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「お前、その腹、やばいぞ?」
俺の体を見て、高杉さんがそう笑う。
いきなりそんな指摘を受けて、俺は少し腹を引っ込める。
「しょうがないじゃないですか。こんな生活なんだから」
「こんな生活って、オレだって同じようなもんだけど?」
そう言う彼の体は、筋肉はさほど付いていないけれど、均整の取れた体型。
おかしい、確かに生活スタイルはそれほど変わらないのに。
「江上はあれだ、酒、飲み過ぎなんだよ」
「それは・・・否定しませんけど」

小さい頃から、運動は嫌いだった。
部活も、ずっと文化系。
20代も後半になるまで、運動らしい運動は全くして来なかった人間なのに
今、俺は、フィットネスクラブにいる。
会社の近くに出来た店舗の営業攻勢に負けたのか、会社が法人契約を結び
それを知った先輩の高杉さんに、無理矢理連れて来られたのだ。

「オレも運動すんのは久しぶりだからなぁ」
「昔、何かやってたんですか?」
「高校ん時は、テニスやってた」
「マジですか」
「今は、もう無理だろうけどなぁ」
彼はそう言いながら、俺に背中を向ける。
瞬間、声が出なかった。
「あ・・・」
「ん?どうした?」
「いや・・・」
彼の背中には、一面、何かの跡が付いていた。
所々はケロイド状になっていて、斑に赤みを帯びた部分が痛々しく見える。

俺の視線が向けられている箇所を悟ったのか、彼は後ろに視線を落とす仕草を見せる。
「ああ・・・これね」
「どう、したんですか・・・?」
「ガキの頃、火傷してね。皮膚移植の跡だよ」
「そうなんですか」
「自分では見えないから、どういう状態なんだかは分かんないけど」
「まだ、痛みます?」
「まさか、痛くはないよ。たまに痒くなるくらいかな」
そう言って、彼はTシャツを頭から被る。
「小さい頃は、プールとか、憂鬱だったなぁ」
過去を懐かしむような口調で、彼は呟き、振り返った。
「ま、この歳になったら、どうでもいいけどね」


首筋を、まさに滝のように汗が流れていく。
軽いストレッチをして、幾つか筋トレマシンを試して、ウォーキングマシンで歩いてるだけ。
自分では大したこともしていないと思うのに、身体がこんな反応を見せるとは、思わなかった。
横のマシンに乗っている高杉さんは、涼しい顔でTVを眺めている。
これが長年の積み重ねってやつなんだろうか。
そう思いながらも、身体の軋みはそれほど不快なものでもなく
このペースなら、しばらくは続けられるかも知れない、と感じていた。

30分くらい歩いたところで、高杉さんが声をかけてくる。
「まだ、やる?」
「いや・・・初めから飛ばすと、明日がきつそうで」
乱れた呼吸を整えるように、俺はそう返す。
すると彼は、意地の悪い笑みを浮かべて、言った。
「明日?明後日の間違いだろ?」
「なっ・・・」
「次の日に筋肉痛が来る様な身体には、見えねぇけどな」
全くの、図星だった。
「日曜に、湿布貼りに行ってやるよ」
「・・・そりゃ、どーも、ありがとうございます」


会社から数駅先に行ったところにある、会社借り上げのワンルームマンション。
高杉さんとの縁は、そこで隣同士の部屋だったというところから始まっている。
部署が違うから、会社内ではそれほど交流は無いのだけれど
休みの日などは、何かと一緒に過ごすことも多い。
上京したばかりで周りに友達もいなかった俺には、貴重な存在だった。

「何か、食ってくか?」
「いや・・・あんま、食欲が」
「あんだけの運動で、それかよ」
地元の駅前の喫煙所で、先輩は煙を吐き出しながら笑う。
「・・・折角運動してるのに、煙草はやめないんですか?」
「やめねぇよ。ストレス溜めるより、マシだろ?」
「そうですけど」
「確かに、肺活量が凄い落ちてるのは、実感したなぁ」
「酒は百薬の長ですけど、煙草は百害あって一利無し、ですよ?」
「その言葉、好きだな。飲めないオレへの、あてつけか?」
「もちろん」
「生意気な奴」
彼は乱暴に灰皿に煙草を押し付け、もみ消す。
「酒止めて、その腹引っ込めてから、言うんだな」
無防備だった俺の腹に、彼の拳が軽く当たる。
その感触が、彼の言葉の棘を、一層鋭くする。
「酒は止めませんけど、腹は引っ込めますよ、絶対」

