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成就★(1/13)

「都築、3時15分に出られるか?」
「ええ、大丈夫です」
新規物件の顔合わせは、夕方の4時から。
上司である係長の仁科さんと二人で、先方に出向くことになっている。
今回の担当者は一癖あると有名な人らしく
それほど経験の多く無い俺にとっては、若干緊張感のある打合せになりそうだった。

会社から先方までは、電車で大よそ30分ほど。
大きな階段が続くアプローチを進み、玄関を入る。
中は5層ほど吹き抜けになっていて、正面には噴水があった。
「・・・すごいですね」
「都築は、ここ、初めてだっけ?」
「そうです」
「ま、バブルの残り香ってところだろ」
軽い毒を吐きながら、仁科さんは受付へ向かう。

「ホウセツの仁科と申します。設備設計部一課の山崎課長とお約束しているのですが」
「少々お待ち下さい」
受付のお姉さんが内線で確認をしている間、俺は噴水を眺める。
この水は上水なのか、雨水再利用なのか。
そんなことを考えて、自分自身の思考のつまらなさに気が付く。

「お待たせしました。3階の打合せ室までお越しくださいとのことです」
来館証を受け取り、エレベーターで3階へ向かう。
その中で、仁科さんは噴水を見やり、言った。
「あの水、雨水かね?」
「でも、建物規模的には、そんなに量は取れませんよね」
この思考の働きは、一種の職業病なのかも知れない、そう思った。


打合せ室に入ってきたのは、土建屋と言うよりはデザイナーのような
流行の眼鏡と、派手めなスーツを着た40代後半の男性だった。
白髪混じりの短髪が歳を感じさせるが、それを除けば、若々しいと言う言葉が似合う。
うちの会社には、絶対居ないタイプだ。
「どうも、山崎です」
軽く会釈をして、名刺交換をする。
「ホウセツの仁科です。こちらは、部下の都築です」
「設備技術二課って言うと、高木のとこか」
「はい。お世話になっているとの話は聞いております」
「世話って程じゃないけどね。昔からの知り合いだから」
席に促す仕草も、何処と無く上品な雰囲気が漂う。
もっとも、そこには、仁科さんや高木課長が言う "一癖" が含まれていることも感じられた。

「今回は、施工の方もホウセツさんでやるんだよね?」
「ええ、そうなります。設備設計・工事含めた形です」
うちの会社は、機械・電気設備の設計施工会社。
今回の話も、元は施工部隊の営業が持ち込んできたものだった。
俺がいる部署は各設備設計の調整をして、施工への引渡しを担当している。
「今までも色々お願いしているから、心配はして無いけどね」
「ありがとうございます」

話し合いは、初回だからか、思いのほか穏やかに進んだ。
物件は大手スーパーを核とした、中規模のショッピングモール。
うちの会社では得意としている業態だ。
「今回は、エコを全面にアピールしたいって言うのが施主の要望でね」
雨水再利用はもちろん、太陽光発電・風力発電・コージェネを含めた大規模設備や
空調機についても、ガスと電気の双方を導入したいと言う話。
施主要望として、エコと省エネを絡めた提案書を先行で作成して欲しいとのことだった。
「こういう設備が集客を呼ぶからねぇ。最近は」
「そのようですね」
「究極の省エネは、建物なんか建てないってことなんだけど」
山崎課長は、そんなことを愉快そうに言う。
俺たちがそれを言ったらお終いだ、そう思うと、引きつった笑いしか出なかった。

打合せが終わり、部屋から出ようというところで、仁科さんが呼び止められる。
「ああ、仁科君」
「はい?」
山崎課長は、ドア付近で立ち止まった俺に視線を投げかける。
先に出てろと言うことなんだろうと理解して、廊下へ出た。
階下には、さっきの噴水が見える。
周りの緑化部分の照明灯は、上の部分に太陽光パネルがついていて
ささやかなエコアピールと言ったところだろうか。

程なくして、仁科さんが山崎課長と一緒に出てくる。
「待たせて済まないね」
「いえ」
「では、失礼します」
「じゃ、宜しくね、仁科君」
そう言って、課長は笑みを浮かべた。
仁科さんは、軽く頭を下げて、それに答える。
二人の間でどんな話があったのか、帰りの電車の中でも、話すことは無かった。

□ 16_成就★ □
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成就★(2/13)

あれから1週間ほど経った、火曜日の朝。
会社に出社してきた仁科さんの姿を見て、部署内が騒然となった。
顔の何箇所かに傷を作り、左目のまぶたが腫れ上がっている。
若干身体を引きずるような歩き方から、傷が付いているのは顔だけじゃないと分かった。
「仁科」
高木課長の声が飛ぶ。
「はい」
「どうした、それ」
「昨日、ちょっと・・・酔っ払いに絡まれまして」
「お前、そんな顔で客先行くのか?」
「すみません」
あまりに痛々しい顔で、表情は良く分からなかったけれど
慎重な口調から、何かを隠している、そんな気がした。

仁科さんは自席に着く前、事務の村上さんに声をかける。
「誉田建設の山崎課長から電話があったら、オレ、一日外出って言っておいて」
「分かりました」
例の物件に関する資料を眺める俺に一瞥をくれて、仁科さんは席に着く。
様子のおかしい上司に、気軽に声をかけられるほどの度胸は無かった。
再び資料に目を通していると、あちらから声がかかる。
「都築、進みはどうだ?」
「機械と電気から、設備の提案は上がってきてます」
「コスト含めてまとめるのに、どのくらいかかる?」
「明後日には」
そうか、と呟き、何かを考えている。
「オレ、木・金と出張だから」
「ええ」
「山崎課長から呼び出し喰らったら、来週明けに持ってくって言っておけ」
資料提出の期限は特に切られてはいなかったけれど
いつもの仁科さんなら、出すものはさっさと出す、と言うところだ。
まだ俺には、一人では任せられないと言うことなんだろうか。

夕方まで、仁科さんは殆ど口を開かなかった。
その時、会社の外線が鳴る。
「はい、ホウセツ設備技術二課です」
村上さんの視線が、仁科さんに移る。
「申し訳ございません。本日仁科は外出しておりまして」
山崎課長か、と悟る。
「・・・都築ですか?おりますが。少々お待ち下さい」
そのやり取りを聞いて、仁科さんが言う。
「資料は、今作成中だって言え。打合せの話が出たら、はぐらかしておけ」
いつもとは違う口調に、余計緊張する。
とりあえず、ペースに飲まれないようにしよう、そう思いながら受話器を取る。

「お電話替わりました。都築です」
「ああ、山崎だけど」
「お世話になります」
「例の資料、進みはどう?」
一先ず、電話での会話はつつがなく進んだ、と思う。
低く、落ち着いたトーンの声を聞いていると
きっと山崎課長は、足を組んで、頬杖を付きながら喋っているんだろう、そんな気がしてくる。
「ところで、仁科君は今日居ないんだって?」
「え、ええ・・・。何かあれば、お伝え致しますが」
思わず仁科さんを見る。
彼は、電話をかけている俺を、じっと見ていた。
「いや、別に。じゃ、宜しくね」
ただの電話なのに、妙な雰囲気だったせいか、掌が少し湿っぽい。

