく。

唯一つの幸運は、気がつくことの無かった自らの欲望が、彼の欲望と合致したこと。
身体が刺激を素直に吸収することで、心の抵抗感を和らげているのかも知れない。
俺と彼の関係は、虐待し、虐待されることを悦び合うだけ。
それだけだと、思っていた。


目の前に立つ彼の視線が、ふと俺の背後に移る。
僅かに身体を傾けて窺った先には、白鳥がいた。
その視線に呼ばれるよう、同僚は彼の前に立ち、挨拶をしながら名刺を差し出した。
「白鳥と申します。志賀とは同じ部署で、営業を担当しております」
彼はしばらく名刺を眺めた後、白鳥に視線を向ける。
「有村です。・・・君は、ウチには来たこと無いよね」
「そうですね、お伺いしたことは、まだ」
「他のゼネコン担当?」
意地悪な視線を向けられた同僚は、一瞬動揺を見せた後、取り繕うように言った。
「いえ・・・お呼び付け頂ければ、いつでもお伺い致しますよ」

休憩時間、俺は白鳥と共に飲食ブースでコーヒーを啜っていた。
「あの人・・・一癖も二癖もありそうだなぁ」
人もまばらになってきた会場を眺めながら、同僚はそんなことを呟く。
彼が絶対に知ることの無い側面を、身を持って感じている俺は、すぐに言葉が出なかった。
「お前、もう随分付き合いあるんだろ?」
「ああ・・・どれくらいだろう。4年以上、かな」
口に出してみて、その時間の長さを改めて実感する。
歪んだ関係を持ってからは、3年くらいだろうか。
既に俺の身体には、危ういリズムのようなものが刻まれていて
女と付き合うことも無く、痛む身体を抱いて自分を慰めるだけの人間になって来ている。

会場を歩く人の中から、視線を感じた。
遠くからでも分かる、彼の眼差し。
その目は柔和なものでも、狂気を秘めたものでもなく
初めて見るその表情に、俺は何とも言えない薄ら寒さに包まれた。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(4/7)

愛知県にある工場への日帰り出張から帰ってきた週末の夜。
会社へ戻ると、机の上には一枚のメモが置いてあった。
『有村課長から至急の呼び出し。代わりに行って来る。PM4:20』
急いで書き殴った様な白鳥の文字。
書かれた時間から考えれば、もうとっくに戻って来ていても良いはず。
けれど、部署の人間は、彼の帰社を見てはいなかった。

途中で、別件が入ったのかも知れない。
試しに社用の携帯に電話を入れてみる。
数回のコール音の後、電話は留守電に切り替わる。
「志賀だけど。今、会社に戻ったから、一段落着いたら電話くれ」
電話を持つ手が、僅かに震えた。
嫌な予感が、頭から剥がれなかった。

胸ポケットに入れていた携帯にコールバックがあったのは、それから10分ほど経ってからだった。
「お疲れさん」
その声に、身体が凍りついた。
「ど、どうして・・・」
瞬間、電話を耳から離してディスプレイを確認する。
間違いなく、白鳥の携帯からだ。
「彼は、なかなか頑なだね」
耳元に聞こえてくる、不気味な風切音。
気が遠くなりそうだった。
「君も、来ると良い」


ドアノブに手をかける頃には、悪夢のような光景を想像し尽くしていた。
罪悪感で、酷く吐き気がした。
微かに漏れ聞こえてくる尖った音と、圧迫されたような声。
どうして、こんなことになっているのか。
助けたい、そう思っても、そんなことは不可能だと分かっている。
それでも、俺は、進むしかない。

目の前で行われている行為を、一秒さえも見ていることは出来なかった。
「遅かったじゃないか。待ちかねたぞ」
視線を逸らす俺に、彼は近づいてきて言った。
「同僚のこんな姿・・・興奮するだろ?」