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身体中が痛い。
高杉さんの言う通り、全身を筋肉痛が襲ったのは日曜日の朝だった。
隣人からの昼食の誘いが携帯に入ったのは、痛みを何とか和らげようとストレッチをしていた時。
「昼飯、どうする?」
「・・・ちょっと、身体、痛くて」
「やっぱりな。予想通り過ぎて、面白くねぇよ」
「面白いとか面白くないとか言う問題じゃなくて・・・」

結局、悔しいことに、彼との約束は果たされることになった。
部屋にやってきた高杉さんは、若干腰を曲げた俺の姿を見て愉快そうな表情を浮かべた。
「情けねぇな・・・まだ、20代だろ?」
返す言葉も無い俺は、彼に促されるままにベッドに横になる。
「どの辺りが、痛む訳?」
「・・・全部」
「それじゃ、分かんねぇって」
シャツを捲くられ、彼の手が背中を撫でていく。
くすぐったさと痛みが混ざり合う微妙な感触が、少し呼吸を荒くした。

「あっははははははっはは!」
不意に、脇腹を擦られ、思わず笑い声が漏れた。
拍子に背筋が伸び、痛みが走る。
「な、っに、すんですか!」
「悪い悪い、そんなに反応するとは、思わなかったんだよ」
背後でそう笑う彼の手は、一旦動きを止めたものの、再度弱いところを突いて来る。
「ちょっ、マジで、やめてっ」
「敏感すぎるだろ」
しばらく身体を翻弄され、頭がぼんやりしてきた頃、急に襲った冷たい感触が目を覚まさせる。
「つめたっ」
「当たり前じゃん、湿布なんだから」
「貼る前に、一言、言って下さいよ」
「はいはい、じゃ、貼るぞ」

冷たさが、肩や背中に沁みて行く。
気のせいだとは分かっていても、痛みが何となく軽くなった感じだった。
「オレも、貼って貰おうかな」
「高杉さんも、筋肉痛ですか?
「ちょっとね・・・ま、オレは昨日から痛いけど」
いちいち引っかかる言い方をする。
俺のベッドに横になる彼の姿を見て、さっきの仕返しをしてやろうか、そんな気分になった。
けれど、その背中の跡を改めて目の当たりにして、思いは変わる。
「触って・・・大丈夫ですよね?」
「全然、平気」

傷跡をそっと指で撫でてみる。
僅かに反応した背中は、様々な凹凸や質感で覆われていた。
「どうして、火傷したんですか?」
「ん?ああ、ストーブにかけてたヤカン、ひっくり返したんだよ」
背中の大半が、その熱湯を浴びたのだろう。
想像するだけで、鳥肌が立った。
傷としては完治している状態だけれど、見ていると切なくなる。
癒されるはずも無いのに、そんな願いを込めながら、掌をゆっくり滑らせた。
「相当虐められたからなぁ。よっぽど気持ちわりぃんだろうな」
小さく溜め息をついた先輩は呟く。
「そんなこと・・・」
「あるだろ?」
どうでもいいと言ってはいたけれど、やっぱり何処かに引っかかっている。
あまり聞くことの無い口調が、そう思わせた。
「つめてっ」
「さっきの、お返しですよ」
「くっそ~・・・」
「もう一枚、貼っときます?」
「・・・腰の辺りに、宜しく」


3日、3週間、3ヶ月、3年。
物事が長続きする為には、これらの関門をクリアできれば良いんだそうだ。
流石に毎日行くことは無理だとしても、週一くらいのペースは保ちたい。
現業の高杉さんとは仕事のペースも違うから、わざわざ約束はしなかったけれど
お互い、フィットネスに赴く際には電話で確認するようにしていた。

筋肉痛が身体を縛るようなことも無くなった、ある金曜日。
夕方、高杉さんから電話が入った。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。今日、どうする?」
「あ~・・・今日は、ちょっと」
行く気もしない、同僚からの合コンの誘い。
どうしても人数が足りないと言う頼みに、しぶしぶOKを出していた。
「へ~・・・行くんだ?珍しいじゃん」
「どうしてもって言うんで」
「そ。楽しんで来いよ」
若干機嫌の悪そうな声を耳に残したまま、電話は切れる。
今まで、互いの予定に口を出すことは無かったのに。
彼の声にそんな違和感を感じながら、俺はしばらく電話を眺めていた。