「何か言われたか?」
「いえ、特には。打合せの話も、出ませんでした」
仁科さんは俺の側に来て、そっと耳打ちする。
「何があっても、一人で打合せに行くな。良いな」
「・・・分かりました」
何かがおかしい。
けれど、その言葉の意味が、俺には分からなかった。


上司の命令と、元請けの要請。
どちらを重視するべきなのか、この時俺は、判断を誤ったのかも知れない。

仁科さんは出張中で、一応今日の夜には帰社予定だった。
高木課長も外出で、夕方戻り予定。
そんな中で、俺宛の電話がかかってきたのは午後の3時過ぎのこと。
「ああ、山崎だけど」
資料提出の催促だろうか、そのくらいの気持ちで聞いていた俺は
次の言葉を聞いて、一気に動揺する。
「急で悪いんだけど、ちょっと来られるかな?」
「今からですか?」
「施主から、来週火曜までに検討してもらいたい資料があるって話が出てね」
「ちょっと、上と相談を・・・」
そう言うや否や、山崎課長の鼻で笑うような声が聞こえた。
「君も担当だろう?君の判断で良いんじゃないのか?」
「そうですが・・・」
「時間は取らせないよ」
仁科さんの声が思い返される。
あれだけ緊迫した警告の言葉を聞いたのは、初めてだった。
けれど、期限が迫っていると言う話であれば、上司の帰りを待つ時間は無かった。
「わかりました。お伺いします」

相変わらず、噴水からは絶え間なく水が流れ落ちていた。
受付のお姉さんから来館証を受け取る手は、少し震えていたかも知れない。
以前と同じ打合せ室には、既に山崎課長がファイルを前に座っていた。
「お待たせしました」
「いやいや、急な話で悪いね」
新たな施主要望は、この地域のインフラの基礎資料についてだった。
電気・ガス・水道・下水、それぞれの敷設状況と料金形態について
ざっくりとまとめた資料が欲しいとのこと。
「この程度なら、何とかなるよね。火曜日の会議に使いたいらしいんだ」
「大丈夫かと思います」
「色々頼んで悪いんだけど」
悪いとは思って無いんだろう、山崎課長の表情からは、そんな印象を受けた。

「ところで、仁科君はどう?」
「・・・といいますと?」
山崎課長の笑みが、意味ありげなものに変わる。
「彼、いい男だよねぇ」
「はぁ・・・。本人も喜ぶと思います」
確かに、仁科さんは悪い顔では無いと思うが、そんなに言うほどのイケメンでもない。
背が高くてガタイも良く、いかつい風貌から、女性受けは良くないんじゃないだろうか。
「あんな男を懐柔できる気分は、最高だね」
「え?」
「何も聞いて無いんだ。・・・当たり前かな」
目だけが笑っていない笑みを浮かべる課長の意図は、全く分からない。
頭の中が軽く混乱する感覚を覚えた。

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成就★(3/13)

瞬間、左腕を掴まれる。
驚きで声が出なかった。
「彼は、ホントに会社思いだよね」
「・・・どう言う、意味ですか」
「この間、彼に接待して貰って」
前の打合せで話していたのは、そのことだったのか。
「月曜日の夜かな」
仁科さんが傷だらけの顔で出社してきたのが火曜日。
その、前の日。
「・・・そうですか」
腕を掴まれたまま、俺の声は震えていたと思う。

俺の表情が固まっているのを確認するように、山崎課長はニヤリと笑う。
「あんな男が、泣きながら男のモノを咥えるんだから」
「・・・は?」
「会社の為なら、何でもするって言うからねぇ。やらせたんだよ」
「仰ってる意味が・・・」
震えは声から全身に広がっていた。
「どんなに殴られても、蹴られても、最後は宜しくお願いしますって帰ったからね」

堪忍袋の緒が切れる時、音はするもんなんだろうか。
楽しげにそんな話をする課長を見て、俺の頭の中で、何かが切れた。
最低だ、そう口から出かかった瞬間、逆の手でスーツの襟を掴まれる。
「次は、君の番だよ」
目の前の眼鏡の奥では、不気味に笑う目が俺を見ていた。
一人で行くな、仁科さんがどんな思いで、そう言ったのか。
気付くのが遅すぎた。

不意に、ドアの脇に置かれた内線電話が鳴り出す。
椅子が音を立てるほど、全身がびくついた。
山崎課長は小さな舌打ちをして、電話へ向かう。
「・・・ああ、そうだったな」
一先ず、ここからは解放されそうだ、そんな雰囲気を感じ取り
俺は、これ見よがしに資料を整理し始める。
程なく電話は終わり、山崎課長は不機嫌そうに言った。
「どうでもいい来客に、邪魔されるとはね」

机の上を適当に片付けながら、課長の視線は俺に向けられる。
「その資料は、君が持ってくるんだ。月曜日の夜7時。良いね」
気が遠くなりそうになるのを、ぐっと堪える。
「もし、仁科君と来るようなら」
襟元を掴まれ、引っ張られる。
課長の口が、俺の耳元で止まった。
「君の見ている前で、彼と楽しませて貰うよ?」
この気分を表す言葉を、俺は知らなかった。
目の前にあるのは、絶望だけだった。


「お客様」
そう声をかけられるまで、受付を素通りしたことに気が付かなかった。
慌てて来館証を返し、アプローチの階段に差し掛かる。
足が震えてスムーズに降りられないほど、動揺していた。
中程まで降りたところで、一旦腰を下ろす。
その時、携帯電話に着信があった。
仁科さんだった。
「お疲れ様です」
「お前、今、何処にいる?」
俺の出先を会社から聞いたのだろうか、明らかに怒っている声だった。
「・・・すみません」
小さく溜め息をつく声が聞こえる。
「言い訳は後で聞く。タクシーで拾ってやるから、15分くらい待ってろ」
仁科さんの後ろでは、新幹線のホームのアナウンスが流れていた。
分かりました、そう言って電話を切った。

顔を上げるのも億劫になっていた。
誰かが階段を上がってくる音に、視線を上げる。
「行くぞ」
目の前に、険しい顔をした仁科さんが立っていた。
俺は何も言えず、黙って後ろを付いていく。
今すぐ何処かに逃げ出したい。
そんな気分だった。

タクシーの中は、あたかも尋問室のような空気だった。
「どうして一人で行った」
「至急の案件だと言うことだったので・・・」
「オレに電話くらい出来るだろ?」
「すみません。時間が無いと、判断しました」
こうやってお叱りを受けるのは、特別なことではない。
けれど、直前に受けた傷に塩を擦り込まれる様に、俺の気分はどんどん落ちていく。

外には、見慣れた風景が流れ始める。
そろそろ会社に着くらしい。
荷物をまとめる仁科さんは、ふと呟いた。
「・・・何か、言われたか?」
どのことを言っているんだろう、と一瞬迷うが、どれも口に出せるような事ではなかった。
「いえ、特に・・・」
そう言うのが、やっとだった。

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成就★(4/13)