前髪を掴まれ、床に伏す同僚に目を向けさせられる。
頭上で手を縛られ、足を金属の棒に括り付けられた身体は、波打つように痙攣していた。
ワイシャツが肩までたくし上げられて露わになった、真っ赤に腫れた背中が痛々しい。
大きな目隠しと口枷を嵌められた顔からは、彼の表情は全く窺えない。
「抵抗する気力も失せたみたいだからな」
俺から離れた権力者は、同僚の身体を力任せに蹴り上げる。
呻き声を上げながら、無様に転がる身体。
「こいつを落とすのは、お前がやるんだ」
下衆な笑みを浮かべた彼は、俺にそう宣告する。


自分が異常な性癖を持っていることは、嫌と言うほど知らしめられている。
きっと、何の関係も無い人間の姿であれば、羨望で昂りを抑えられなくなっているだろう。
しかし、目の前で悶えているのは、会社の同僚。
その顔に馬乗りになった主人は、枷で閉じられない口の中にモノを無理矢理捻じ込み、腰を振る。
異物を突き立てられている喉元が、激しく鳴動しているのが見えた。
その手に掲げられた物からは、胸や腹へと赤い蝋が雫となって落ちていく。
染みが小さく広がる度に、同僚の身体が小さく跳ねる。
「同僚のチンポは、咥えられないのか?志賀、くん?」
その言葉は、立ち尽くす俺への命令。
降伏するように、俺は同僚の身体の側にひざまづく。

同僚への言い訳は、何も思いつかなかった。
詫びる気持ちすら、浮かんで来なかった。
この時間をとにかく早く終わらせる。
それだけを考え、俺は同僚のモノを口に含んだ。

痩せた胸板が赤く染め上げられる頃、手を添えた太腿辺りが痙攣し始める。
視界を潤ませたのは、悔しさか。
目を閉じ、強引に頭を振った。
軽く仰け反るように腰を上げ、同僚は絶頂を迎える。
何の意味も無い、贖罪。
彼が噴き出した液体を、俺は全て飲み込んだ。

それを追いかけるよう、彼に強引な奉仕を求めていた主人が小さく顔を歪める。
喉の奥から出る悲鳴が、粘液で蓋をされたようだった。
地獄から解放された身体が横に傾き、全てを振り払おうと嗚咽を漏らす。
彼を見下ろす男は、満ち足りた表情を見せながら、俺に視線を移した。
「こんな男に、なびくんじゃないぞ?・・・お前は、オレのものだ」
支配されていたはずの身体と心が、俄かに離れていく。
俺は初めて、逃げたい、と、心の底から感じていた。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(5/7)

俺の全てを拘束していた男は、俺の身体に手を伸ばす事無く、部屋を出て行った。
途方に暮れている暇は無かった。
苦しそうに喘ぐ同僚を、束縛から解放していく。
立つことも出来ない力の抜けた身体を背負い、ユニットバスまで引き摺る。
床に座らせ、所業の跡を、丁寧に洗い流して行った。
虚ろな目をした彼は、ただ黙ってそれを受け入れる。
心まで壊されてしまったように見えて、居た堪れなかった。

「口、開けて」
腫れ上がった唇が僅かに開くと、中から赤みがかった白い液体がこぼれ出た。
顔を殴られた際に、口の中も切ったのだろう。
液体はやがて白さを失い、赤一色になった。
「沁みるだろうけど・・・ちょっと我慢しろよ」
躊躇いながら、指を口に差し入れた。
シャワーから出てくる湯を流し込み、口の中を洗い流す。
眉間に浅い皺を作るだけの彼の顔を見て、急に込み上げてくるものが抑えられなかった。
「ごめん・・・本当に、申し訳無い」

闇に包まれた彼の目が、俺の方へ向き返る。
「何なんだよ・・・一体」
力の無い声は、憎しみに満ちていた。
「何なんだよ・・・あいつも、お前も」
床に跳ね上がる水が、俺のスーツを濡らす。
怒りと侮蔑に震える視線を受け止めながら、身体と心が硬直していく思いだった。
「全部、聞かされたよ。お前と、奴のこと」
「え・・・」
「おっさんとSMやって、売り上げ伸ばそうって?最悪だな」
「それは・・・」
「気持ち悪いんだよ。二人でやってろよ。・・・オレを、巻き込むな」
言葉を失った俺を傍目に、彼はよろよろと立ち上がる。
「オレ、もう、お前のこと、同僚としては見られない」
そう言って、ふらつく足でユニットバスから出て行った。
同僚から告げられる、芯からの拒絶。
どんなに足掻いても、この絶望から逃れることは出来なかった。