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つまらない合コンだった。
と言うか、俺は本当に必要だったのか、非常に疑問だった。
やってきた女の子は4人。
にも拘らず、男連中は倍の8人。
どう考えても、女の子たちの入れ食い状態だ。
結局、見向きもされない仲間たちと、ひたすら酒を飲むだけの時間だった。

惨めな時間のせいで、悪酔いしたのかも知れない。
マンションの窓の明かりは、点いていた。
ドアチャイムを鳴らすと、ドアが開く。
「今、お帰りか?どうした?」
怪訝な顔をする高杉さんを見て、俺は軽い気持ちで疑問をぶつけてみる。
「何か、今日、機嫌悪く無かったですか?」
「別に?」
「そうですか?」
「何なんだよ?」
真夜中の廊下に、静かで、激しい口調の声が響いた。
「俺が合コン行くの、そんなに不満ですか?」
「そんなこと、言ってねぇだろ?」
「だって・・・」

不意に、腕を引かれる。
玄関に引きずり込まれ、背後でドアの閉まる重い音がした。
「うるせぇよ」
そう言うや否や、俺の身体は彼に抱き締められる。
「ちょ・・・っと」
「・・・不満で、悪いか?」
耳元で発せられた言葉に、鼓動が早くなる。
発するべき声を見失った俺の身体は、すぐに彼の元から押し返された。
「お前、飲み過ぎ。とっとと帰って、早く寝ろ」

壁を一枚隔てた向こうに、彼はいる。
何をしているのか、知る由も無い。
もちろん、何を考えているのかも、分からない。
強い力で抱えられた腕の感触が、二の腕からまだ消えない。
縋り付く様な声のトーンが、耳から剥がれない。
不機嫌な時や怒りに震える場面は何回か見てきたけれど
あの彼の雰囲気は、今までに無いものだった。
何故彼は、あんなことをして、あんなことを言ったのか。
幾ら考えても分からないけれど、何となく今までの関係が歪んでしまう様な気がして
言い様の無い不安が、心に影を落とす。


場の勢いに任せて飲むのが好きだ。
あまりベロベロに酔うことも無いし、記憶を失うことも無い。
けれど、一晩経っても、上手く酒が抜けないことが多い。
昼前に、家のドアチャイムが鳴る。
「ほら、食っとけ」
いつもと変わらない様子の先輩は、スポーツドリンクのペットボトルと
レジ袋いっぱいのリンゴを差し出してくる。
「・・・すみません」
胸焼けの酷い俺は、まともに顔さえ上げられない。
「何でこうなるって分かってて、同じこと繰り返すかねぇ」
きっと、あの意地の悪い笑みを浮かべてるんだろう。
そう思いながら、全くです、とうな垂れながら答える事しか出来なかった。

「あと、オレ、来週からちょっと家空けるから」
帰りしな、彼は言った。
「・・・え?」
「3ヶ月くらい、大阪の現場の応援に行くことになったんだよ」
「えっ?」
突然のことに、思わず顔を上げる。
気持ち悪さも忘れて、問いかけた。
「いつから、ですか?」
「来週の水曜日」
「随分、急な」
「前からやばいって話はあったんだけどさ」
「そうですか・・・」
ありふれた日常が、僅かに変わる。
そのことが、奥底の不安を助長した。
「たまに、ポスト見ておいてくれるか?」
「え、ええ・・・良いですよ」
「その間に、ちゃんと鍛えておけよ?」

ぎこちない週末が過ぎ、彼はさほど大きくないスーツケースと共に、旅立って行った。
土曜日も現場が動くと言う理由で、週末にも帰って来ないと言う。
いつも側にいる人がいなくなる。
少し開放的な気分になりつつも、一抹の寂しさは拭えなかった。

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彼のいない生活は、それまでのものとさほど変わりは無かった。
却って、積極的に外に出るようになったのかも知れない。
春も近くなり、その陽気に誘われるように、自転車も買ってみた。
荒川の土手をぼんやり走っていると、曖昧な喪失感が少しずつ埋まっていく。