この嘘がばれたら、仁科さんはどうするだろう。
激怒するだろうか。
呆れて物も言えなくなるだろうか。

翌週の月曜日、約束の資料はメールで送ったと報告し、俺は会社を出た。
あの人のことだから、朝から落ち着かない気分でいたことくらいは気付いていたはずだ。
週末の土日は、何も食べることが出来ず、睡眠も殆ど取れなかった。
この判断は、まともじゃなかったと思う。
でも、この判断をするしかなかった、はずだ。

長い階段のアプローチの先には、既に鉄格子のシャッターが下りていた。
地下に回り、守衛室で山崎課長に取り次いで貰う。
「今、こちらに降りてくるとのことですから、少々お待ち下さい」
資料を渡すなんて言うのは、ただの口実であることは分かっていた。
律儀に持って来たのは馬鹿みたいだな、そんなことを思う。

奥から、課長が歩いてくる姿が見えた。
緊張感が走る。
課長は俺の顔を見て、満足そうな表情を浮かべた。
「じゃ、行こうか」
何処へ行くかを知らされないまま、俺は後に続く。
不安と恐怖と、仁科さんへの申し訳なさが、感情の殆どを占めていた。


タクシーの外に流れる風景は、あまり知らない場所だった。
大きな道に出ると、左側にお台場の風景が見えてきて、やっと自分の居場所を把握する。
車が停まったのは、名前だけは聞いたことのあるホテルだった。
夜景が綺麗でカップルに人気だと言う話だが、今の俺には何の感慨も無い。

ロビーには、意外にサラリーマンの姿も多い。
出張で東京へ来て、ここへ一泊、と言うことなのだろうか。
そう言う意味では、男二人で泊まることも、別段珍しいことじゃないんだろう。
目的がまともかどうかなんて、誰にも分からない。
俺と課長だって、出張中の上司と部下くらいにしか見えないはずだ。

フロントでチェックインをする課長を後ろから眺める。
その振る舞いから、彼がここに泊まるのは初めてじゃないんだろうと思う。
相手は奥さん、愛人、それとも男だろうか。
仁科さんも、ここに連れてこられたんだろうか。
理性を保つ為に、次から次へと思考を巡らせる。
その内に手続きは終わり、鍵を持った課長が目で合図を送ってくる。
目を閉じ、呼吸を整えた。
震える足を引きずるように、エレベーターへ向かう。


部屋から見える夜景は、確かに凄かった。
海側を向いている窓からは、レインボーブリッジからお台場、横浜までが一望できる。
俺は荷物もそのままに、遠くに揺られている船の灯りを見ていた。
「荷物くらい置いたら」
後ろから、持っていたカバンを取り上げられる。
ネクタイを緩めながら近づいてくる課長が、窓越しに見えた。
動くことも、振り返ることも出来なかった。

後ろから抱き締められる。
課長の顔が肩越しに覗いていた。
「君には、どうやって接待して貰おうかな」
耳元で囁かれる言葉で、背筋が凍る。
腕に力が入ったと思った瞬間、後ろを向かされ、突然みぞおちに一撃を喰らう。
あまりの痛みに、膝をついた。
「良い顔、見せてくれよ」
俺を見下ろしながら笑う課長の顔は、打合せ室での彼とは別人のようだった。
見事な夜景を背に、しばらくの間、暴力は続く。
身体を縮こませ、腕で顔を防護するのが精一杯だった。

今まで、誰かに殴られるような経験は殆ど無かった。
屈辱と憤りが入り混じるような感情が、朦朧とする頭の中を彷徨う。
痛みで喘ぐ身体は、ベッドの上に引きずり上げられた。
課長は俺の上に馬乗りになり、そのままネクタイを外し始める。
「何を・・・」
ネクタイが首の周りを滑り、床に落ちていくのが見えた。
ワイシャツのボタンに手をかけながら、彼は言った。
「分かるだろう?」
二の腕に鳥肌が立ち、震えで歯がカチカチと鳴った。
「ワイシャツを破かれたくなかったら、黙ってるんだね」

ボタンが外され、下に着ているTシャツの中に、手が入ってくる。
「見た目通り、痩せてるねぇ」
ゴツゴツした手の感触が腹や胸に広がってきて、寒気がした。
「・・・やめて下さい」
震える声で訴え、彼の腕を掴もうとする。
その腕を押しのけ、彼の手は俺の首元を押さえる。
「君の意思で来たんだろう?・・・何をされるか、分かってるにも拘わらず」
首を締め付けながら、彼は笑みを浮かべる。
底の無い闇に、落とされた気分だった。

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成就★(5/13)

苦しみから解放されると、身体を起こすように腕を引かれる。
殴られ、蹴られ続けた腹の辺りが酷く痛んだ。
ベッドから降りた課長は、俺のネクタイを拾い上げながら命令口調で言ってくる。
「ズボン脱いで、ベッドに座って」
それ以外の選択肢は無かった。
窓には、貧弱な身体の自分が、情けない格好で映っていた。
なるべく目に入らないよう、俺は床に目を落とす。

縁に腰をかけると、課長は俺の後ろに回りこむようにベッドに胡坐をかく。
後ろから脛の辺りをつかまれ、思わず横に倒れそうになった。
「足、曲げて」
かかとを太ももにつけるように曲げられ、折り重なった部分が、ネクタイで縛られる。
締め付けられる痛みよりも、自由が奪われていく不安の方が大きかった。
もう片方の足にも手がかかる。
首を振って抵抗の気持ちを表しても、何の効果も無いことは分かっていた。

両足が拘束され、腕で自分の身体を支えないと座っていられない。
それを分かっているのだろう、彼は俺の肩を自分の方へ引き寄せる。
結果、身体は彼に寄りかかる形になった。
はだけたワイシャツを肩口までずらし、彼は首元に唇を滑らせる。
居心地の悪い感覚に、身体が痺れる。
「まずは、自分でして貰おうか」
耳元で、信じられない言葉が響く。
俺の手は、彼の手によって股間へ促された。
「いつもしてるだろう?」
こんな異常な状況で、勃つのか。
命令を聞く以外に道が見えない中、俺はそんなことしか考えられなかった。

彼の手は、太ももから腰、腹、胸へと満遍無くまさぐって来る。
トランクスの中で自分のモノを扱く手の動きは、ぎこちなかった。
何を想像することも出来ず、目を閉じて、ただひたすら絶頂を目指す。
徐々に大きくなって来ている様子を感じたのか
彼は、下着の外に、右手に掴まれたモノを引きずり出した。
「何を考えて扱いてるんだ?」
嘲笑うかのような口調で、モノの先を指で弾く。
つい、声が出た。
「別に、何、も」
絶え絶えの声で答えながら、思わぬ小さな刺激で、モノが不意に大きくなるのを感じる。
その変化を、彼は見逃さなかった。
「君は、誰かに弄られる方が良いみたいだね」
そう言いながら、先端を指で強く摘む。
喉の奥から声が出た。
「ほら、手が止まってるよ?」
身体が快感に蝕まれていく中、俺は再び手を動かす。

息遣いが荒くなってくる。
彼の手は、片方が玉を弄り、もう片方は乳首を執拗に責めて来る。
声を押し殺すのが、段々辛くなってきた。
「もう、そろそろ限界が近いかな?」
とにかく、終わりにしたい、そんな思いだった。
突然顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
瞬間、窓に映る自分の姿が目に入った。
「いい格好だろ。都築君」
初めて見る、自分の表情。
眉間に皺を寄せ、口は半開きのまま。
先端から染み出る液体で、淫靡な照りを纏う自分のモノを扱き
後ろの男から、乳首を摘み上げられている。
いやらしく笑う眼鏡の男は、心底満足そうに見えた。

