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覚悟(1/5)

朝7時前の東京駅。
東海道新幹線のホームには、まだそんなに人もいない。
酷い雨に見舞われた月曜日、向かいの東北新幹線のホームでは、雨漏りが発生していて
落ちてくる雨水は、何故かゴミ箱が受け止めている。
こっちのホームの方が古いのに、と考えていると、ゆっくりと新幹線が入線して来た。

席に着き、サンドイッチとお茶で軽い朝食をとる。
新大阪を目指すのぞみは、程なく動き出す。
乗車率は7割程度。
これが、品川、新横浜に止まる頃には、ほぼ満員になる。
毎週この新幹線に乗るようになって、もう半年。
生活リズムも、大分このスケジュールに慣れてきた。

出張先は、三重県。
月曜日に現場へ向かい、金曜日の夜には東京へ戻る、の繰り返し。
大手のプラント工場の建設現場が仕事場で、工期は後半年ほど。
体は正直しんどいけれど、関西圏にはあまり縁が無かったから、悪い経験じゃないと思う。

携帯のアラームで目を覚ますと、知立の辺りだった。
名古屋で降りて、近鉄に乗り換える。
途中、同じ部署の先輩である藤井さんを見かけた。
「おはようございます」
「おう。おはよう。青山も同じ電車だったか」
「そうみたいですね」
藤井さんも俺と同様、東京からの出勤だ。
彼は、あの現場に行き始めてもう3年以上になる。
結婚し、家を買ったばかりでの単身赴任。
もっとも、それが昇進への近道であることは、うちの会社では暗黙の了解で
係長の彼も、本社へ戻ることには課長代理くらいにはになっているだろう。

「昨日、子供と野球しちゃって、体中痛いわ」
「そんな歳じゃないでしょう?」
「いやぁ、一晩寝たくらいじゃ、疲れ取れなくなって来てるよ」
1時間ほどで、目的地だ。
それまで、藤井さんの子煩悩話を聞きながら過ごす羽目になる。

現場事務所に着くと、近距離組が既に仕事を始めていた。
ここの事務所には、東京だけではなく、名古屋や大阪の支店からも社員が来ていて
協力会社から来ている方の中には、地元の人も居る。
月曜日、全員が揃うのは昼前になるのも、いつものことだった。
「おはようございます」
そう声をかけてきたのは、隣の席の杉原君。
彼は協力会社の社員で、この現場へ出向してきている。
鈴鹿に住んでいるから、ここは近くて良いんです、そんなことを前に言っていた。

「おはよう。先週の計算、どんな感じ?」
「今日中には、形がつきそうです」
「そう、なら具体的な配管ルートに入れそうだね」
俺が担当しているのは、プラント内の各種配管の設計。
元々、テナントビルやマンションしかやってきていなかったから、プラントなんて全く門外漢。
経験の長い先輩たちに教えを請いながら、何とかやってきている。


「そう言えば、杉原君って、言葉が標準語だよね?」
ある日の昼休み、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
三重の人は、俺から聞くと関西弁を話しているように聞こえ、たまに独特な語尾になったりする。
杉原君はこっちに住んでいるのに、話し方は全く俺と同じだった。
「地元は、神奈川なんですよ」
「何でこっちに?」
「学校がこっちの方だったんで、そのまま残っちゃいました」
埼玉生まれで、大学も会社も東京だった俺からすると、ちょっと羨ましかった。
「良いところですよ、住んでみると」
「海も山もあるしねぇ。妙なうどんもあるし・・・」
「ああ、あれね。こっちの人はあれで焼きうどん作ったりするんですよ」
たまにお土産で買って帰る、伊勢うどん。
そのまま食べるのは好きだけど、焼きうどんにしたらどうなるのか、想像もつかなかった。

半年以上来ているのに、現場とホテルの往復の毎日で、正直この辺りのことは殆ど知らない。
仕事なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど、何だかもったいない気もする。
夜中戻ったホテルのネットサービスで、ぼんやり観光ページを眺めてみた。
「何、どっか行くの?」
大浴場から戻ってきたらしい藤井さんが、後ろから画面を覗き込んでくる。
「いや、そう言う訳でも無いんですが」
「ま、たまには息抜きもしなきゃな」
彼は俺からマウスを奪い、興味津々でページを見ている。
画面に、海の写真が現れる。
「良いねぇ。こういう海は、あっちには無いね」
伊勢志摩の風景だった。
「こっから、どれくらいかかるんですかね?」
「さぁ?杉原君にでも聞いてみたら」
「ああ、そうですね」
積極的に行きたいと言う訳でも無かったけれど
藤井さんの楽しそうな顔を見て、ちょっと話を聞いてみるかな、と言う気分にはなった。