草の上にに腰を下ろし、川面を眺めていると、携帯が震え出した。
「よう、元気か?」
声を聞くのは、2週間ぶりだった。
忙しいだろうと気を遣った部分もあったけれど、いざ距離を置いてみると
何を話して良いのか分からなくて、かけるタイミングを逸していた。
「変わりありませんよ。そっちはどうですか?」
「や~、やべぇよ」
「何が?」
「すげぇ太ったかも」
「まだ、そんなに経って無いじゃないですか・・・」
「毎日ホテルとの往復だけだし、何より、飯が旨すぎる」
大阪に行ったことが無いからだろう。
俺の中の彼方への憧れは、相当大きい方だと思う。
話を聞いているだけでも、腹が減って来る。

「不味いより、よっぽど良いじゃないですか」
「そりゃ、そうだけど」
「ちょっと運動してみるとか」
「一人じゃやる気になんねぇよ」
「俺の腹をバカに出来なくなりますよ?」
「それは嫌すぎるな」
彼の朗らかな笑い声が、柔らかな風のように、耳を流れていく。
眩しい光の中で思い返す彼の顔は、あの夜の面影を全く残さない。
戸惑いを完全に消化出来た訳では無かったけれど
こうやって話をしている時間を、素直に楽しいと思えるようにはなっていた。


ポストの中は、公共料金の領収書や区の広報紙、チラシやDMで一杯だった。
用心の為に一週間に一度覗いては、回収している。
高杉さんが出張に出てから一ヶ月半ほど。
机の一角に、自分宛てではない郵便物が積み上がる程に、その時間の長さを感じさせた。

3月に入ったある日。
夕方、労働局での講習会から戻ると、部署内が騒然としていた。
「何か、あったんですか」
「大阪の現場で、事故だ。仮設の足場が崩れたらしい」
「え・・・」
「向こうも混乱してて、まだ詳しい情報が入って来ないんだよ」
「・・・怪我人は?」
「出てるみたいだけど、生死は不明らしい。・・・こりゃ、しばらく現場止まるかもな」
高杉さんの顔が、脳裏を過ぎる。
どうか無事でいて欲しい。
震える手を落ち着かせながら、俺は業務に戻る。

こんな情報化社会になったにも関わらず、事故の詳細が伝わってくるまでには時間がかかった。
警察の現場検証も入っていたのだろう。
現場に常駐している社員が電話を寄越してきたのは、夜になってからだった。
「作業員2人と、社員1人か・・・とりあえず、命に別状は無いんだな?」
電話を受けた課長が、沈痛な面持ちでそう話す。

倉庫内で天井に送風機を吊っている時、ワイヤーが切れてその送風機が足場を直撃した。
事故の概要は、そう言うことだったらしい。
大きな送風機だけあって、重さもそれなりにある。
激突された足場は上部何段かが崩れ、下にいた人間に当たったのだそうだ。

「とりあえず、何かあったら連絡してくれ・・・ああ、ご苦労さん」
話し終わった課長が、ふぅ、と小さな溜め息をつく。
「向こうは、どんな感じなんですか?」
「事後処理に追われてるみたいだな。とりあえず、2、3日は工事もストップだ」
「ウチの社員も怪我を?」
「ああ、向こうに常駐してる、設計の人間らしい」
不謹慎ながら、少しホッとしてしまう。
とは言え、工事の中断は大きな損失。
現業のヘルプとして行っている彼も、慌しくなるに違いなかった。
「労災申請が来るな・・・また労基の世話になるのか」


現場とは離れている総務課とは言え、今回の事故と無関係ではいられない。
課長が懸念する労災申請の準備、負傷した社員への補填。
作業に追われているうちに、時計は既に12時を回ろうとしていた。
背伸びをしようと腰を伸ばした時、電話が入る。

「お疲れ。まだ会社か?」
疲れた様子の先輩の声は、何処かくぐもって聞こえる。
「高杉さんも、まだ現場ですか?」
「ああ、工程の見直しがあるから、今日は徹夜だな。そっちもバタバタしてるんだろ?」
「そうですね、やっと一段落ってところです」
彼はその言葉に乾いた笑いで答え、ふと黙り込む。

「・・・どうかしました?」
「オレも・・・その場にいたんだよ」
空間に響いた轟音、降ってくる鉄板、誰かの叫び声。
その状況が、彼の心に少なからずの恐怖を植えつけたらしい。
「大変、でしたね」
「ま、仕方ないな。こう言う仕事だ」
自分に言い聞かせるように、彼は呟く。
「じゃ、そろそろ戻るわ。あんまり無理するなよ?」
「高杉さんも」
「オレは、今が無理のしどころだからな」
そう笑いながら、最後にこう付け加え、彼は電話を切った。
「お前の声聞けて、良かったよ。頑張れそうだ。じゃあな」

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現場の事故から2週間あまり。
工事のペースは通常通りに戻りつつあると言う話だった。
俺の生活リズムも徐々にいつも通りになって来て
やっと習慣化してきたフィットネス通いも、苦から楽へと変化して来た。
ただ、週末は何処と無く物足りなくなることが増え
開放的な気分になっていた2ヶ月前とは違う感情が、俺の中に芽生えてくる。

「で、腹は引っ込んだのか?」
俺が運動のことを話題に出すと、彼は必ずそうやって絡んでくる。
実際のところ、締まって来た実感はあるものの、腹は簡単には凹まない。
「高杉さんが戻るまでには・・・多分」
「へ~、楽しみにしておくわ」

部屋のテーブルには、コンビニで買った弁当と発泡酒。
彼に引っ張られるように連れて行かれていた近所の定食屋は、もう、ご無沙汰だった。
「後、1ヶ月ですか?」
「ん?」
「こっちに戻るまで」
「ああ、それくらいだな」
暗くなった窓の外を見ながら、無意識に言葉が出た。
「高杉さん」
「何だ?」
「・・・寂しい」
一瞬言葉を失った彼は、軽く笑い声を上げて、言った。
「可愛いこと、言ってくれるじゃん」

自分で言った言葉で、思わず照れくさくなる。
どもる俺の様子に気が付いたのだろうか。
「そっち、晴れてんの?」
「え、ええ・・・朝はちょっと雨が降ってたんですけど」
急な問いかけに、窓の側に寄り、外を見る。
「月、出てるか?」
見上げると、上階のベランダの縁ギリギリに、歪な月が目に入った。
「出てます。満月・・・じゃあ、無いですね」
「当たり前なんだけど、不思議だよな」
「何が、ですか?」
「テレビとか、映像じゃなくてさ、こんなに離れてるのに、同じものを肉眼で見てるって」
その言葉に、気持ちが少し落ち着くような気分だった。
俺と彼は、確かに今、同じ時を過ごしている。
それが、嬉しかった。
「これでちょっとは、寂しさも紛れるだろ?」
「・・・そうですね」
「江上」
「はい?」
「オレも・・・早く帰りてぇな」
強気な彼の、切なげな呟き。
待ってます、そう返した後、俺たちは無言のままで、しばらく月を見ていた。


20kgのウェイトですら上げられなかった3ヶ月前よりは、だいぶ進歩したと思う。
マシンによって変わる筋肉の使いどころも、コツが掴めて来た。
ウォーキングの速度も上がり、若干の傾斜をつけても鼓動が激しくなることが無くなった。
人間の身体は、30歳を前にしていても、柔軟に負荷に対応する力を持っている。
そのことを、身を持って実感していた。

広い湯船に浸かり、ぼんやりと視線を泳がせる。
鍛えられた、もしくはその途上の男たちの身体は、やっぱり俺の身体とは違って
羨ましくなったりもする。
ひとまず、高杉さんに馬鹿にされない程度の腹にはなったと思う。
このまま続けていけば、いつか自分の身体もあんな風になるんだろうか。

若干のぼせ気味の視界に、彼と似た背格好の身体が映り、思わず目が行った。
けれど、背中に傷跡が無いことを認めると、微かに寂しさが込み上げる。
いないことは分かりきっているのに、どうしてなのか、つい探してしまう。
今週末、彼は戻ってくる予定だ。
一日一日を噛み締めながら、募る想いが大きくなっていく。
早く、会いたい。
自分の中での存在の大きさを、思い知らされる気分だった。

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土曜の昼に、東京駅に着く予定。
そう話していたから、片手では持ちきれないほどの郵便物は、まだ机の上に積んだままだった。
ドアチャイムに起こされ、時計を見るとまだ朝の7時前。
ぼんやりする頭でドアを開けると、そこには疲れた様子の彼が立っていた。
「まだ、寝てたか?」
「昼って、話じゃ」
「ああ、バスで帰ってきたんだよ。・・・その方が早く着くから」
はにかむ彼は、紙袋いっぱいの土産物を玄関に置いた。
「起こして悪かったな。後で、また来る」
喜ぶ隙も与えず、彼は早々に出て行く。
待ち遠しかった日常が戻ってくる。
それだけで、俺の心は安堵で一杯になった。