絶対に見たくなかった自分の姿。
それなのに、気分が昂揚し、絶頂が急に迫ってくる。
間を置かず、俺は果てた。
精液が手を伝って流れ落ちていく。
「自分の姿を見て、興奮したのかな?」
呆然とする俺の耳元で、そう囁く。
強制的な快感から解放された身体は、その言葉で再び強張る。
違います、その一言が言えなかった。


痺れを感じて来ていた足から、ネクタイが解かれる。
抵抗する気力も無いまま、窓際の椅子に座らせられた。
再び足は自由を奪われ、両手もベルトで後ろ手に縛られる。
「こういう格好、よくAVで見るよね」
せせら笑う課長自身も、かなり興奮しているのが分かる。
高級そうなズボンの中で、大きくなっているモノが容易に想像できた。
椅子は窓を向いていて、否が応にも自分の姿が目に入る。
辱めを受けているはずなのに、沸々と湧き上がる興奮を抑えられなかった。

課長はしばらく、浴室の方へ姿を消す。
徐々に気分が落ち着いてきて
これから自分が何をされるのか、冷静に考える時間が出来てしまった。
考えれば考えるほど不安な反面、何かを期待する自分がいる。
恐怖の質は、明らかに変わっていた。

□ 16_成就★ □
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成就★(6/13)

部屋に戻ってきた課長の手には、アメニティと思われるもの。
どう使われるかは想像できなかったけれど
それらが俺の身体を玩ぶことになるんだろう、という事は予測出来た。

「君は、被虐願望が強いみたいだね」
「そんなこと・・・ありません」
「自分の恥ずかしい姿を見て、イったじゃないか」
何も言えないまま唇を噛み締める。
彼は俺の反応を楽しむように鼻で笑い、後ろから再び身体をまさぐり始めた。
乳首を強く引っ張られ、痛みに悲鳴を上げる。
「いっ・・・」
「痛いのかい?」
そう言いながら、指の動きは止まらない。
肩から背筋にかけて、震えが走る。
深く息を吐き出す拍子に、声が混じった。
「ちゃんと、硬くなってきてるぞ?」
痛みが徐々に快感に変わってくる。
何かがおかしい、そう思っても、身体と心の剥離は進んでいく。

彼の手に握られたものを窓越しに見て、戦慄が走る。
「最近のホテルは、いろんなものが置いてあるよねぇ」
連泊用のものと思われる洗濯バサミで、硬くなった乳首を撫でる。
「・・・やめて、くだ、さい」
「感じるんだろう?ここが」
指で摘まれるのとは違う激しい痛みが、連続で身体を突き抜けた。
声すら出ない、乾いた悲鳴が部屋に響く。

責め苦に喘ぐ身体は、肩から腕にかけて強張り、食いしばる歯に大きな力がかかる。
例えようの無い痛みを、どう耐えて良いのかが分からない。
うな垂れた頭を、後ろから無理矢理引っ張り上げられた。
「いい表情だねぇ」
目は開けられなかった。
今の状況を認識してしまえば、更に痛みは強くなる、と思ったからだ。
何故彼は、俺のそんな姿を見て、楽しげに振舞えるのか。
その手が、下半身へ滑り落ちて行くのを感じる。
モノの感触を確かめるように軽く擦り、そのまま股間を撫で回す。
陰毛に指を絡ませ、時折それを引っ張る。
違う種類の痛みに、大きな痛みは一時的に和らぐけれど、またすぐにぶり返した。


人間の身体は、どんな刺激にも順応できるようになっているのか。
両方の乳首に与えられていた刺激は、徐々にその様相を変えてくる。
課長が俺の前に回りこむ気配を感じた。
股間に何かが塗りこめられる。
泡が立つような感覚があった。
「悪いけど、しばらく女とはセックス出来ないよ」
笑いながら、彼はその部分に何かを当てて、動かし始める。
血の気が引く。
何をされているか、その特殊な感覚ですぐに分かった。
「どうして・・・」
「君を、辱める為」
剃刀が這う中で、僅かに頭をもたげ始めているモノを根元から刷り上げる。
その刺激に押されるように、痛みが快感に変わっていく。
「堪らないんだろう?」
悶える声は、その問いの答えになってしまっただろうか。

タオルで股間を拭かれると、チクチクとしたむず痒さが纏わり付く。
「ちゃんと、自分の姿を見るんだ」
頬の辺りを挟まれ、前を向かされる。
「毛が無いと、ますます卑猥に見えるもんだね」
窓に映った自分の下半身は、何と言うか、とてもさっぱりしてしまっていて
半勃ちになったモノが、根元まで姿が見えているせいか、通常よりも大きく見える。
洗濯バサミで挟まれた乳首が痛々しい。
目は虚ろで、全身が汗でしっとりと濡れており
モノがゆっくりと扱かれるにつれ、声は抑えられなくなって来ていた。
経験の無い享楽を前に、ギリギリのところで踏ん張っている自分がいた。

彼の指が、尻の割れ目を捉える。
「ここは、経験無いかな?」
腰を上げるように押さえつけられ、彼は自らの万年筆を取り出す。
「む、無理、です・・・やめて・・・」
全ての神経が、そこに集中する。
懇願は受け容れられることも無く、先端が挿し込まれる。
冷たく、硬い感触が、不快感を呼ぶ。
「力抜かないと、明日から便所に行けないぞ?」
万年筆を徐々に捻じ込みながら、彼はモノを扱き出す。
集中が乱され、俄かに快感が勝る。
ビクつく身体を確認するかのように、冷たい物体は、俺の背中を押した。

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成就★(7/13)

俺にもし、課長が言うような被虐願望があるのならば
彼には、それにも勝る加虐願望があるんだろう。

殆ど服装を乱す事の無いまま俺を弄んで来た彼が、脇に立つ。
ベルトを外し、ズボンの中から自らのモノを出した。
歳を取ると、勃ちも悪くなると聞いてはいたが、実際そんなこともないんだろう。
ぼんやりする意識の中で、思う。
「歯は立てないようにね。・・・折られたくないだろう?」
抵抗する気力が、まだ残っているとでも思っているのだろうか。
彼はそう言って、牽制する。

頭を掴まれ、口元にモノが押し付けられる。
僅かな抵抗の時間も、彼の手に力が込められることで、終わる。
口を開けると、奥にまで一気にモノが入って来た。
苦しさで、喘ぎ声が出る。
自分の意思で動かすことは殆ど無く、彼の意のままに、俺の口は彼を快感に導く。
喉の手前まで入ってきて、気道が確保できない。
飛びそうになる意識は、口の周りの擦り切れるような痛みで蘇る。
「こっちを、見ろ」
上ずった課長の声に応えるよう、視線を上げる。
あまりのキツさに目が潤み、視界が霞む。
口を歪めて笑う彼の顔が、その隙間から見えた。
「仁科君と、同じだね。良い、顔だ」
今、一番聞きたく無い名前だった。
申し訳なさと、情けなさと、悔しさと。
雑多な感情が混ざり合って、涙が頬を伝った。

口の中のモノは怒張し、絶頂が近いことを悟る。
「ちゃんと、飲むんだよ」
最悪だ、そう思い、嫌悪感が増す。
しかし、それから逃れられるような術は無く、やがて、彼は短い声を上げて果てる。
生暖かく、マズい以外の何ものでもない液体が、口内に充満した。
全てを飲みきることが出来ず、口から溢れ出た精液は、首から胸へ流れ落ちていく。
「こぼしちゃ、ダメだなぁ」
彼は自分のモノをティッシュで抜きながら、俺の顔を覗き込む。
「僕を怒らせて、もっと虐めて欲しいのか?」
「違い、ます・・・」
「本当かな」
彼の視線は、俺のモノへと移る。
先端から出た液体は、既に根元まで流れている。
完全にいきり立った状態が、俺の願望を明確にしていた。


万年筆が穴の中を上下に動き、堪らない感覚を与えてくる。
焦らすように扱かれるモノは、既に限界を迎えていた。
実際の用途とは違う使われ方をしている洗濯バサミを引っ張られると
痛みと共に、快感が襲う。
「恥ずかしい声だ。君がこんな声出すとはね」
抑えられない声まで、彼の嘲笑の的になった。
身体が震え、絶頂の手前まで来ると、彼の手は止まる。
「どうして欲しい?」
「・・・もっと、弄って、下さい」
懇願することを求められ、俺はそれに応える。
それが何度繰り返されたのだろう。

夜景の中のレインボーブリッジの灯りが消える頃。
「も、う・・・ダメ、です」
「イきたいのか?」
「イかせて・・・下さい」
「しょうがないね」
モノを扱く手の動きが早くなる。
俺は声を上げて、イった。
信じられないほどの快楽に、身体が痺れた。
窓に映る自分の姿を見て、これが現実であることを痛感する。

「君は、虐め甲斐があるね」
薄気味の悪い笑みを浮かべた課長が、俺の拘束を解きながら言う。
「何度でも付き合ってあげるよ。君が望むなら」
その言葉に、俺は囚われたのかも知れない。
ゾクゾクする気持ちが、抑えられなかった。


こんな皺だらけのスーツで歩く場所じゃない、そう思って足が急く。
課長は、あの部屋に泊まって行くと言う。
俺はこれ以上快感に晒されるのが怖くて、一人引き上げた。
エントランスを出て、タクシーを認める。
その前に、携帯をチェックした。
着信履歴と留守電のメッセージ。
再生する手が、俄かに震えた。
「仁科だけど。お前、今日ちょっとおかしかったけど、大丈夫か?」
急に目眩がして、植え込みに腰をかける。
「何かあったら、いつでも連絡しろよ」
俺は、差し伸べてくれた上司の手を、自らの手で振り払った。
罪悪感で居た堪れなくなりながら、降りかかってきた快楽を、拒絶できない自分がいた。

□ 16_成就★ □
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成就★(8/13)

タクシーで家の近くのコンビニに乗りつける。
夜も2時を回り、雑誌を立ち読みする客もいなかった。
店員は時間をもてあますように、おでんの具をひっくり返している。
俺は、コーヒーとビールと、煙草を一箱買った。

父親が過激な嫌煙家だったからか、俺も普段煙草は吸わない。
煙草は身体に悪いもの、煙草を吸う奴はおかしい、そう聞かされて育った。
けれど、精神的にきつい時、何故か反射的に煙草に手が伸びる。
吸ってはいけない、そう思う背徳感情に苛まれるのが好きなのかも知れない。

自宅に帰り、真っ先にシャワーを浴びる。
腕や足についた拘束の跡、乳首の充血、あるはずのものが無い違和感。
そして、今までに無い、身体の痛み。
全てを洗い流したかったのに、自分の身体を見て、快感に打ち震えた時間を思い出す。
降り注ぐ温水の中で、僅かに昂る気持ちを抑えた。

引き出しから灰皿とライターを取り出し、ベッドに腰掛ける。
買ってきたのは赤いMarlboro。
仁科さんが吸っているのを横で見ていたからか、ついこれを選んでしまった。
火をつけて、思い切り吸い込む。
喉が刺激されるような感覚があり、少し頭がクラクラした。
溜息と一緒に、煙を吐き出す。
俺もこのまま消えてしまえれば、見えなくなる煙を見ながら、思う。

これからどうするべきだろう。
仁科さんに全てを話し、相談するべきか。
このまま、ずるずると山崎課長との関係を続けるか。
いっそ、会社も辞めて、何処かへ逃げるか。
どれも見通しは明るくない。
最悪な状況から抜け出す道は、朝まで悶々としていても、結局見つからないままだった。


自宅の電話のコール音で、現実に引き戻される。
時計を見ると、9時を過ぎていた。
4コール目で、電話は留守電に切り替わる。
「社会人が無断欠勤とはどう言う事だ?」
名乗らなくても、声で分かった。
「・・・とりあえず、今日は病欠にしておくから、明日は出て来いよ」
その口調に、怒りは無かった。
罪悪感が、ほんの少しだけ、融けた気がした。

知らない内に眠っていたようで、気が付くと、窓に西日が差し込んでいた。
煙草に火をつける。
夜買ったはずなのに、箱には殆ど残っていない。
ぼんやり煙をくゆらせていると、不意に、携帯が鳴る。
ディスプレイには、仁科係長、と表示されていた。
鳴り続ける電話を見つめ、意を決する。
「・・・お疲れ様です」
「今、家か?」
「そうです」
周りから、街の雑踏の音が聞こえる。
言葉に迷ったのか、一瞬会話が途切れた。
「・・・何があったんだ?」
滅多に聞くことの無い優しい声に、感情が急に込み上げる。
「・・・本当に、すみません」
消え入りそうな声で答えると、電話の向こうで溜め息が聞こえる。
「オレ、もう直帰予定だから。・・・1時間で行く」
そう言って、電話は切れた。


全てを話すべき時は、思いの外、早くやってきた。
玄関先で無表情の上司を前にして、顔が強張る。
ドアが閉まると、仁科さんは俺の顎に手をかけて上を向けた。
「顔は殴られて無いみたいだな」
「・・・はい」
「何よりだ。お前みたいな優男の顔が腫れてちゃ、目を引く」

仁科さんはベッドに腰掛け、ローテーブルに置かれた灰皿に目を移す。
「お前、煙草吸うの?」
「ええ・・・たまに」
「たまにって量じゃないだろ、これ」
そう言って、残り少なくなった箱から、煙草を一本取り出す。
「貰うぞ」
慣れた手つきで火をつけ一服すると、俺の方を見て言う。
「今回の物件の担当から、お前を降ろす」
「え・・・」
「もう、あの人と関わるな。仕事でも、個人的にも」
彼の表情は、切実だった。

どうして、首を縦に振らないのか。
彼は、きっとそう思ったに違いない。
この期に及んでも尚、俺は内に秘めた衝動が断ち切れなかった。

□ 16_成就★ □   
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成就★(9/13)