擦り切れたワイシャツを乱雑にズボンに押し込み、上着を羽織る。
その姿を視界の端に収めたまま、俺は部屋の隅に立ち尽くす。
床に放られているネクタイを拾い上げた同僚が、俺を一瞥し、動きを止めた。
「奴に伝えろ。オレは、こう言う趣味は、これっぽっちも無いって」
蹴飛ばされた鞭が宙を舞い、重い音を立てながら床に落ちる。
「・・・お前は、好きなんだってな。ホント、どうかしてる」


逃げることは、諦めた。
縋る所の無い心は、落ちていくだけだった。
同僚が他の部署に転属を希望しているという話を聞いたのは、人づてだった。
生きていく為に働く。
そんな当たり前のことにすら、疑問を抱くようになっていた。
このまま全てから逃げることが出来たら、どんなに楽だろう。

有村課長からの呼び出しがあったのは、同僚の異動が決まってすぐのこと。
広い打合せ室の片隅で、俺は別人を装う彼を目の前にする。
「白鳥君は、営業やめるそうだね」
一体何処から聞いてきたのか。
楽しそうに話す声に、不快感が募る。
押し黙る俺に、彼は釘を刺す。
「君も、片棒担いだのは、分かってるだろ?」
悔しさで、身体が震えた。
「私は・・・そんなつもりは・・・」
意味有りげな笑みを浮かべたまま、彼は手元の資料に時間を書き込んだ。
それは、被虐の一時への誘い。
「そろそろ疼いてるんじゃないのか?」
目を伏せた俺の顎に、軽く手を添える。
「ま、君がどう思っていようが関係ないけどね。オレが、君に鞭を入れたいだけだ」

俺がここで拒絶すれば、お得意様を丸々失うことになる。
同僚にどんなに軽蔑されようとも、それは曲げられない事実だった。
風評を広げられる可能性も、考えられる。
全く性欲の無くなった身体は、理性で雁字搦めになっている。
絶望を引き摺りながら、彼の咎を受け入れる他に、道は無かった。


自制心を飛ばす方法が分からない。
ワイシャツの上から打たれる鞭の刺激は、衣服との摩擦が加わり、熱く痛む。
歯を食いしばろうにも、苦痛で震えてカチカチと音を鳴らすだけだった。
乾いた悲鳴を幾ら上げても、痛みが快感に変わることは無かった。
同僚が受けた責め苦。
それを今、俺も、被っている。

振り上げた彼の手が、不意に止まる。
乱雑に床に落ちた俺の上着の中で、携帯の着信を知らせる振動が起こっていた。
それを拾い上げ、発信元を認めた彼は、躊躇無く電話に出る。
「久しぶりだね。白鳥君」
口角を上げながら俺を見る表情は、まるで悪魔のようだった。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(6/7)

「彼は、取り込み中だよ。悪いけど」
霞む視界、遠くなる音。
彼は、俺の携帯を手にしながら、更に俺の身体を虐げる。
太腿の裏に当たった鞭は膝を砕き、繋がれた手枷の鎖を張らせた。
全身の重さを受けた手首は、今にも千切れそうだった。
「君も、何か言っておくか?」
うな垂れた顔に社用の携帯が近づいてくる。

電話の向こうの声は明らかに動揺していた。
「お前・・・何」
彼の言葉を全て聞かないまま、俺は口を開く。
「しら、とり・・・」
それが、全てだった。
「た、す、けて・・・」