いつもの店で、いつものように彼と向かい合って飯を食う。
何でもないことなのに、妙に昂る気分になっていることが不思議だった。
彼の土産話は尽きることが無かった。
それほど饒舌ではなかったのに、よく喋る関西人に感化されたのだろうか、と可笑しくなる。
「そんなに楽しかったのなら、もっと居れば良かったのに」
つい軽口を叩くと、彼は一瞬鋭い視線を俺に向ける。
「何それ、本気かよ」
「・・・冗談ですって」

煙草を咥える彼の顔は、確かに若干丸みを帯びたようにも見える。
俺の視線に気がついた彼は、突然、俺の顔に手を伸ばした。
「お前、ますます顔小さくなったな」
「そうですか?」
身体の割に顔が小さい、と言うのは昔からよく言われて来た事だ。
だからなのか、多少腹が出ていても太っていると思われることはあまり無い。
「しばらく、一緒にフィットネス行くの、止めとこうかな」
「何でですか?」
「マジ、太ったんだって」
「気にしませんよ、俺は」
「・・・オレが、嫌なの」
バツの悪そうな顔をして呟く彼。
それを誤魔化すように、俺は一つの約束をした。
「じゃ、湿布くらいは貼ってあげますよ」


相当な寂しがり屋だ。
彼が大阪から帰って以来、そう実感することが多くなった気がする。
変わらない日常。
それだけじゃ物足りなくなってきた、自分の気持ち。
こんなに近くに、いるのに。
遠く離れていた時よりも、恋しさが募っていく。

「すげー、身体痛ぇんだ」
昼になっても音沙汰が無かった土曜日。
隣の部屋を訪れると、身体を引き摺るような彼が出迎えてくれた。
「3ヶ月前の俺を見るようですよ」
そう笑うと、彼は悔しげな口調で吐き捨てた。
「ちくしょ~・・・何も言い返せないのが、情けねぇ」

諦めたように、彼は自分のベッドに横になる。
「身体鈍るのって、あっと言う間だな・・・」
風呂から上がって時間が経っていないのか、熱を帯びた背中は斑に赤くなっていた。
思い返していたよりも、やっぱり直接目にする傷跡はリアルで、触るのに戸惑いを感じる。
「どの辺、痛みます?」
「背中かなぁ・・・肩甲骨の下辺り」
そっと指でなぞる。
体温が肌に滲みて、やっと、彼が戻ってきたことを噛み締められた。
「貼りますよ?」
「おう、頼む」
湿布を貼ると、彼の身体は瞬間強張り、力が抜けたようにベッドに軽く沈み込む。

そのまま背中から腰の方へ手を滑らせる。
無防備な身体を見ながら上半身を前に倒すと、ベッドの軋む音が響いた。
「何?お前、傷フェチ?」
俺の顔の気配を感じたのか、高杉さんはそう聞いてくる。
その問に答える事無く、唇で背中を撫でる。
背筋の窪みが深くなり、少し身体が傾いた。
「・・・くすぐったいって」
「前の、お返しですよ」
柔らかい脇腹に手を添えながら、慰める様に、何度も唇をつける。
小さく反応を繰り返す彼は、何も言わずに行為を受け入れていた。

「もう一枚、貼ります?」
「いや、もう良いよ」
彼から離れてベッドを降りると、彼はゆっくりと身体を起こす。
その顔を見て、急に気恥ずかしさが込み上げる。
思わず視線を外すと、彼の手が俺の頬を包んだ。
「オレ、背中の感覚、あんまり無いんだよね」
手に力が入り、俺は彼と向き合う格好になる。
「折角キスしてくれるんだったら、今度は、もっと感じるところにしてくれよ」
躊躇う唇が、震えた。
彼はそれ以上顔を近づける事無く、目を細める。
やがて、頬から熱い感触が離れて行った。
「昼飯、食いに行くぞ」


「1ヶ月で、元の体型に戻して見せるさ」
歩きながら、彼は自信たっぷりの口調で言った。
「それまで、一人で行くつもりですか?」
「一緒に行きたいなら、そう言えよ」
「高杉さんこそ」
窺うような視線を送ると、睨みつけるような視線が返って来る。
「・・・じゃ、水曜の夜な。電話する」

晴れた空を見上げると、行く手に白い月が浮かんでいた。
足を止めて、彼と共にしばらく見入る。
同じものを見て、同じことを感じて、同じ時間を過ごす。
それだけのことが、俺の心を満たしていくようで、嬉しかった。

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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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