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覚悟(2/5)

「伊勢志摩ですか?」
金曜日の昼休み、例の件を杉原君に聞いてみた。
「あんまり行ったこと無いんですけど・・・電車なら、そんなに時間かからないと思いますよ」
確か、名古屋から近鉄に乗る時、デカデカとポスターが貼ってあった気がする。
「行かれるんですか?」
「どうしようかと思ってるんだけどね」
何か考えるように視線を泳がせた後、杉原君は言った。
「何なら、僕、車出しますよ」
「え?」
思いも寄らない提案に、素直に驚く。
「その気になったら、声かけて頂ければ」
朗らかに笑う杉原君を見て、何となくその気になって来る。
どうせ週末帰ったって、ぐうたら過ごして終わってしまうのは、目に見えていた。
「じゃ、明日、どう?」
「いきなりですね」
今度は杉原君が驚きながら、苦笑する。
「構いませんよ」
これで、俺の週末の予定が決まった。

金曜日に東京へ戻らないのは、これが初めてだ。
新幹線をキャンセルし、ホテルに連泊をお願いする。
楽しげに画面を見ていた藤井さんも、他人をその気にさせたまま、東京へ戻った。
夜、コンビニで買った弁当を食べながらTVを見ていると、携帯が鳴る。
杉原君だった。
「お疲れ様です。明日の件なんですけど」
とりあえず、大まかなスケジュールについて話をする。
「申し訳ないね、休みの日にまで現場の人間につき合わせて」
「構いませんよ、どうせ暇ですから」
いつもと変わらない笑い声が、電話から聞こえる。

「青山さんは、東京に帰らなくて大丈夫なんですか?」
「別にやること無いしね」
「彼女とかは?」
「それは、禁句だなぁ」
同僚が続々と結婚していくことに対する焦りを、ほんのりと思い出す。
皆何処で嫁さんを見つけてきているのか、事細かに聞いてみたいと思っているが
未だにそれは実現していない。
「ま、僕も他人のこと言えませんから」
独身男二人のドライブ。
複雑な気分だったが、たまにはこんな休日も有りかな、そんな風に思っていた。


次の日の朝。
杉原君は、ホテルまで迎えに来てくれた。
いつも現場にも乗ってきている、青みがかったシルバーのハイブリッドカー。
「結構、良い給料貰ってる?」
「そうじゃないですよ。他に使う当てが無いだけで」
車が走り出す。
思った以上に、静かだ。
「俺の家の車も、そろそろ買い換えようかな」
「あっちじゃ、そんなに必要ないんじゃないですか?」
「それはそうなんだけどね」
新しいものを見ると欲しくなるのは、子供の頃から直らない、情け無い癖だ。

高速を1時間ほど走ると、海が見えてくる。
下道を走り、程なく、ホームページで見た風景が現れた。
「あ、ここ」
「この辺りは、真珠とか海苔とかの養殖が盛んらしいですよ」
「独特な景色だねぇ」
車を停め、海を眺める。
海無し県に育ったせいなのか、海への憧れが強いのかも知れない。
目の前に広がる風景と、潮が混ざった空気に触れると、いささか気分が高揚して来る。

気分を遮るように、携帯電話が鳴る。
おふくろからだった。
「ちょっと、ごめん」
煙草を吸いながら海を眺めている杉原君に断りを入れて、電話に出る。
「何やってるの?」
俺は未だに実家住まい。
今週末に帰らないことは、昨日電話をかけた時に出た妹に伝えたはずだったけれど
どうやら上手く伝わってなかったらしい。
「そうなの。じゃ、お土産期待してるから」
そう言って、電話は切れる。
「ご家族ですか?」
「そう。帰らないことが伝わってなかったみたいで」
「仲が良いんですね」
遠くを見ながら微笑む杉原君の横顔は、何処と無く寂しそうに見えた。

車は、湾の南に伸びる半島の先を目指して走る。
不意に杉原君が口を開いた。
「僕、生まれは茅ヶ崎なんですよ」
「じゃ、毎日海見て育ったんだ」
「ええ。でも、あんまり良い思い出が無くて」
さっき見せた、寂しげな表情だった。
「今日、少しでも海が好きになれれば、と思うんですが」
過去に何があったのかを聞けるような雰囲気ではなかったし
そもそも、そこまで深入りできるような仲でも無い。
「青山さんの楽しそうな顔を見ていると、好きになれそうですけどね」
そう言いながら俺の顔を見て、はにかんだ。
一人はしゃいだ気分で申し訳なかったかなと言う思いが、その笑みで解消された。

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覚悟(3/5)

杉原君は、きっと海が嫌いなんじゃないんだろう。
過去の何かが、海と共に思い出されているだけなんだ。
岬の突端から海を眺める彼の顔を見ていると、そう思えてならなかった。
「こうやって、週末よく出かけたりするの?」
「いや、あんまり出歩かないですね。出不精で」
「同じだな。歳をとるに連れて、どんどん外に出なくなる」
俺より3つ下の彼は、そんな歳じゃないでしょう、と笑う。
「高校の時からこっちに居ますけど、全然知らないな。この辺のこと」
「大学からじゃないんだ?」
「ええ、全寮制の高校だったんですよ」
「じゃあ、もう10年くらい?」
「そうですね。そんなに経つんだなぁ」
遠い目をする杉原君が抱えているものは何なのか。
つまらない好奇心が頭をもたげたけれど、踏み込むことには、まだ抵抗があった。

陽は西に傾き始めてきた。
車は、朝に見た風景を逆方向に走っていく。
心地良い疲れで、若干眠気が襲ってきていた時、杉原君が声をかけてきた。
「青山さん、夜は何か予定あります?」
「・・・ん?ああ、いや、特に無いな」
「ちょっと、家に寄って行きませんか?」
突然の誘いで驚きつつ、断る理由も無いしと、誘いを受ける。
「伊勢うどんの、焼きうどんをごちそうしますよ」
杉原君は、そう言って悪戯っぽく笑う。
「それは相当楽しみだな」
「味は期待しないで下さいね」

家は、鈴鹿駅からそれほど遠くない場所にあった。
ごく普通のアパートだけれど、一人暮らしには十分すぎるほどの広さだ。
「適当に座っててください」
そう言って、彼は冷蔵庫からお茶とビールを出してくる。
よく整頓されている部屋には、建築雑誌や写真集が幾つか並べられていた。
「コルビュジェ、好きなんだ」
「そうなんですよ。就職してから何年目かに、有給使ってフランス行っちゃいました」
意外な一面を見た気がした。
「凄く良い天気で、青い空と白い壁のコントラストが、本当に綺麗でした」
俺が手にしている写真集の表紙になっている、不思議な形の建物。
本の向こうにしか無いものだと思っていた場所に、彼は立っていた。
その情熱が、悔しいくらい羨ましかった。

出てきた物体は、言っては何だが、得体の知れないものという言葉がぴったりだった。
「これ、焼きうどん?」
「そうですよ」
卵が絡まった炒められた伊勢うどんは、もったりした塊になっていて
普通の焼きうどんからは大分かけ離れている。
食べてみると、食感はともかく、味は悪くない。
黙々と食べた後、しばし無言になり、どちらとも無く笑いが起きた。
「やっぱり、そのまま食べた方が美味しいなぁ」


食後の雑談中、杉原君の左手に、何となく違和感を覚える。
いつもは時計をしているから分からなかったが、手首に大きな傷がある。
思わず視線を向けてしまったことを、杉原君は気付いたようだった。
「ああ、これですか」
自分の古傷を眺めながら、彼は何かを考えているようだった。
「中学の時、つい、やっちゃいまして。これでも、大分消えたんですが」
手首の腱に沿って縦に付けられた傷跡は、今見ても痛々しい。
「父から・・・虐待されてまして。中学時代は、本当に地獄でした」
「それで、こっちに?」
「そうです。とにかく、逃げたかった・・・」
彼の目に、過去の恐怖が蘇った様だった。
それを振り切るように、食器を片付けて台所へ運んでいく。
「直腸を怪我して、救急車で運ばれたこともありましたよ」
こちらを振り向く事無く、言い捨てた。
「周りは見て見ぬ振りでした。母も、姉も、父が怖かったんでしょうね」

自分の子供を犯すことが出来る男がいる。
そう考えるだけで、鳥肌が立つ思いだった。
そして、杉原君の抱えた凄惨な過去を知ってしまった俺は
正直、どう接して良いのかが分からなくなっていた。
手元にあった雑誌に目を通すが、内容はあまり頭に入ってこなかった。
ふと、海辺に建った別荘の写真が目に入る。
海が嫌いな理由もそこにあったんだと、やっと気が付いた。

「海は、どうだった?」
洗い物をしている背中に、声をかける。
「綺麗でしたね。良い景色でした」
「・・・好きになれそう?」
しばらく無言になった後、こちらを振り向く。
「今日は本当に、楽しかったですよ」
そう言った杉原君の表情は、さっきとは違う、穏やかなものだった。
嫌な思い出も、楽しい思い出で塗りつぶして行けば、何時か消えるものだろうか。