瞬間、携帯は床に叩きつけられ、嫌な音を伴いながら転がっていった。
彼の手が首元から下がるネクタイを掴み上げ、歪んだ顔が近づいてくる。
「随分、往生際が悪いな」
苦しさで上半身が痺れていく。
「諦めろ。何もかも。お前は、オレにだけ跪いてれば良いんだよ」
そう言って、彼は鞭を振り下ろす。
自分の意思とは関係なく、身体が跳ねる。
もう、それは、ただの拷問だった。


彼の手が、何の昂りも見せない股間へ伸びる。
「同僚の姿がトラウマか?せっかく鞭打たれてるのに、勃たないのはもどかしいだろう」
ベルトが外され、僅かに空いた腰周りから手が入ってくる。
苦痛に支配された脳に、快感が走ることは無い。
「役に立たない物ぶら下げてても、しょうがねぇよな」
柔らかいモノを弄りながら、彼は鼻で笑う。

これがきっと、まともなんだ。
おかしくなっていた俺の身体は、元に戻っただけ。
絶望の中に、そんな思いが過ぎって、硬直した顔の筋肉が少しだけ緩んだ。
それが、彼の心に火を点けたのかも知れない。
俺から離れた彼は、力任せに腕を振る。
無用の長物と言われた物が、強烈な刺激の洗礼を浴びる。
頭の中に火花が散り、激痛の中で意識が遠くなっていった。


何の反応も示さない身体を痛めつけるのは、楽しくないんだろうか。
気がついた時、俺はベッドの上に寝かされていた。
起き上がれないほどの全身の痛み。
霞む視界を、煙草の匂いが少しずつ洗っていく。
誰かがベッドサイドに座っている気配があった。
確かめるのが怖い。
再び狂気に晒される勇気は、もう残っていなかった。

ふぅ、と煙を吐く声に続いて、煙草を揉み消す音が聞こえた。
立ち上がる物音に、思わず目を閉じる。
額に、手の体温が沁みた。
しばらく前髪を掻き揚げるように撫でた後、その感触が離れて行く。
薄く開いた視界の先にいたのは、助けを求めた同僚だった。
「やっと、気がついたか」
安堵する気持ちが、視界を揺らがせた。

「殴り倒してやったけど、良いよな?」
ベッドに腰掛けた白鳥は、そう言って笑った。
「・・・どう、し、て」
軋む痛みを堪えながら、声を絞り出す。
その声を聞いた彼は、不思議そうな視線を俺に向ける。
「オレ、そんなに人でなしじゃないつもりなんだけどな」
俺の頬を手の甲で撫でながら、言葉を続けた。
「あんな風に言われて、来ない奴がいるのかね」

感謝の言葉を口にしようとした時、苦しさで咽る。
背中と腹の辺りが強烈に痛み、それが即座に全身へ周った。
呻きながらのたうつ身体を、同僚が軽く抑えてくれる。
「部屋に入った時、寒気がしたよ。手遅れだったかと思って」
彼の手が、腕を滑り、手首を撫でる。
追いかけるように視線を移すと、酷く鬱血し青くなっているのが見えた。
「・・・同じ目に、遭わせてやれば良かった」

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
>>> 小説一覧 <<<

自浄★(7/7)

下半身と上半身を二つに裂かれるような深い痛みが、休息を求めることを許さない。
その部分がどんな状態になっているのか、想像するのも怖かった。
無意識の内に、手が動く。
自分の手の感触が有り得ないほど近く感じる。
一撃で気を失ったのは、幸運だったのかも知れない。
幾度と無い衝撃を受け、裂けたスラックスの生地を触りながら、恐怖がぶり返す様だった。

俺の手の上に、彼の手が添えられた。
同僚の視線が、苦痛と屈辱をもたらす場所へ滑っていく。
「何でなんだよ」
誰に向かって吐いた言葉なのか、俺には分からなかった。
切なげな表情を浮かべる彼に、眼差しを向ける。
目が合った瞬間、彼は一つ溜め息をついて、呟いた。
「もっと、穏やかな生き方、出来るだろ?」