沈黙に痺れを切らしたのか、仁科さんは少し離れて座った俺の肩に手をかける。
「聞かないでおこうと思ってたけど」
手に力がかかり、俺は彼の方へ向き直る。
「何をされたか、全部言え」
夜の行為が頭を巡る。
言える訳が無い。
心の動揺が、身体を震えさせた。
彼は肩から腕に手を滑らせ、スウェットの袖を捲り上げる。
手首には、拘束の跡がくっきりと残っていた。
細めた目の眉間に皺が寄る。
「行為に囚われているのか、あの人に囚われているのか、どっちだ」
跡の付いた腕を擦りながら、彼は俺の目を見つめた。

「・・・こんなはずじゃ、なかったのに」
俺は、あの出来事を全て彼に話した。
その行為が繰り返されることを求めている、と言うことも含めて。
彼は何も言わず、俺の腕に手を乗せたまま、聞いていた。

狭い部屋に、無言の時が流れる。
彼は床を見つめて何かを考えていた。
その視線が向けられたと思った瞬間、ベッドに押し倒される。
「仁科、さん?」
彼の顔が近づいてくる。
「お前が望むなら・・・オレが代わりにやってやる」
鼓動が早まった。
「それで、あの人から逃れられるなら」
警告も聞かず、手を掴むこともしなかったのに、彼はまだ俺を見捨てない。


こんな状況で、身体中が火照って来るのを感じる。
悲壮な覚悟で俺と対峙する彼に、心から申し訳ないと思った。
彼は、俺の口の周りを指で擦る。
「無理矢理、入れられたか」
指が通った後に僅かな痛みを感じ、自分で気が付かない傷を負っていることが分かる。
その傷を癒す様に、彼の舌が口の周りを濡らした。
くすぐったいような感覚で、身を捩る。
「どうして欲しいんだ?」
すぐ目の前の上司は、俺にそう問いかけた。

上司と部下と言う関係を続けて、もう5年くらいになる。
しかし、あくまで仕事上の繋がりであって
プライベートなことに踏み込まないのは、暗黙の了解だと思っていた。
その一線を、彼は越えて来ようとしている。
「・・・ダメです」
視線を外し、そう言った。
「もっと、オレを頼って・・・甘えて来いよ」
彼の手が頬にかかり、俺は再び彼と向き合う。
ゆっくりと顔が迫り、やがて唇が重なった。
乾いた唇の感触に、何かが解けていくような、そんな気がした。

「どうして、こんな」
「別に、オレも男に興味がある訳じゃ無い」
口の端を上げて、仁科さんは笑う。
「お前が、そうして欲しいって顔してたから」
「なっ・・・」
「いつでも良い。道を外れそうになったら、オレの所に来るんだ」
「・・・はい」
「お前がして欲しいこと、何でもしてやる」
真剣な表情に、背筋が寒くなる。
上司に加虐を求める背徳感が、俺を静かに激情させた。


帰り際、仁科さんはUSBメモリを手渡して来た。
「興味があれば、見てみろ」
仕事関係の資料だろうか、そう思って受け取る。
「ああ、あと」
上着のポケットから煙草の箱を取り出して、ベッドに放り投げる。
「あんまり吸いすぎるなよ。体に悪い」
「仁科さんに言われたく無いですよ」
「まぁな」
いつもの上司の笑顔が、そこにあった。
「きつかったら、明日は午後からで良いぞ?」
「いえ、明日はちゃんと出ます」
「無理はするな」
そう言って、彼は玄関を後にした。

メモリに入っていたのは、Waveファイルだった。
嫌な予感がした。
聞くべきかどうか迷ったけれど、彼がこれを置いて行ったのには訳があるはずだ。
そう思い、再生した。

2、3分聞いただけで、気分が悪くなってくる。
仁科さんと山崎課長とのやり取りの一部始終であることは、ファイルサイズから予想できた。
凄い夜景ですね、そう言った仁科さんの声から、場所も想定できる。
課長の声は、俺の時とはまた違って、より暴力的に聞こえた。
虐待が始まって、仁科さんの声は殆ど聞こえなくなる。
やがて、課長の昂揚した声と、仁科さんの呻き声が重なる。

まともに聞いていられない、そう思って停止しようとした時
仁科さんの苦しげな声が聞こえて来た。
「部下には、手を、出さないで貰えませんか」
「君は・・・部下の為なら、自分がどうなっても良いと?」
「部下を守るのが、私の、務めです」

□ 16_成就★ □   
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成就★(10/13)

声を上げて泣いたのは、きっと子供の時以来だ。
そこにあったのは悔恨の念。
自分の気持ちの全てを否定して、消し去ってしまいたかった。
人を裏切ることの愚かさを、痛感した。

病欠と言う体裁ではあったが、次の日に出社する時には何となくバツが悪く
俺はわざとマスクをしてオフィスに入った。
実際、自分が思っているほど、他人は自分のことを気にしてはいない。
風邪か?と同僚に聞かれるくらいで、職場はいつもと何も変わらなかった。
メールをチェックしていると、仁科さんが出勤してくる。
「おはようございます。昨日は・・・すみませんでした」
「もう、平気か?」
「はい、大丈夫です」
何も無かったようなやり取りを交わす。
その視線が、俺のパソコンの画面に移った。
彼はキーボードに手を伸ばすと、一通の未読メールを選択し、Deleteキーを押す。
「迷惑メールは、さっさと消しとけ」
消されたのは、山崎課長からのメールだった。
仕事の内容に関する物だったら、と思いつつ、俺はそのままメーラーを閉じた。

朝の工程打合せが終わると、高木課長が声をかけてくる。
「仁科、都築、ちょっと」
仁科さんと顔を見合わせ、促されるまま打合せ室に入った。
机には、今手がけている物件のファイルが積まれている。
椅子に腰掛けるとすぐに、高木課長は言った。
「この物件、オレの専任物件にするから」
「どう言うことですか?」
珍しく、仁科さんの驚いた声を聞く。
あまりに突然のことで、俺は声すら出なかった。


専任物件と言うのは、うちの会社で使われている言葉で
何らかの問題が生じた物件のことを指す。
例えば、施主と元請けがもめていると言ったものから、金が絡んだ問題に発展しているものまで
課長以上の役職を持つ者が、一括で責任を持って事態を収拾する。
要するに、その間、物件は完全にストップすると言うことだった。
「コンプライアンスからの、指示だ」
高木課長は、ファイルを無造作に眺めた後、俺たちに視線を移す。

10年程前、うちの会社はゼネコンとの贈収賄で逮捕者を出した。
業務停止命令を喰らい、その年はもちろん減収減益。
取引会社との関係修復にも、長い月日を費やした。
それから、役員付のコンプライアンス統括と言う部署が設立され
社内・社外を問わず、金の絡んだ問題を燻らせている輩を監視するようになった。
設計はおろか、工事が進んでいる物件でさえ
問題を持った者が担当するものは全て契約破棄をさせる、最強の部署だ。
もちろん、訴訟問題も厭わない。

「山崎が、どうやら他のサブコンから金を受け取っているらしい」
「では、今回の物件は中止ですか」
「そうなるな」
課長は、一息ついてから、彼の顔を見て訪ねる。
「・・・奴には他にも色々噂があってな。お前、何か知ってるだろ?」
仁科さんの顔色が変わった。
「オレはね、自分の部下が侮辱されたら、黙ってられないんだよ」
「私は、何を・・・」
「徹底的に追い詰めてやりたい。手を貸せ」
彼の隣に座った俺は、緊張の極みにいた。
あんなこと、公にすることじゃない、して欲しくない。
もしかしたら俺のことまで、そんな不安が大きくなる。

仁科さんは、スーツの上着から何かを取り出す。
「これを」
それは、ペン型のICレコーダーだった。
「秘密は厳守するように言っておく」
「・・・お願いします」
「山崎からの電話は、全てオレに回すように言っておけ」
「分かりました」
そう言って、高木課長は部屋から出て行った。

「お前のことは、黙っておくから心配するな」
椅子にもたれたまま、仁科さんは言った。
「仮にコンプラから何か聞かれても、知らない、で通せ」
「でも、仁科さんは」
「オレのことは気にしなくて良い」
一瞬でも保身を考えた自分が、心底嫌になる。

仁科さんは立ち上がり、俺を見下ろす。
「後悔してるんだよ」
「え?」
「部下を守れなかったことを、心底後悔してる」
彼は俺の頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。
「その憂さを晴らす為だ」
違う。
彼は何一つ業を背負うことはしていない。

□ 16_成就★ □   
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成就★(11/13)

彼は、一体、全てのことにどうやって耐えているんだろう。
業務をこなす姿は、いつもと何も変わらない。
忍耐力、年の功、人間としての器の大きさ。
どれも持ち合わせていない俺には、想像もつかなかった。

並行して進めていた別物件の作業が終わったのは、夜も10時を過ぎた頃だった。
オフィスには、まだ所々照明が点いている。
同じ島の端に座る仁科さんも、まだ残業中だった。
「お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
資料の整理に追われているのか、彼はパソコンの画面から目を離さない。
俺は、抱えた疑問を聞くべきかどうか迷い、その場に立ち尽くしていた。
気配に気がついたのか、怪訝な顔で俺の方を見る。
「何だ?」
「いえ、あの・・・」
「はっきり口で言わないと、分からないぞ?」
「・・・どうやったら、忘れられますか」
一瞬困ったような表情をした後、いつものように口の端を上げて笑う。
「これだけ仕事に追われてりゃ、嫌でも気が紛れる」
そう言うことじゃない、と思う気持ちが顔に出たのか、彼の表情が締まる。
「・・・忘れられる訳、無いだろ?」

「未だに食欲は無いし、寝る時も導入剤飲んで、無理矢理寝てる」
そう言って、目を伏せた。
静かに溜め息をつく彼が弱弱しく見えて、居た堪れなくなる。
「・・・このままじゃ、いつか壊れるかもな」
崩れ落ちそうな気持ちを抱えて歩いているのは、俺だけじゃない。

結局仁科さんは、その日の分の仕事を諦めたらしい。
二人で、会社を出た。
この時期にしては珍しく、風が冷たかった。
駅へ向かう道すがら、ふと聞いてみた。
「僕は、何か力になれますか?」
彼は俺を横目で見ながら、フッと笑う。
「言っただろ?」
「え?」
「お前に頼られてる、求められてると思えば、オレは立っていられる」
歩みを止めた彼につられて、一緒に立ち止まる。
短い沈黙が、二人を包む。
「・・・金曜の夜、オレの家に来い」
思わぬ言葉に息を飲んだ。
その意図は、明白だった。


無意識の内に、何かを求めていたのか。
男に興味は無い、そう言った彼は、自室で俺とキスをする。
あの夜には無かった課程を踏むことで、これからのことが別のものになる。
俺の手を掴んだまま離さない、眼鏡の奥の視線を断ち切って欲しい。
そう思いながら、長い時間、舌を絡めた。

互いに裸になり、ベッドの上で身体を重ね合わせる。
彼の体温を感じ、自分の身体が熱くなるのを感じた。
「どうして欲しいんだ?」
彼の声が耳元で響き、頭に血が上ってくる。
「・・・虐めて下さい」
「抽象的過ぎるな」
彼は、鼻で笑う。
「何を、どうして欲しいのか、具体的に言えよ」

髪から徐々に、手が下へ降りていく。
やっと赤みが引いた乳首に、彼の指がかかる。
触られてもいないのに、思わず身体が緊張した。
俺の口から発せられる言葉を待っているように、指はその周りをゆっくりと動く。
「乳首・・・摘んで下さい」
自分の言葉で、昂揚する。
追ってやってきた刺激は優しいものだったのに、快感は大きかった。
手で口を塞ぎ、声を止める。
彼はそれを制するように、俺の手を避ける。
「お前の声が無きゃ、興奮できないだろ。お前も、オレも」
刺激は徐々に強くなる。
短い喘ぎ声が、部屋に響いた。

「強く・・・抓って下さい」
彼は、俺の言うことを素直に聞き入れてくれる。
痛みと快感で顔が歪み、その力が一瞬緩む。
彼の肩に手を置き、力を込めて掴んだ。
両方の乳首が、抓られ、引っ張り上げられるのが見える。
喉の奥から、情け無い声が出る。
「どうなんだ?」
「んっ・・・」
「ちゃんと、言えって」
「気持ち、いい・・・です」
顔を両手で包み、キスをせがむ。
軽く唇が触れた。
「もっと・・・酷く、して下さい」

□ 16_成就★ □   
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成就★(12/13)

俺の声は、彼の何かに火を点けたのだろうか。
こんな状況で向かい合っているからだろうか。
いつもとは違うその表情に、幾ばくかの恐怖を感じた。
彼に囚われていく、そのことが怖くて、けれど嬉しくて、俺の欲望は肥大する。

彼の唇が、首筋を滑る。
ザラザラとした感覚が、小さな擦り傷を作るように、肩の方へ進んでいく。
「・・・噛んで下さい」
「え?」
「仁科さんに、された、証しが欲しい」
「跡が残るだろ」
「お願いします。・・・思いっきり、噛んで」
溜め息が肩にかかり、肩口のやや背中側に歯が立てられる。
硬いものが食い込む痛みを堪える。
「こんなこと」
自分ではよく見えない歯形を、彼は癒すように舐めた。
「他の奴には、させるな」
「は、い・・・」
二の腕、脇腹、太腿の裏。
目立たないところに、彼の証が付けられた。
痛みが至福に変わる。
「この跡が消える頃、また、来い」


俺の前髪を掻き揚げ、まぶたの上に舌を這わせる。
片方の手が、腰から足の付け根に伸びていく。
剃られた毛は僅かに生えてきている状態で、指で摩られるとむず痒い。
彼は感触を確かめるように、下腹の方をまさぐっている。
その手の甲がモノの先端に当たり、自分の興奮を改めて知った。
信じられないほど、固くなっている。
「自分で、するか?」
「えっ・・・」
そう言って、彼は俺から少し身体を離し、俺の手をモノに促す。
恥ずかしさが、昂りを呼ぶ。
「見られるのが、嫌なのか?」
「・・・いえ」
「見て欲しいんだろ?」
言葉と視線に、完全に押さえつけられる。
俺の知らない彼の一面を、垣間見た。
「見て、下さい」

ベッドに横になったまま、片膝を曲げるように足を広げる。
自分のモノに手を伸ばし、ゆっくりと扱き出す。
「上司の前でする気分は、どうだ?」
「恥ずかしい・・・です」
伏せた顔が、彼の方へ向かされる。
「あの時のことを考えてるのか?」
あれから、思い返したくない出来事で、自分を慰めていたのは事実だった。
仁科さんを目の前にしても尚、夜景に映る自分の姿がちらつく。
「明日からは、オレにされたことを、思い出せ」

彼は体を起こし、顔を下半身へ近づける。
モノを扱く手が制され、先端に舌の感触が走った。
「仁科、さんっ」
俺の方に一瞬視線を向け、汁で濡れたモノを優しく唇で挟む。
「い、やめっ・・・」
怖いくらいの快感に押されて出た声を聞いて、彼は口を離した。
「次に抵抗したら、そこで止めるぞ?」
自分の唇を舌で舐め、口端を上げる。
「酷いこと、して欲しいんだろう?」
再度彼の口がモノを捉え、先端に歯が立てられる。
全身に電流が走るような、強烈な刺激だった。
液体を搾り出すように、執拗に行為が繰り返される。
抗うことを禁じられた俺は、それをひたすら求めた。

彼の歯は、もはや先端だけには留まっていなかった。
舌による柔らかい刺激と、前歯で与えられるキツい痛み。
おかしくなりそうな身体は、彼の意思一つで翻弄されていた。
全身が震え、ベッドを軋ませる。
耳の奥が痛くなるほど、歯を食いしばった。
ふと、刺激が止む。
残酷な刺激が解かれ、彼の唇は下腹部からへそ、胸へと上がってくる。
玩ぶように、手がゆっくりとモノを掴む。
彼は乳首の周りをそっと舐めると、俺に視線を送ってきた。
何かをねだれ、そう言っているようだった。

「・・・イかせて、下さい」
その言葉を聞いて、彼は満足そうな笑みを見せる。
「まだ、だ」
焦燥感で熱くなる身体を起こされ、彼を背に、ベッドに座る格好になる。
向かいの壁にかけられた大き目の鏡で、この夜、初めて自分の姿を見た。
「見えるだろ?」
「・・・は、い」
「こんなにおっ立てて、恥ずかしい奴だ」
上司の言葉に、羞恥心が煽られた。
後ろから頬に手をかけられ、唇を奪われる。
恥ずかしいくらい淫らになった身体の制御は、上手く働かない。
欲望の赴くまま、舌を舐る。
「お願い・・・です」
彼は俺の手を取り、胸へと持っていく。
「自分で、摘んでみろ」

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成就★(13/13)

俺の被虐心、彼の加虐心。
信じられないくらい、その二つはピッタリ嵌っていた。
山崎課長から向けられた、一方的な支配欲とは違う。
上司と部下と言う関係だからこその、信頼の上に成り立つもの。
そう信じたかった。

鏡に映る自分を見ながら、鏡越しに彼に見つめられながら
俺は、自分の乳首を摘み上げる。
深い吐息が漏れる。
「そうすると、気持ち良いのか?」
快感に苛まれながら、頷く。
彼の手は、限界寸前のモノに触れ、先端から根元に向けて摩る。
逆の手が、足の付け根から尻の方へ伸びていく。
割れ目に沿って指を這わせ、やがて穴を捉えた。
「どうする?」
欲情を隠し切れない声が、耳元で響く。
「い・・・れて、下さい」
「何を、何処に?」
「指・・・穴に」
「変態だな」
言葉にショックを受ける間もなく、ゴツゴツした中指が、肛門の中に挿入される。
声にならない声が、出た。
腹の方へ指が摩り上げられると、初めての快感が襲う。
「だ、め・・・」
「ダメじゃねぇよ」
モノへの刺激以外で絶頂に達することへの恐怖があったのかも知れない。
「もっと、おかしくなれ」
理性が、壊されていく。

モノを扱く手は、優しい動きだった。
アナルを刺激する指は、それに反して激しく動き、どんどん俺を追い詰める。
「もう・・・出る」
赦しの言葉を待つ間もなく、俺は果てる。
直後、解放感と疲労感に襲われ、軽く意識を失った。


濡れたタオルの感触で、目が覚める。
「すみません・・・」
「男でも、気失ったりするんだな」
彼は何処か愉快そうに、俺の体を拭きながら、そう言った。
少し霞む目で、彼の身体に視線を移す。
股間のモノは張っていて、彼の昂りを明確にしていた。
「仁科さん」
「ん?」
「しゃぶらせて、下さい」
困惑の表情を浮かべた後、彼は軽く頷いて、俺の頭を撫でる。
「あなたの・・・を、飲ませて下さい」
目を伏せて言った俺の頭上から、微かな溜め息が聞こえた。
何が俺をそこまでさせるのか、きっと彼には理解できなかったんだろう。
俺は、彼に、俺の全てを蹂躙されたかった。
身体も、心も、全て。

壁に寄りかかるようにベッドに座った彼の股間に、顔を埋め
独特な臭いを吸い込みながら、先端に舌をつける。
彼の全身が震えるのを感じた。
片手で扱きながら、先端を唇で愛撫する。
小さく呻く声が聞こえて、それが行動をエスカレートさせる。
彼の手は、震えながら俺の背中を上下に擦っていた。
彼も、部下にフェラチオをされると言う背徳感に、打ち震えているのだろうか。

喉の奥まで、モノを入れる。
苦しくなるのを我慢しながら、思いっきり吸い付いた。
顎を動かす度に、いやらしい音が、彼の声と混ざって行く。
唾液と、モノから出る液体が、口の中で一緒になって行くことが嬉しかった。
「つ、都築・・・」
昂揚した彼の声。
ゾクゾクした。
「・・・出る、ぞ」
そう言ってくれたのは、きっと優しさなんだろう。
声を合図に、より強く吸い上げる。
初めて聞く、彼の絶頂の声。
俺の口の中は、彼の精液で満たされた。
自分に与えられた試練のように、俺は全て飲み込んだ。

肩で息をする彼は、咽る俺を優しく抱き寄せる。
「あんまり、無理するな」
「・・・良いんです」
自分の左腕に刻まれた、歯形を眺める。
「これが消えたら・・・」
「ああ」
それまで自分の身体の疼きを抑えられるのか、不安になる。
「お前には、仕事も頑張って貰わなきゃならないし」
そう言う仁科さんの表情は、上司の顔だった。
「それまで、放置プレイだ」
普段から想像できない言葉が出てきたことに、俺は急に気恥ずかしくなった。
「他の奴に走ったりしたら・・・許さないぞ」
うなじにキスをしながら呟いた一言に、俺は一つの達成感を得る。
俺は、彼に、囚われたと。


それからも、仁科さんとの関係は上司と部下、それは変わらなかった。
ただ、歯形が消える頃、俺たちは互いの傷を癒すように、肌を重ね
そしてまた、彼の証が付けられる。
いつまでこんなことが続くのか、予想もつかないけれど
彼の束縛が解けないよう願いながら、俺は、至福の時を心待ちにしている。

□ 16_成就★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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