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覚悟(4/5)

ホテルに着いたのは、夜10時くらいだった。
「今日は一日付き合ってくれて、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ、楽しかったですよ」
「車出してくれたお礼に、今度帰ったらお土産買ってくるけど、何が良い?」
渋る彼にしつこく食い下がると、こんな答えが返ってきた。
「じゃあ、シウマイで良いですか」
「崎陽軒?」
「そうそう」
答えに拍子抜けしつつ、笑顔を見せる杉原君に釣られて、こちらまで笑顔になる。

「ああ、そうだ」
「何でしょう?」
「杉原君、再来週開いてる?」
「え?」
驚いたように、俺を見る。
「また、どっか行こうよ」
答えに困っているようだった。
そりゃそうだよな、と俺も思っていた。
「・・・行き先は、青山さんが決めてくださいね」
「じゃ、シウマイ100個くらい買ってくるから」
「そんなに貰っても、食べ切れませんよ」
思い出を上書きする手伝いがしたい。
それが彼の為になるのかは分からなかったけれど、そんな気持ちが俺の中に生まれていた。


工場の工期も、残すところ後半月と言う頃には
俺はすっかり、三重の地理に詳しくなっていた。
あれから、2週間に一度のペースで、杉原君を海へ連れ出した。
3回目くらいになると、彼は俺の意図に気が付いたようで
たまには山でも良いんじゃないかと言い出したが、頑なに海へ向かい続けた。

現場も段々と佳境に入ってきた、ある日。
「今度の週末なんだけどさ」
「また、海ですか?」
このところの口癖になった一言を口にしながら、杉原君は苦笑する。
「いや、杉原君の行きたいところに連れてってよ」
その言葉の真意を、彼は分かっていたと思う。
恐らく、こうやって出かけるのは最後だと言うことだ。
俺の赴任期間は、この工場の工期末まで。
若干押し気味のスケジュールだから、竣工まではまだ時間がかかりそうだが
来月初めから東京本社勤務に戻る内示は、既に出ていた。
「じゃ、考えておきますね」
そう言う彼の笑顔の中には、一抹の寂しさが見て取れた。


週末、杉原君が選んだのは、初めて出かけた時と同じ伊勢志摩だった。
「海で良いんだ?」
「ええ、僕にとっては、ある意味特別な場所ですしね」
思い出を噛み締めるように言う彼を、なだめるように話しかける。
「いつでも来れるじゃない」
「一人じゃ、ねぇ」
「じゃ、緊急の課題は彼女でも作ることだな」
彼は、いつものように朗らかに笑った後、ふと深刻な顔をする。
「・・・僕、SDなんですよ」
「SD?」
「性機能障害」
聞きなれない言葉ではあったが、どういうものなのかは概ね理解できる。
「勃たないし、性欲も殆ど無いし。それもあってか、人を好きになれなくて」
はは、と自虐的に笑いながら、話し続けた。
「男相手なら良いのかと思って、足を突っ込んだこともありましたけど、やっぱりダメで」
道路の先を見る目が、細くなる。
「これまでも、これからも、ずっと、誰にも必要とされないと思うと、怖くて堪らない」

過去の体験は、未だに、彼を闇に引きずり込む手を緩めてはいない。
徐々に見えてきた海を遠くに見ながら、自分の置かれた境遇を憂えていた。
「・・・名古屋支店にでも転勤するかな」
「何言ってるんですか」
杉原君は、呆れたように言う。
「本社勤務なんて、大きなステータスですよ」
確かに、社会人として、一定のステータスがモチベーションになることは実感している。
今の仕事にやりがいを感じているし、一生のものだとも思っている。
「順調な人生なんだから、足踏み外しちゃダメです」
フロントガラスには、一面、海が広がっていた。


養殖いかだが浮かんだ湾を望む展望台。
俺はベンチに座り、杉原君は立って煙草を吸いながら、ぼんやりを海を眺めている。
ふと、彼の左の手首に目をやる。
いつもと変わらない、大きめの腕時計をしていた。
後ろを向いた彼の左手を、そっと掴む。
「どうしました?」
振り向いた彼は、驚いた表情をする。
腕時計を外して、古傷を指でなぞった。
「青山さん?」
そっと、手首に口づける。
「俺は、この傷が消えるまで、君と一緒にいたい」
彼を見上げる俺には、困惑の視線が向けられていた。

言葉を選んでいる雰囲気は、嫌と言うほど感じられた。
「恋愛感情じゃ無いんだ。多分」
「はい・・・」
「自分勝手だとは分かってるけど、俺は、君に必要とされたいと思ってる」
口に出してみて、改めて自分の真意に気づかされる。
「俺にも、君が必要だ」
彼の目に映るものが、俺から海に変わる。
俺は彼の手を握ったまま、追いかけるように海を眺めた。

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覚悟(5/5)

「それは・・・同情ですか?」
俺の隣に座った杉原君は、そう呟く。
「初めは、そうだった。でも、今は違う」
きっかけは、間違いなく同情の念からだった。
時間を共にする中で見え隠れする過去と、それに左右されている現在。
彼を見守り、支えたいという気持ちは日に日に大きくなっていった。
でも、俺の人生を "順調" と呼ぶ彼からすれば、施しを受けるような気分なのかも知れない。
「僕は、一人でも大丈夫ですよ。今までも、そうしてきた」
「人に必要とされるのが、怖いの?」
彼の表情が曇る。
「・・・他人の人生にかかわることに抵抗があるのは、確かです」
必要とされないことを恐れつつ、必要とされることにも臆病になっている。
彼の複雑な感情を手に取ることが出来れば、どんなに良いだろうと思う。

「あなたの人生を狂わせるかも知れない。それが、怖い」
「俺は、それを望んでるんだよ」
「でも・・・」
「将来、あれは間違いだったと気がついたとしても、良いと思ってる」
俯く杉原君の肩は、微かに震えていた。
その肩に手を回し、引き寄せる。
「今すぐ、どうこうって言うんじゃないんだ。ただ、俺の気持ちは、知っておいて欲しい」
頭に手を添えて、自分の肩口にもたれ掛からせる。
彼は俺に体を預け、目を細めて海を見ていた。
陽の光を受けた水面はキラキラと輝いて、とても美しかった。


現場赴任の最後の日。
事務所のメンバーで、ささやかな送別会が開かれた。
「いいなぁ、お前だけ東京に戻れて」
ぼやいているのは、藤井さんだ。
結局、現場の工期は半年延長されることになり、彼は居残りとなった。
「仕方ないじゃないですか。上の決定なんですから」
「ちょくちょく電話するから、あっちでも対応頼むよ」
意地悪な口調で、絡んでくる。
まだここに残りたいと思っている俺と、心から戻りたいと願っている藤井さん。
そう思うと、申し訳なさで一杯になる。

「青山、電車の時間平気か?」
誰からとも無くそう言われ、時計を見る。
明日は本社で朝から会議と言うスケジュールを組まれ、最終の新幹線で帰らなければならない。
それに合わせた特急の時間までは、もうあまり余裕は無かった。
「何、もう帰んの?」
「明日、朝一で会社行かなきゃいけないんですよ」
「ハードだねぇ」
荷物を片付けているところに、杉原君が声をかけてくる。
「僕、送りますよ。鈴鹿駅までで良いですか?」
「ああ、助かるよ」
車で来たからと酒を飲んでいなかったことは分かっていた。
声をかけて来てくれることを望んでいたのも、確かだった。

乗り慣れた彼の車も、これが最後なんだろうか。
そう思うと、なかなか言葉が出てこなかった。
沈黙を破ったのは、杉原君だった。
「あれから、色々考えました」
「うん」
「人から必要とされることが、こんなに重いものなんだってことを、実感してます」
切実な彼の表情を見て、戸惑いを感じる。
「・・・俺も、君の人生を狂わせてる?」
「そうかも知れません。でも・・・」
信号が赤に変わり、車は止まる。
「狂わせて貰いたい、そう思ってます」
俺の手を握り、彼は言った。
「僕にも、あなたが必要です」

特急の到着を知らせるアナウンスが、ホームに流れる。
「また、連絡するよ」
「お待ちしてます」
「今度は、愛知方面に行こうか」
「三重はもう飽きました?」
ホームまで見送りに来てくれた杉原君は、いつもの朗らかな笑顔を見せる。
「必ず、会いに来る」
「・・・はい」
彼の左手を取り、甲に軽くキスをする。
「待ってて」
僅かに潤んだ目を見つめ、電車に乗り込んだ。

小さく手を上げて別れを惜しむ杉原君の姿を想いながら、帰途に着く。
家に帰る頃には、もう日付が変わっているだろう。
新幹線の中で、彼にメールを送った。
『海は好きになった?』
数分も置かず、返信が来る。
『あなたと一緒なら、どんな場所でも好きになれそうです』
携帯を閉じ、ふと外を見る。
誰かに必要とされる重責と悦び。
こんな感情を抱くことが出来るのなら、人生がいくら狂っても構わない。
真っ暗な車窓をぼんやりと眺めながら、そんなことを思った。

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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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