ダブルベッドに寝かされた俺の身体の隣に、同僚が横になる。
頬を撫でる手が、優しかった。
「もう、こんなこと、やめろよ」
真摯な表情が、心に刺さるようだった。
淡々とした生き方を望んできたはずなのに、いつの間にか卑しい激情に支配された身体。
激しい痛みと引き換えに解放されたにも関わらず、何故か虚しさが残る。
堕ちた心と身体の拠り所が無くなってしまったからだろうか。
まだ、心の奥底で被虐を求める気持ちが燻っているのかも知れない。
そんな気分が、面前の同僚から視線を外させる。

顔を包む手に僅かに力が入り、俺の顔は彼の方へ向けられる。
「奴がいなきゃ、ダメなのか?」
見下す視線、笑みを浮かべながら容赦なく身体をいたぶる表情。
思い出すだけで吐き気がするのに、忘れられない。
「お前に逃げる気が無いなら、オレが幾ら助けたくても意味無いだろ」
言葉を発することが出来ない口が、微かに開いた状態で震える。
「・・・諦めんなよ。必死でもがいてくれよ」


遮光カーテンの隙間から、光が差している。
身体半分が痺れるような感覚で目を覚ますと、同僚の身体が折り重なるように横たわっていた。
いつの間にか眠ってしまったのか。
起こさないように、そっとベッドを降りる。
痛みはまだ残っていたけれど、一先ず歩けるくらいには回復していた。

ユニットバスで自分の状態を確かめる。
身体中に残された赤い筋、腫れ上がっている片方の睾丸。
現実を直視しながら、状況を肯定できるほどの自信が湧いてこない。

不意に鳴らされたチャイムの音で、身体が固まった。
間を置いて数回。
その音で起きたらしい白鳥が、ユニットバスの中を覗き込み、虚ろな目で言った。
「オレが出るから、お前、そこにいろ」
しばらくすると、誰かの声が聞こえて来る。
それが、俺を未だに捕らえる声では無いことだけで、緊張の糸がほぐれる様だった。

「もうそろそろ、時間なんですけど」
「ちょっと激しすぎたみたいで、まだ相方が伸びてるんだよ」
「仕方無いなぁ・・・ま、延長料金さえ払ってくれれば、良いですけどね」
「じゃ、昼まで頼むよ」
「分かりました。前金で頂けます?」
金を渡すような音がした後、男が同僚に尋ねる。
「救急車とか、呼びませんよね?」
「そこまでじゃ、無いから」
「よくいるんですよ。加減が分からず、入院沙汰にする人が」
「・・・そう」
「それでもやめられないって言うんだから、ああ言う欲求は根が深いんですね」

ドアが閉まり、廊下を歩く音が近づいてくる。
俺の姿を再度認めた彼は、何処か安心したような顔を見せた。
「もう、平気か?」
「ああ、大分」
差し出された手を取り、ユニットバスから出る。
手を握ったまま、廊下で向かい合う。
はだけたワイシャツの隙間から、片方の手が入り込んできた。
「お前も、そうなの?」
「・・・何が?」
「奴も言ってたんだよ。こいつは、いつか必ずオレの所に戻って来る、って」
Tシャツの上から感じられる同僚の手の感触が、軽い痛みを伴いながら動いていく。
「必ず、濁った欲望が、また湧いて来るって」
「俺は・・・」
胸を撫でていた手が背中に回り、そのまま俺は彼の身体にぶつかるように抱き締められた。
「嘘でも良いから、有り得ないって言ってくれ」
彼の腕の力で、身体が軋む。
それでも、その想いが、嬉しかった。
重い腕を、密着する身体に回していく。
「大丈夫。俺は、諦めない」


白鳥の口利きで、俺は有村課長がいるゼネコンから他の会社の担当へ回された。
職場では離れてしまった元同僚との仲も、以前より深まった気がする。
不意に沸き上がる、くすんだ感情。
なかなか浄化されない心と身体に焦燥感を抱くこともあるけれど
少しずつ濾過され、いつか真水に戻る、その日を信じて進む。

□ 32_自浄★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
>>> 小説一覧 <<<
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR